竹は古くから人々の生活と関わってきた植物だ。竹の持つ美しさやしなやかさ、成長の早さなどの特長を生かし、人々は巧みに竹を加工し生活用具や建材、美術品として利用してきた。竹に深く敬意を払い、竹の魅力を最大限に引き出す作品を生み出し続ける竹工芸家の松本破風(まつもとはふう)さん。近年、海外の有名ブランドであるLOEWE(ロエベ)とコラボレーションをするなど松本さんの作品は多くの人を魅惑の竹工芸の世界へと誘う。
竹工芸に新たな美を拓く
千葉県南房総市を拠点に、日本国内だけでなく、ニューヨークやイタリアなど海外でも活躍を見せる竹工芸家の松本破風さん。竹ならではの造形美を追求し、細かな網代編みの作品からのした竹をデザインした作品まで多種に制作。2007年には 第54回日本伝統工芸展「新人賞」、2008年には第48回東日本伝統工芸展最優秀賞「東京都知事賞」、そして2014年には 第61回日本伝統工芸展「日本工芸会会長賞」など数々の栄誉ある賞を受賞する。2017年には海を越えIppodo New Yorkで個展も開かれた。
松本さんは、日本の竹工芸の第一人者である重鎮、飯塚琅玕斎(いいづかろうかんさい)氏の孫弟子として、人間国宝(重要無形文化財保持者)の巨匠、飯塚小玕斎(いいづかしょうかんさい)氏の弟子として竹工芸の伝統派のもとで学んだ。
師匠との出会い
「人に訴える仕事がしたい。そして一生追求できる仕事がしたい」と考えていたが、ある日、日本伝統工芸展に足を運び、師匠となる小玕斎氏の展示作品を見て衝撃を受けたという。
「(師匠の)“刺し編み飾り箱”を見た時に、竹でこんなにも精緻な作品ができるのか、と驚きました。一生追及できるものを探していた私は『これだ!』と思い込みました」と、柔和な笑顔で語った。
それは運命に導かれるような竹工芸との出会いでもあった。
翌日には師匠の元を訪れて弟子入り。半年間は草むしりや家の掃除、お使い等々で、中々、竹にも触れられずにいたが、その後、材料作り、そして編み目が6つになる六つ目編みを見よう見まねで覚えていく。
松本さんは当時のエピソードを次のように教えてくれた。師匠の編む作品の影を見て覚え、帰宅時には真っ先にグラフ用紙にそれを描いた。「体で覚える」。それは基本を踏まえ、より創造性のあるものを作り出す手仕事の文化でもある。松本さんは「技術を求めていくと、どんどん体に染み込んでいくんですよね」と語ると「よくね、見て盗めって言うんですけど、昔の徒弟制度の良いとこなんでしょうけどね。厳しかったけれど、今考えると優しい方でした」と話す。「今、こうして仕事ができるのは先生のおかげです。親の愛情と一緒ですね」と懐かしそうに当時を振り返った。
竹の性質を知り、多彩な技法で作品にする
松本さんは住み慣れた東京の砂町から1988年に千葉の房総地域に活動拠点を移した。それは千葉が古くから良質な竹の産地でもあるからだ。
竹には真竹(まだけ)、孟宗竹(もうそうちく)、淡竹(はちく)、女竹(めだけ)など多くの種類がある。その用途は広く、籠(かご)などの容器や藁ぶき屋根の骨格などの建築材、垣根や造園、そして焼けば竹炭など、日常生活の各所に使われる万能素材で、いかに人間の生活に竹が使われていたのか想像ができる。
しかし、房総地域に20軒近くあった竹問屋も、今では1軒に減ってしまったとのこと。材料を仕入れるため松本さんは知り合いに山を紹介してもらい自ら青竹を切りにいくこともあるという。そして竹を1本ずつ丁寧に洗うと特製のガスバーナーで炙りながら吹き上げると天日に干す晒竹(さらしたけ)作りも始めた。
松本さんは、実際に晒竹の工程は頭では分かっていたが、逆に竹の性質の良さに気付き「面白くなってきた」と笑顔で話す。竹の特質を十分に知り尽くした上で多彩な技法を駆使し、イメージ通りの作品へと昇華していく。
唯一無二の美
自宅に併設されたギャラリーには、半世紀分の松本さんの技術のすいを尽くした作品の一部ではあるが、花籠や花器、飾り箱、竹と皮とのコラボ製品、のし竹のオブジェなど力強くダイナミックなもの、細かく裂いて精緻に編み込んだもの、幅広くバラエティーに富んだ作品が展示されている。
師である小玕斎氏の影響を受け多種多様な技法を用い、生み出される作品は竹本来の素材を生かし、繊細で優美、そして品格が備わっている。
また松本さんの手から生み出される作品で、特に目を見張るのは師匠の飯塚家に脈々とつながる束ね編みの技術だ。「師である飯塚小玕齋の門を叩いて50年が過ぎました、刺し編みの技術に驚き、その美しさに導かれ、この道に入り、琅玕齋の束ね編みを見て奥深さを知りました」。薄く均一な竹ヒゴを何本も束ねて編む非常に高い技術を要するものだが、出来上がった作品には竹の質感や美しさが溢れ出ており、竹細工の基本である素材が最大限に生かされている。
竹工芸を通して日本の魅力を発信
一方、買い手やコレクターはヨーロッパやアメリカなど海外の方が多く、日本文化や竹の歴史についても海外のコレクターは造詣が深いという。日々の生活道具といった日本での一般的なイメージを超え、「アート」として高く評価されているのだ。それは、アメリカ人のコレクター、故ロイド・コッツェン氏がニューヨークで竹工芸のコレクションを紹介し、世界の人々に竹が持つ唯一無二の美しさを伝えてくれたからだろう。それを踏まえ松本さんは竹細工の価値を高めるためにも海外に目を向け、竹を通して日本の魅力を伝えている。
素材の特性から美しさを引き出す
2019年には、スペインのファッションブランドLOEWE(ロエベ)とのコラボレーション作品を発表した。ロエベのクリエイティブ ディレクター、ジョナサン・アンダーソン氏から声をかけられ竹と皮のコラボ作品を制作。その中でもまるで本物の竹のような色合いのロエベ製の皮を使い松本さんが編み上げた作品は、これまで培ったエッセンスと新時代の息吹を感じるものだった。
また2024年にはミラノサローネ国際家具見本市にランプシェードを出展。長年の鍛錬を経て得られた竹の伸張性を巧みに扱う技術は「竹藪(たけやぶ)からの木漏れ日」をイメージ。優しい光を表現していた。
「西洋的な視点から見れば竹は東洋的で神秘的なもの。LOEWEとのコラボで改めて竹が持つ美しさを再認識しました」と松本さん。その中でも竹の節の美しさに気づかされたと言い、現在は、のし竹の作品に打ち込んでいるという。
竹工芸と歩み半世紀、これからも向き合い続ける
竹と向かい合い半世紀が経ち、海外ブランドとのコラボレーションもそうだが、その創作意欲は留まることがない。松本さんは「竹の持つ自由さと不自由さが分かってきた中で、もっと竹というものを表現したいと思っています」という。そして「昔、良い仕事というのは足し算の部分もありますが、今は引き算の方が美しいと感じます」と、日々精進する中で、足し算の効果と引き算の美学にたどり着いた。余計なものを引くことで、本質を引き立たせようとする考えがあるのではないだろうか。
その中で松本さんは「20歳の頃から自分が通ってきた道を振り返ること、それが今後の目標ですね」。師の志を貫き、初心を忘れずに探求心、遊び心、そして意欲的な挑戦を続けていく。竹が持つ自然の造形美を生かし作品を作り続ける。これからも松本さんは竹本来の美しさと伝統の技の可能性を作品に閉じ込め、多くの人を魅了していく。