“良い土”育み、暮らしを耕す「クレイジーファーム」/山梨県北杜市

クレイジーファームの有機野菜は、地元レストランのシェフの間でもオーガニックならではの旨味、そしてその種類の多彩さに称賛の声が挙がる。日本百名山にも選ばれる八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳に囲まれた自然の中、環境にも健康にも良い野菜づくりは「丁寧に土を育てる」ところから始まる

目次

自然が育む”美味しいもの”を

北杜市小淵沢町の標高約800m、南アルプスや八ヶ岳といった名高い山々に囲まれた地にあるクレイジーファーム。高原特有の寒暖差によって風味が濃く美味しい有機野菜が作られており、他にもコシヒカリや、地域の銘酒「七賢」に使用される酒米なども生産されている。代表の石毛康高(いしげやすたか)さんは20代の時、「身体に良く美味しいものを作りたい」と農業の道へ歩み出したが、「その道のりは簡単なものではなかった」と語る。

会社員から農家へ

農場をまるで「研究ラボのような場所」と例える石毛さん。奥さんが営むレストラン「ristorante koen(リストランテ・コエン)」のピザ釜から出た炭を土に混ぜ、土壌微生物の主な餌となる炭素を多く含ませるカーボンファーミングを行うなど、新たな土壌づくりが話題を呼んでいる。石毛さんのアイデアの根源は、農業大学に通っていた際のバイオミメティックスの研究にある。バイオミメティックスとは、生き物の形や機能、行動や生産の仕組みを研究し、新たな技術開発やものづくりに活かす科学技術を意味する。環境に対する再生、持続可能性について抱いていた興味が、後に農業へと結び付くこととなったのだ。

横浜出身の石毛さんは農業大学を卒業後、農業関連の会社に就職。その時分には父親が北杜市に別荘を探しており、度々一緒にこの地を訪れていたことから「甲斐駒ヶ岳などの山々や自然に囲まれて仕事がしたい」という思いが芽生えたという。転機が訪れたのは17年前。たまたま縁があって北杜市に畑を借りられることとなり、いよいよ有機農業を始めることを決意する。

西洋野菜栽培の始まり

移住を果たし有機農業を始めた当初はピーマンや大玉トマトなどを育てていたが、知り合いのイタリアンシェフが修行先から種を持ち帰ってきてくれたことをきっかけに、西洋野菜づくりに取り組むこととなる。現在約75種類もの野菜を育てているが、ビーツなどのフランス系野菜や、風味の濃さが特徴のイタリア系野菜など西洋野菜の割合は約半分を占めるそうだ。トマトだけでもサンマルツァーノリゼルバやナポリターナカナリア、原種に近く野性味のある甘みと酸味を持つマイクロトマトなど、あまりスーパーなどには流通しない珍しい野菜が豊富に作られているのがクレイジーファームの魅力。また、クレイジーファームで作るカーリーケールという品種は、ビタミン・ミネラル類が豊富に含まれ、美肌やアンチエイジングに効果的。ケールの特徴である苦みが少なく、サラダといった生食にも適しており、健康に良い野菜を美味しく食べることができる。
同じ品種を作ることで起きる連作障害のリスクヘッジとしても、多品目栽培は有効です」と石毛さん。それまでは道の駅や直売所への卸販売がメインだったが、次第に珍しい西洋野菜を仕入れたいという飲食店が増えていき、現在はシェフの間でも石毛さんの作る有機野菜は高い評価を得ている

野菜づくりは”シェフとの対話”

「新しい種を取り寄せ、育て、シェフに試食してもらう」。そのようにトライアンドエラーを繰り返しながら作物を増やしてきた。北杜では地元産の新鮮野菜を持ち味としたレストランが多く、

野菜の旨味を活かした料理のレベルは高い。「シェフと対話することで、自分もレベルアップできる」と話す。シェフとの関係性を尊重し、野菜づくりにリクエストも取り入れているという石毛さんの人柄も、料理人たちを惹きつける理由なのだろう。

微生物が土を、土が野菜を良くする

昨今力を入れているのが緑肥栽培だそう。緑肥栽培とは植物そのものを肥料とする栽培方法で、クレイジーファームでは栽培したライ麦を穂がとれる前に土に混ぜ込んでいる。こうすることで土壌の中に植物生繊維質である炭素が豊富に貯留させることができ、微生物の活動が活発になることで土壌環境の改善を実現している

また、石毛さんの畑には雑草が生い茂っているのも特徴で、高く背を伸ばす草がカーテンのように野菜を直射日光から守ってくれる上に、枯れて土に還っていく循環の中でライ麦と同様土壌への炭素を供給しているのだ。

こうした石毛さんの野菜づくりは海外の飲食業界からも注目されており、2023年にはサステナブルにこだわり続けるフランスのシャンパンブランド「TELMONT(テルモン)」が東京で開催したペアリンディナーに、クレイジーファームの有機野菜が使用され話題を呼んだ。イベントのために来日したシェフらは実際にクレイジーファームを訪れ、2019年「Asia’s 50 Best Restaurants(アジアのベストレストラン50)でアジア1位に輝いたシンガポール「Odette」のシェフ、ジュリアン・ロワイエ氏からも「エクセレント」という称賛の声が送られるなど、美味しさだけでなく栄養や環境にも配慮した石毛さんの野菜を絶賛したのだという

現在は都内の飲食店に販路を拡大するなど着々と業績を伸ばしているクレイジーファームだが、一方で「地域産業として有機農業が持続可能になるまでにはまだまだ課題が多い」と石毛さんは語る。

北杜市ブランドの有機野菜を

北杜市、韮崎市内には無農薬野菜などの栽培に取り組む20〜40代の農家14戸によって形成される「のらごころ」というグループがあり、クレイジーファームもこれに所属している。2013年の発足当時から主に共同出荷や宅配ボックスでの販売などを行いながら、まずはグループとして販路拡大や情報共有による栽培技術の向上を図り、有機野菜生産の持続と発展の形を模索してきたのだという。

また北杜市では、2023年に有機野菜の生産から流通・消費までの一貫した取組みを有機農業者や地域住民が連携しながら推し進める「オーガニックビレッジ宣言」を発表。国内生産率の向上や化石燃料使用の軽減に向けたミッションを掲げた「みどりの食料システム戦略(農林水産省策定)」に則り、様々な施策が検討されているのだそうだ。

「地域で見てもスーパーに並ぶ大量生産品の野菜を買う人が多いのは事実。有機野菜の価値とその価格をわかってもらうためにも、消費者へのPRや他県への流通強化など、行政のバックアップも不可欠になっていくと思います」

サステナブルなライフスタイルを目指して

現在エネルギーや外国の燃料の価格が高騰している中で、石毛さんは刈り取りや耕しも燃料に頼らない自然農法の実践に取り組んでいる。コスト削減はもちろん、できるだけ環境に負荷をかけない農業の在り方を模索しながら、有機栽培を通して異常気象等を引き起こす原因である人間の活動を見直していくことが、今後の目標なのだそうだ。

「北杜市で有機農業を始めてよかった。地域の農家や飲食店など、多くの人の助けや繋がりがあったからここまでやってこれたんです」

高齢化や、原材料高騰など課題がある中で、みんなが「農業をやりたい」と思える環境づくりを考える。今後は自分自身が栽培技術やノウハウを若手農家へ伝えていくことに力を注ぎ、農業の未来を担う次世代を育てる役目を果たしていきたいと語る。土と野菜をつくることで人が繋がり、有機農業を通して自然環境や地域経済、人々の暮らしを循環させていく。農と暮らしが密接に関わり合うサステナブルなライフスタイルが、ここクレイジーファームから広がっていく。

ACCESS

クレイジーファーム
山梨県北杜市小淵沢町下笹尾1216
URL https://www.instagram.com/crazyfarm876/?igsh=OWE1Znk1OGN2NWpm&utm_source=qr
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