重ねてきた歴史と品質。歩を止めず、常にチャレンジを続ける「三和酒類株式会社」/大分県宇佐市

代表商品である麦焼酎「いいちこ」を筆頭に、日本酒「和香牡丹」や「安心院(あじむ)ワイン」など、多くの商品を手掛ける三和酒類。原料や製法にこだわりながら、より高い品質づくりを目指している。その原点となる場所で新たに取り組む試みや、企業として目指す先とは。

目次

日本酒から始まった三和酒類の原点

日本の麦焼酎を代表すると言っても過言ではないほど有名な「いいちこ」。誰もが一度は目にし、耳にしたことがあるのではないだろうか。それを製造している「三和酒類株式会社」本社があるのは大分県北部にある宇佐市。人口約5万人と大分県の中でも決して大きくはない町だが、緑豊かな山々に囲まれ、県下最大級の穀倉地帯として米や麦などの農業が盛んに行われている。

全国放送されるテレビ番組の間にもいいちこのコマーシャルが放映され、三和酒類に対する世間の印象は「かの有名な“下町のナポレオン”を製造するメーカー」というのが圧倒的だが、じつは同社が日本酒やワインなども手掛けているということは、あまり知られていないのではないだろうか。

もっと言えば、三和酒類が創業時に手掛けていたのは焼酎ではなく、日本酒。そして日本酒の次に手掛けたのがワイン。現在でも同社では「和香牡丹がお父さん、安心院ワインはお母さん、息子はいいちこ」と表現されているそうだ。

宇佐平野の蔵元が大手銘柄に対抗する手段として

1958年にスタートした同社。蔵元が多くあった宇佐平野で、それぞれで日本酒の醸造を行っていた「赤松本家酒造」「熊埜御堂酒造場」「和田酒造場」の三社が、灘や伏見などの大手銘柄の普及による影響を受けて悪化した経営状況を改善するため協業したのがその歴史のはじまりだ。「三社が手を取り合って良い酒を造る」をテーマに“三和” の屋号を付け、それとともに赤松本家酒造が造っていた「和香牡丹」を三社の統一銘柄として採用。翌年には「西酒造場」が加わるも、闇雲に複数の銘柄を展開するのではなく、地元で認知度が高かった銘柄に絞って販売する、という経営戦略を立てた

とはいえ、四社で同じ味や香り、酒質の酒を造ることはなかなか難しい。そのため、当時はそれぞれの蔵が造った原酒をブレンドしたものを瓶詰めし、和香牡丹のラベルで販売。しかし、酒造りだけで生計を立てるのはまだまだ厳しく、当時、宇佐市でも盛んだったミカンの栽培を手掛けるほか、1966年、国営のパイロット事業による農地整備で宇佐市に隣接する安心院町のブドウづくりが盛んになったことをきっかけに、同社の遊休蔵の活用や年間を通じた仕事の創出を見据え、1971年に果実酒製造免許を取得。ワイン醸造もはじめた。もちろん、どの事業もすぐに大きく成功を収めるということはなかったが、決してあきらめることなく細々とチャレンジを続けていった。

社運をかけた「いいちこ」誕生の背景

こうして、日本酒事業に次いでワイン醸造も加わった同社に、麦焼酎「いいちこ」が誕生したのは創業から約20年後。それまでも粕取り焼酎の製造は行っていたのだが、麦焼酎には未着手だった。しかし、同じ大分県にある「二階堂酒造」が麦100%の本格焼酎を誕生させ、それが大きな話題となったことから県内各社が一斉に麦を使った焼酎に注目。もちろん同社もこの潮流にのり、社運をかけて麦焼酎の開発に取り掛かっていく。

ちなみに、大分県北部は瀬戸内気候に属し二毛作が盛んで、宇佐市でも昔から麦の栽培は行われていた。また麦味噌を使った食文化があり麦は身近な存在。麹造りの独特の技術も持ち合わせていたが、麹を米ではなく麦で造る焼酎製造に於いては、未経験分野のため、ゼロからの製造技術の開発が必要だった。

そこで三和酒類では、研究も含め技術の基礎を造るため、酒造りの技術者として知見の広かった創業者の一人、和田昇さんを製造責任者に据えた。こうして同社では、和田さんのもと麹造りや発酵の技術を活かした麦焼酎製造が本格的にスタート。その集大成こそ、1979年に誕生した「いいちこ」。発売当時、焼酎ブームだったことも一助となり、和田さんがこだわり続けたすっきりとした呑み口は世間に広く支 持され、瞬く間に大ヒット商品となった。麹にこだわり、すっきりと飲みやすい味わいを追求したいいちこの評判は上々だったが、それを安定的に再現性よく製造することは容易ではなかったため、発酵技術の研究や発酵に必要な酵母の研究者だった下田雅彦さんを醸造技術者として迎え、味の安定化や均一化をテーマに長い年月をかけて研究を重ねていった。

麹にこだわり、日本ならでは蒸留酒を目指して

焼酎では蒸留方法に合わせた麹の適性を見極めることが重要と考える同社。創業以前から日本酒を造ってきたプライドもあり、麹の使い方にはとことんこだわっている。例えば、低い気圧で蒸留することで香りの成分が多く残る「減圧蒸留」と、昔ながらの製法で原料の風味や旨みが活かされる「常圧蒸留」があるが、下田さんは両方のブレンドによりいいちこの味わいを引き上げた。減圧と常圧、どちらの蒸留技術にも麹を使った発酵技術を最大限に活かすため麦麹を極め、 “他社より1ミリでも上にいけるように” という信念で技術を磨き、自分たちの目指す麹を使った日本ならではの伝統的な蒸留酒造りに邁進した。

そして、製造技術開発に大きく貢献し、今のいいちこブランド確立を支えてきた下田さんは現在、取締役会長を務めている。

製品のクオリティを磨き続けながら同社が目指したのは、消費者に向けたブランディング。そのため、地下鉄のマナーポスターなどをデザインして第一線で活躍していたアートディレクター河北秀也さんを、実姉が三和酒類に勤めていたというご縁を頼りに、ボトルデザインや販促用のポスター、キャッチコピーやCMまで、PRに係るすべてを依頼した。これが功を奏し、いいちこのビジュアルやコピーは見る人の心に残り、記憶に刻まれていく。

また同氏が手掛けた「いいちこフラスコボトル」や「いいちこスペシャル」はグッドデザイン賞を受賞。品質にこだわった中身と洗練されたデザイン力が合わさり、その人気は不動のものとなっていった。

全国初の「日本酒特区」宇佐市から発信する「辛島 虚空乃蔵」

そんな三和酒類の新しい拠点となるのが「辛島 虚空乃蔵(からしま こくうのくら)」

宇佐市が全国で初めて「日本酒特区」として認定されたことで、創業から大切にしてきた「麹と醗酵の文化を宇佐から世界へ伝えたい」という想いを胸に、2022年、同施設をオープンさせた。ここは酒造りの楽しさや、麹と醗酵文化を体験できる場であり、酒蔵の見学やきき酒などの体験プログラムを来場者と一緒に楽しむことができる。「三和酒類は『いいちこ』だけの会社ではないということを伝えたい。つくり手と色々な会話ができる場所として、多くの人に楽しんでもらいたい。三和酒類っておもしろいなと感じてもらいたい。」下田さんは辛島 虚空乃蔵に自分たちの今やりたいことをすべて詰め込んだと言う。

場所は本社から程近い、旧本社跡地。創業者やこれまで三和酒類に関わってきたすべての人たちの想いが詰まった土地だ。それは1958年の創業以来、守り続けてきた伝統やつくり手、生産者たちの想いを礎にしてきた同社が、新たな歴史を築いていきたいという挑戦の表れだ。

原点に返り、日本酒の新しい価値を提案する

施設内には発泡酒を造る「麦の蔵」、日本酒を手掛ける「米の蔵」とされる醸造場が併設されている。どちらも驚くほど小規模だが、すべてはお客様のために作られた場所だと辛島 虚空乃蔵を担当する執行役員の古屋浩二さんはいう。「ここに足を運んでくれた人たちが、実際に日本酒を造る工程を見て触れて、興味を持ってもらうことが大事。またつくり手と会話できる場所はそうないので、様々な観点から自分たちにしかできない日本酒の提案をしていきい。」新しいスタートは、三和酒類の原点である日本酒に立ち返ると同時に、お客様への感謝を伝える場所でありたいという。

そんな想いから、お客様のオーダーで造る日本酒にも対応していく予定だ。更にはユーザーが実際に酒造りに参加し、共に麹を造る取り組みも視野に入れている。日本酒の新しいファンを増やすためとはいえ、企業としてはかなり思い切った挑戦だ。小仕込みの蔵ならではのアイデアは尽きることはない。ただそこには、自分たちの技量が必要となる。完全オーダーを実現させるためにも、毎日が勉強の連続になるが神聖なイメージの強い日本酒にまず触れ知ってもらいながら日本酒というお酒が身近なものになってほしいと古屋さん。また、蔵を構えている宇佐市や、自然の恵みに感謝しながら地元の味を活かした酒造りを多くの人へ発信していきたいと言葉を重ねた。

複合酒類メーカーとしての挑戦は続く

「いいちこ、やさしい酔いです」というキャッチコピーがある。

1993年から広告を通じて、心地よくお酒を味わう楽しさや、自分に合ったほどよい飲酒を唱えてきた三和酒類。世界的に飲酒量が減少している昨今。一人ひとりに合わせたお酒の楽しみ方を尊重し、酒量ではなく、適度な楽しみ方を提案していきたいという。「量では補えない満足感をお客様に提供していくことが自分たちの使命だ」と下田さん。いいちこのクリアで膨らみのある繊細な味わいは、創業以前から同社が造りつづけてきた日本酒の醸造からインスパイアされたものであり、会話を弾ませる食中酒としても最適だ。商品それぞれの持つスピリットや地域性、そこに通じる多様性や嗜好性、そして何より“人”を大事にしながら三和酒類はこれからもチャレンジを続けていく。

ACCESS

三和酒類株式会社
大分県宇佐市山本2231-1
TEL 0978-32-1431
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