仲間とともに高糖度トマト「麗」の栽培に励む。愛知県豊橋市のトマト農家大竹浩史さん

仲間とともに高糖度トマト「麗」の栽培に励む。愛知県豊橋市のトマト農家大竹浩史さん

愛知県の東、静岡県との県境である豊橋市は、愛知県内でも指折りのトマト産地だ。作付面積、収穫量だけではなく、厳しいチェックを経て出荷されるトマトは品質も高いと評価を得ている。東海地区最大級のハウス栽培トマトの生産者団体「JA豊橋トマト部会」の部会長も務めた大竹浩史さんに、高品質のトマト栽培が行なわれている現場を見せてもらった。

海に近く、1年を通して温暖な気候の豊橋

愛知県東部にある豊橋市は、土地が平坦で、1年を通して比較的温暖な気候であることから、露地、ハウス栽培ともに農業が盛んなエリアだ。とくに太平洋に面する豊橋市南部は、戦後の復興期に広大な農地が作られた。1968年に豊川用水が開通すると、農業地帯としてますます発展。野菜や果樹、園芸、稲作など農業は約70品目にわたり、種類の豊富さと産出額は全国でもトップクラスである。


そんな豊橋市で栽培されている野菜のなかでも、生産者たちによるブランディングで販売額が格段に向上したのがトマトだ。

東海地区最大級の冬春トマト生産者団体

トマトのブランディングに取り組んだのが、大竹さんが部会長を務めたJA豊橋トマト部会の生産者たち。JA豊橋トマト部会とは、東海地区最大級の冬春トマト(ハウス栽培により10月から6月に収穫するトマト)の生産者団体。「品質が良く、高糖度のトマトを購入したい」そんな消費者の声に応えようと、安全で安心して食べられるトマトを栽培するべく、農薬散布を記録し、残留農薬分析を行なった。


また、消費者が糖度で選ぶことができるよう、糖度9度以上のトマトを「麗(れい)」、7度以上のトマトを「美」、6度以上のトマトを「愛」と名づけ、高糖度トマトをブランド化したのだ。


2009年には、近年人気のあるミニトマトにおいて、彩りのバリエーションと味が両立した品種「あまえぎみ」を新たに完成させた。イエロー、オレンジ、グリーン、チョコ、クレア、クレアレッド、クレアオレンジといった7色の彩りあふれるミニトマトが、消費者の目を喜ばせる。色だけでなく、糖度7度以上と高糖度でフルーツのようなトマトだと称される。最新鋭のガラスハウスで、温度、湿度、養分、二酸化炭素量など栽培環境を細かく管理し、生育に最適な環境を作り上げているそうだ。


家業を継ぎ、20歳で農業の道へ

大竹さんは20歳で家業の農業を継いだ。家業ではそれまでメロンやスイカの栽培をしていたものの、売上が低下していたことから、大竹さんは新たにトマト栽培をスタートさせることに。トマト栽培は未知の世界だったため、同業の仲間たちと情報共有し、試行錯誤しながら懸命に取り組んできた。日本で品種登録されているトマトは300種類を超える。そのなかでも大竹さんは、硬めで長期栽培が可能な大玉トマト「桃太郎ネクスト」を中心に栽培している。


質と大きさのバランスを求めて

一般的に高糖度のトマトが人気な昨今ではあるが、大竹さんは糖度だけでなく、収量とのバランスのとれたトマト栽培を目指している。「収入はトマトの収量に比例し、収量はトマトの大きさに比例するので、ある程度の大きさは確保しなければいけません。しかし大きさを追い求めると味が落ちてしまう。消費者に『豊橋のトマトはおいしい』と思ってもらえなければ、本末転倒です」と、大竹さんは語る。


今の時代にどんなトマトが求められているのか? それを肌で感じるため、大竹さんは自らスーパーの店頭に立ち、消費者の声を聞く努力をした。やはり実感したのは「糖度の高いトマトが求められている」ということだった。どの品種を栽培していくべきか。大竹さんが毎年頭を悩ませている課題だ。


ノウハウを共有し、部会全体で底上げ

同じ管轄内の生産者はライバルではなく、同志。大竹さんらJA豊橋トマト部会の生産者たちは、互いにノウハウを共有しながら栽培を進めているのも強みとなっている。トマトを苗から育てて実ができるまでには月日が必要であり、1年に1回しかチャレンジができない。だが、10人いれば10通りのチャレンジができるため、10年分のデータが一度に取得できる。協力し合うことで、自分たちが作るトマトの価値を高めていけると、大竹さんは強調する。

大竹さんは2022年より「ココバッグ」を使ったトマト栽培を行っている。ココバッグとはヤシガラを使った植物を育てるための資材のことで、土の代わりになるもの。保水性と排水性をバランスよく兼ね備えているため、管理しやすい特徴を持つ。それまでの水耕栽培では水分や肥料の細かいコントロールが可能だったが、水自体に病原菌が発生してしまうと、ハウス内すべてのトマトが被害を受けてしまうという側面があった。しかしココバッグなら該当のバッグを交換することで、被害の拡大を防ぐことができるのだ。


長さ90センチ、幅18センチ、厚さ5センチの立方体をしたココバッグ。大竹さんのハウスでは、1つのココバッグに3株、計約8,000株のトマトが植えられているそうだ。


この画期的な隔離栽培システム・ココバッグについても部会内で情報共有し、今やJA豊橋トマト部会の8割の生産者が採用しているという。「それぞれが、やってみてよかったということを共有すれば、産地全体で収量や販売単価を拡大していくことができます。今は後継者不足という問題もあるため、産地全体で協力し、効率的に質の高い生産物を栽培していく必要がある」。大竹さんは、そう考えている。


コンピュータ制御によりハウス内を管理

大竹さんのハウス内でもう一つ特筆すべきは、トマトの茎が長いことだ。よく見ると茎がそれぞれワイヤーによって高く吊るされている。「ハイワイヤー栽培」という手法で、茎の成長を促し、収量アップが期待できるというもの。


このワイヤー操作から水分量の調整まで、そのほとんどがコンピュータによって制御されている。収穫ピークを迎える5月に毎日手作業で収穫することに変わりはないが、それまで意外と重労働だったハウスの窓の開閉は、自宅から操作できるように。「ずいぶんと楽になった」と大竹さんは笑う。


消費者においしいといってもらえるトマトを

農業が盛んな豊橋市でさえ、就農人口は減り続けている。その原因を大竹さんは「農業が儲からなくなってしまったから」と分析する。日本の農業技術の高さに定評はあるものの、一方で他の主要先進諸国と比較すると食料自給率は最低水準であり、農産物の輸入額は世界的に見ても高い。



安価な輸入農産物に価格面で対抗することは不可能なため、生き残る道は、消費者においしいと思ってもらえるものを栽培することだと大竹さんは語気を強める。


一方で、大きさなど基準に沿わなかったトマトを加工して販売していくことも、今後取り組みたいと考える施策のひとつだ。「割れてしまったミニトマトでトマトジュースを作り、イベントで試飲してもらったところ、『トマトの青臭さがない』『甘くておいしい』と好評でした。商品化するには一定の品質を保つ必要があるので、トマトジュースを販売するためにはまだまだ課題は多いですが、より多くの人に豊橋のトマトのおいしさを知ってもらう一役になれば」。大竹さんは豊橋トマトの明るい未来を描き続けている。

ACCESS

大竹浩史さん
愛知県豊橋市伊古部町