風のように軽やかに、しなやかに。自然をテーマに表現する金属造形作家 釋永 維さん

風のように軽やかに、しなやかに。自然をテーマに表現する金属造形作家 釋永 維さん

北アルプス立山連峰がそびえ、のどかな田園風景が広がる富山県立山町。陶芸家一家の末娘として生まれ育ったこの町に工房を構え、銅、真鍮、錫などの素材を用いて唯一無二の作品を生み出す釋永 維(しゃくなが ゆい)さんに、制作にのせる想いをうかがった。


アンティークスプーンのくすんだ表情に魅了され、金属造形の道へ


430年以上の歴史をもつ越中瀬戸焼の代表作家、釋永由紀夫さんを父に持ち、姉、兄ともに陶芸家。伝統ある窯元の家に生まれた維さんは、大学で金属工芸を学び、ジュエラーのMIKIMOTOで原型制作を担当。退社後、金沢卯辰山工芸工房を経て、金属造形作家として独立した。



金属に興味を持ったのは、小学校低学年の頃。「父の友達にちょっと変わったおじさんがいて。中世ヨーロッパのスプーンのコレクターだったんです。その方に『金属の美しさってすごいんだよ、傷が付いたり色が変わったりするのが金属の魅力なんだよ』と教えられて、それがとても記憶に残っています」と維さん。子供のころ毎日遊んでいた曾祖父の瓦工場の跡地で、剥き出しになった鉄骨造りの建物が錆びて自然の中に溶け込んでいたようすも強く心に残っているという。


宝飾のMIKIMOTOでは、金属を使った原型制作に携わり、彫金の技術を習得した維さん。宝石をのせる土台をつくっていたとき「この土台が綺麗だなって思ったんです。ダイヤをのせなくても、これだけで綺麗。なのに脇役と感じるのは何でだろう。金属だけでも表現できるなって」。 そんなふうに感じていた維さんが、退職後に歩みを進めたのは金属造形の道。「ものづくりの仕事は大変なので、親としては安定した会社勤めを続けてほしいという思いもあったようですが、でもやっぱりこっち側に戻ってきた感じです」と笑う。


故郷である立山町に構えた工房は、件の曾祖父の瓦工場があった場所だ。鉄骨造りの瓦置き場を改装し、アトリエとして使っている。隣も工場跡地で住民はいないので、時間を問わず制作に没頭できる。維さんが金槌で銅板を叩くタンタンタンという音が、今日も響き渡る。


やわらかさと儚さを感じる、真鍮や銅のオブジェ


制作するのは、金属の板を鍛金(たんきん)技術で曲げて成形したオブジェや器など。金属というと硬く重いイメージがあるが、維さんの作品は一目見てハッとするほど、やわらかく動き出すかのように繊細でしなやかだ。



デビュー作は、「円環蓋置(ふたおき)」。独立後、なにをつくろうか悩んでいたとき、金沢の卯辰山工芸工房で学んだお茶道具の蓋置にしようと思い立った。「繋ぐ」という意味を込めて両親がつけてくれた自身の名前「維(ゆい)」からイメージし、たくさんの真鍮の輪を繋げてねじり、円環のように形づくったものだ。造形の愛らしさと質感の艶やかさが印象に残る。



厚さ1mmほどの銅板に無数の穴を開け、立体的に形作ったオブジェは、しなやかな曲線が風のように軽やか。バーナーで熱して柔らかくし、思いのままにねじって自由な動きを表現した。 レース模様のような花器もどこか神秘的で、息をのむほど美しい。金属ではなく色を染めた竹細工のようにも見えるから不思議。

「金属が持つ硬くて重いという潜在的なイメージでつくると、本当にそういうものに仕上がるのだけれど、私はしなやかな部分を捉えながらずっと作業しています。だから、軽やかな竹のように見えると言ってもらえるのはうれしい」と維さんは話す。


硫化反応によって自然のままに銅を着色



着色の技法も特徴的だ。薄く伸ばした銅板の表面に錫(すず)をのせて溶かし、硫化(りゅうか)着色という技法で黒〜白のグラデーションを生み出している。硫化により銅のみ反応して黒っぽくなり、錫は反応しないので白っぽく残るというわけだ。

硫化反応を止めるタイミングによって、明るい銅色から深い色合いまで変化させることができる。自然の延長にあるような素材の色合いを、維さんは大切にしている。


錫(すず)を釉薬のようにほどこして


錫を使うのは、銅と合わせたとき、思いがけず綺麗な色合いが生まれたからだという。

「ジュエラーで働いていたとき、貴金属はピカピカに磨いて輝かせるものでしたが、自分の作品は金属の特性を引き出して、味わいある表情にしたいと思いました」と維さん。



銅はほかの金属と比べてやわらかいから、自分の思いを形にのせやすい。その銅の表面に満遍なく均一に錫を引く練習をしていた時期もあるけれど、どうもピンとこなかった。そこで、錫が自然に流れるまま溶かして硫化着色してみたら、なんともおもしろい表情が生まれた。


「身近に陶芸があったので、釉薬に憧れがあるんです。錫という素材は常温だと柔らかすぎて扱いづらいし、火にかけると溶けてこちらが思ったように動いてくれない。それなら銅にのせたとき、錫が自然とおさまるところに留めるような作業をしてみよう、と思いました。それって、陶芸の釉薬が窯の中で炎によって溶けるような、“自然の力に委ねる”作業に少し似ているな、と感じたのです」


自然と一体になるような、循環の思想を作品に



維さんがめざすのは、自然の中に置いたとき、まわりと同化してしまうような作品づくり。「色で目を引くこともできるけれど、私は自然の延長にあるようなものが生み出せたらいいなと思っていて」と維さん。地味、ともいわれるが、黒から白へのグラデーションだって、色としては実に多彩だ。



焼き付ける過程にできたムラも、あえて残している。制作中に出くわしたハプニングを受容することが、自分の表現でもあると思う、と維さんはいう。


「この道に入ったばかりのころは、大学や職場で身に着けた基準を手掛かりにしていましたが、がんじがらめにもなっていました」。寸法や綺麗に整えることを気にして、歪みが一切受け入れられなかったのだそう。

けれど、そんなベースを持ちながら、新しい手法や素材の取り合わせを生み出し、すべてが「自分の手によってできた証」と捉えられるようになった維さんは、金属を通して自由に表現することの喜びをかみしめている。



維さんの心を映し出すような器そして立体作品は、手つかずの自然が残る富山県利賀村で唯一無二の食体験を提供する、谷口英司シェフによるオーベルジュ「レヴォ」でも愛用されている。谷口シェフは真の地産地消を追求し、無限のアイデアで、富山の食材を前衛的地方料理へと昇華。作家や職人にフルオーダーしたオリジナルの器、カトラリー、インテリアで自らの理想の食空間をつくり上げた。「ミシュランガイド北陸2021」では2ツ星を獲得、「ゴ・エ・ミヨ2022」では2度目の「今年のシェフ賞」を受賞。そんな谷口シェフの世界観に、自然の循環に想いを馳せる維さんの作品は欠かせないものとなっている。



さらにレース模様の巨大なオブジェは、「レヴォ」のほか、世界的ラグジュアリーホテル「ザ・リッツ・カールトン東京」45階のチョコレート&ペイストリーショップでも鈍く美しい輝きを放つ。金属造形アーティストとして維さんの注目度は高まるばかりだ。


「個展や展覧会を経験するたび、次に挑戦したいことがかならず見えてきます。自分の感覚に共感者がいる喜びは他にはないもの。人に響くときとそうでないときを俯瞰するのも楽しい。思う方向に突き進み、作品を通して自分の世界を広げられたらうれしい」。

金属の持つしなやかさ、自然のなかで朽ちていく脆さ、儚さ。そこに美を見出しながら、維さんは独自の感性と技法で、これからも自由に軽やかに表現し続けていく。


ACCESS

釋永 維
富山県中新川郡立山町
URL https://www.instagram.com/yui_shakunaga