真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」

真剣に遊び、滋賀で生まれた出会いをつなぐギャラリー「季の雲」

やわらかな自然光が差し込むコンクリート打ちっぱなしの空間に、さまざまな作風の器が並ぶ。滋賀県長浜市にある「季の雲(ときのくも)」は、国内外で活躍する作家の作品や古道具、そして日本ではめずらしく、中国茶器を常設で扱うギャラリーだ。全国各地から訪れるファンからはもちろん、作家達からも“帰ってくる場所”と呼ばれ愛されている。


どんな作品も受け入れる凛とした空間



季の雲がある滋賀県長浜市の中心部は、豊臣秀吉の建てた長浜城がある城下町。観光客で賑わう駅前通りを抜け、静かな住宅地を進むと、ひときわ目を引く白い建物が現れる。鉄製の大きなドアを開くと、そこに広がるのは天井高5メートルの開放的なギャラリー空間。ギャラリーでは月に2回のペースで企画展が開催されており、陶磁器や漆器、ガラス、木工、金属など、さまざまな作家の作品を展示、販売している。

「新婚旅行でニューヨークに行った時、レストランやお店など、どこに行っても天井がすごく高くて。開放感とモダンな雰囲気に憧れて、それを形にしました。内装は最初からあまり作り込まず、その時々のイメージに合わせて装飾などで変えられる余白を残しています」と話すのは、オーナーの中村豊実さん。「他では展示できない大きな壺や、壁から吊るすような作品も持って来られる」と作家からも喜ばれているそうだ。


「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」



30代まではごく普通の会社員だったという中村さん。結婚し、子どもが生まれる時に「子どもに誇れるような、本当に好きな仕事がしたい」と考えたのが、この場所に店を構えたきっかけだった。とはいえ最初からギャラリーを始めたわけではないという。「最初にオープンしたのは、ずっと夢だったダイニングバー。どうせやるなら日本中のお客さんに来てもらえるお店にしたいと思って、七輪を使った焼きたての料理を食べながら日本酒が味わえるお店を開きました」。当時から器が好きだったそうで、作家ものの器を使ってめずらしい日本酒や料理を提供しているうちにファンが増え、うわさを聞きつけた人々が東京や神奈川など遠方からも遥々訪れるようになった。数年後には器を展示するギャラリーを併設し、ダイニングバーからイタリアンレストランに転向。その後、ギャラリーとしてのニーズが増えたこと、そして器に対する興味のウェイトが大きくなったことをきっかけに、レストランだった場所までギャラリーに作り変え、現在の季の雲が誕生した。2023年にはギャラリーを始めて20年になるという中村さん。「ずっと来てくれている常連さんとは一緒に歳を重ねていく楽しさがありますし、最近は若い人が『SNSで見て、やっと来られました』と言ってくれることもあります。やっぱり、いろんな年齢層の方が来てくださるのは嬉しいですよ」と笑顔がこぼれる。


器好きの先にあった、古道具の世界



2階建ての店内は、1階が企画展と常設の作品が並ぶギャラリースペース、2階は中村さんが買い集めた古道具の販売スペースになっている。古いものを好きになったのは店を始めてからだそうで、日々作家ものの器を見ているともっと昔に作られたものにも興味が出てきて、骨董市などを見て回っているうちに自分でも買い付けて販売するようになったという。「うちに置いているのは、骨董というより古道具やガラクタ(笑)。何に使うかわからない

ものも混じっていますが、僕はそういうものの方が好きで。何の道具か、どうやって使うのか想像するだけでおもしろいじゃないですか」。

日本の古道具と西洋のアンティークが混ざり合った空間は、屋根裏に作られた秘密基地のよう。中村さんが金継ぎを施した古い器も一緒に並んでいて、まるで宝探しをしているような楽しみが味わえる。


つながりのある作家は100人以上



季の雲では、年間20回以上もの企画展が開催されており、これまでに通算100人を超える現代作家の企画展や作品の販売を行ってきた。他にも白磁作家として世界的に知られる黒田泰蔵氏のサインがエントランスに残されていたり、「ギャルリ百草」を主宰する安藤雅信氏とはオープン当初から交流が続いていたりと、多くの作家と一緒に楽しみながら仕事を続けているという。「もうこれ以上増やすのはやめよう」と思っても、いい作家を見つけるとどうしてもお客さんに紹介したくなるのが中村さんの性分だ。しかも、新しく扱う作家のもとには必ず夫婦2人で訪問してから取引を依頼する。「いいなと思ったら、作品だけでなくその人自身を知りたくなるんです。20年も続けていると、出会った頃はまだ20代の駆け出しだった作家さんでも、今では40代の立派な中堅作家になっている。今は世界を舞台に活躍している青木良太さんもそのひとりです。人気が出たり大成功したり、そういうのを見ていると『やっててよかったな』としみじみ思います」。まだ知られていない作家を発見し、その成長過程に立ち会えるのもギャラリーとしての醍醐味だろう。


新しい風やインスピレーションが生まれる場所に


季の雲は、作家達の貴重な交流の場にもなっている。「展覧会の初日は在廊してくださる作家さんが多いのですが、その日の夜は必ず『うちで食べて飲もうよ』って声をかけるんです。みんなでご飯を食べてお酒を飲んで、うちに泊まっていくのがもう定番になっています。普段は工房にこもっている人が多い分、展覧会があったら自分で納品に来てそのまま在廊して、現地の人達と一緒にお酒を飲んだり、時間があったら釣りをしてみたり。ちょっとしたリフレッシュも兼ねて楽しみにされている方も多いです」と中村さん。毎年恒例の新年会には数十名の作家が集まるという。みんなで集まって酒を酌み交わせば、初めて会った作家同士が仲良くなって「二人展をやろうか」と言い出したり、陶芸家と漆器の作家が夜遅くまで話し込んだり。そんな出会いから、新しい風やインスピレーションが生まれていくのが嬉しいし、それがギャラリーの役目でもあると、中村さんはほほ笑む。


飲食店の日常から始まった器づくり



じつは、中村さん自身にも作り手としての一面がある。「僕は、作家活動はしていないので……」と言う中村さんに、自宅の工房を見せてもらった。

中村さんが器づくりを始めたのは、季の雲がまだ飲食店だった頃。店で使っている器が頻繁に割れたり欠けたりするのを目の当たりにして、「こんなにしょっちゅう買い替えるぐらいなら、自分で作ろうか」と思ったのがきっかけだったそう。好きなこと、興味があることは何でもやってみるという中村さんならではの挑戦だ。焼き物といえばろくろを思い浮かべる人が多いが、中村さんの技法は「タタラ作り」。まず石膏型を掘り、その型に粘土をあてて乾燥させた後、型から抜いて焼き上げる方法だ。実用性を求めて始まった作陶は、割れにくく、使いやすく、何より料理が映える器づくりを基準にしている。「自分が使いたいと思うものを作る」という中村さんの思いが表れたシンプルで美しい器や直火にかけられるプレートは、季の雲のギャラリーにも並び、人気を博している。


中国茶器との出会い、つながる縁



台湾の茶人が日本の作家のものを買っていくのを見て興味を持ち、妻の敬子さんと一緒に茶人を招いた中国茶の教室を始めた。中国人客が来たら話を聞いたり、自分でも中国に行ったりして勉強するなかで、日本では中国茶器を専門に作っている作家も扱っているギャラリーも見当たらないことに気づく。「それならうちでやってみようか」と考えて交流のある日本人作家達たちに中国茶器の制作を依頼したところ、これが大ヒット。日本人が普段使う食器ばかり作り続けてきたから、中国茶器の制作は新鮮だったのか、ほとんどの作家が「ぜひやってみたい」と快く引き受けてくれたという。

また、敬子さんはギャラリーで行う中国茶の教室ばかりでなく、いろいろな土地や場所に赴いて茶人と一緒に作り上げていくお茶会の企画「茶遊記」も開催している。日本国内をはじめ、中国の各地やモンゴルでも開催されたこのイベントは、「お茶で真剣に遊び、その魅力を行く先々で伝え、感じる旅」がコンセプト。訪れるのはもちろん現地の人で、お茶と器を通じて人々の縁がつながれている。


手に取ることで作品をより身近に感じてほしい


「僕達がやっているのはギャラリーなので。やっぱり手で触れて、重さや質感を感じて買っていただきたい。作品をより身近に感じてもらえるのがギャラリーの良さだと思っています」と中村さんは話す。

何を買うにもオンラインで検索し、そのまま購入することが当たり前になりつつある現代。欲しいものにピンポイントでたどり着ける便利さの一方で、なぜか無性に心惹かれるものと偶然に出会い、視野が広がるという経験は少なくなっているのではないだろうか。“無駄”が排除される時代だからこそ、可能性を含んだ“余白”が求められている。このように、まだ見ぬ素晴らしい作品との出会いを提供し世界観を広げてくれるギャラリーの存在は、ここを訪れる人やコレクターばかりではなく、作品の作り手たちからも大いに注目され、その価値を高め続けていくだろう。


ACCESS

季の雲
滋賀県長浜市八幡東町211−1
TEL 0749-68-6072
URL https://www.tokinokumo.com