山形県舟形町で生産される「舟形マッシュルーム」。無農薬で栽培され、生でも食べられる安心・安全な食材として、近年その人気と知名度は全国区になりつつある。最上地方の美しい自然の中で舟形マッシュルームの生産販売と加工販売を行う「有限会社舟形マッシュルーム」を訪ねた。
冬季間の出稼ぎ替わりに始まったマッシュルーム栽培
山形県北東部の最上地方南部に位置する舟形町。町の中央を流れる最上小国川の清流で育った香り高い鮎や、国宝「縄文の女神」の発掘場所としても知られている。豊かな自然に囲まれた人口およそ5,100人のこの場所で近年注目を浴びている農産物が「舟形マッシュルーム」。
2018年にはマッシュルーム業界では初めて有機JAS認証を取得し、県内のみならず首都圏の飲食店などにも流通する「舟形マッシュルーム」を生産しているのが「有限会社 舟形マッシュルーム」だ。
現在、専務取締役をつとめる長澤大輔さんは3代目。マッシュルーム栽培を始めたのは長澤さんの祖父だという。元々農業や養蚕などを地元産業としていた舟形町は、積雪が2メートルを超えるほどの豪雪地帯。かつては冬になると農作物が収穫できず収入がなくなってしまうため、東京など大都市に出稼ぎに行くことで生計を立てている人も多かった。そんな中、出稼ぎの替わりにと地域の農家が始めたのがマッシュルーム栽培。稲わらを使って栽培できるというマッシュルームの特性は、米の生産をしていた舟形町にとって、地域の未利用資源を使えるという点で理想的であった。また、県内にはマッシュルームの水煮を取り扱う食品加工会社があり、マッシュルームに関する知見がすでにあったという。そのような事情から、雪や外の寒さの影響を受けずに栽培・収穫ができるマッシュルームは冬場の貴重な収入源になり、長澤さんの祖父も小規模ながら小屋の中で栽培を始めたのだとか。
数あるきのこの中で、なぜマッシュルームだったのか。それは「出会いでしかない」という。人間が快適だと思う温度で育つマッシュルームは、舟形町の冬の気候に合っているとは決していえない。しかし、きれいな地下水や豊富な雪解け水を使えることは、マッシュルーム栽培にとって非常に恵まれている。その後、長澤さんの父の代になり、世間の洋食ブームも相まって通年栽培にシフト。県内の食品加工会社に勤めていた経験やツテを活かし、地元舟形町で事業を拡大させたのだとか。
その後、2001年に法人化。当時は栽培に農薬を使用して水煮に仕上げることが主流であった一般的なマッシュルームとの差別化を図るため無農薬栽培に挑戦し、現在の生産スタイルになったという。
山形へのUターンを経て農場の仕事に
「学生の頃はマッシュルームの仕事はやりたくないと思っていた」と、長澤さんは語る。その理由は「世界が狭まると思った」から。
舟形町で生まれ育ち、学校を卒業してそのまま地元で農業に携わって暮らしていくより、もっと広い世界に出たい。そう思った長澤さんは、東京にあるWeb関連会社で3年ほど会社員をしていたという。しかし、いつしか「形ないものを作り続ける」というインターネットの世界よりも、実体のあるものを作っていく仕事に心惹かれるようになり、頭に浮かんだのが家業のマッシュルーム栽培だった。
そして10年前、故郷にUターンして農業に従事するようになったが、意外なほど「世界が狭まる」ことはなかった。栽培指導や技術交換など、海外とのやり取りを行うことも多く、逆に長澤さんの世界は拡がっていった。そんな中、長澤さんにはひとつだけ後悔していることがあるという。
それは、実際にやってみたらマッシュルーム栽培がとても難しかったことだ。
「もっと早くこの仕事に就いていたら、もっと上手にマッシュルームを育てられたかもしれない。」
外に出て世界を広げようとした結果、逆に農業が持つ無限の可能性と向き合う時間が少しだけ遅くなってしまった。
舟形マッシュルームの難しさとユニークさ
本社農場の広大な栽培場には奥行きが30メートルほどもある栽培舎が48棟、近くの第2農場には20棟が並び、年中無休で稼働している。創業当時は小屋ひとつからはじまったマッシュルーム作りが、現在ではこれほどまでに拡大。しかし一つひとつのマッシュルームにかける手間は昔と変わらない。
常に摂氏17~18度に保たれた栽培舎の中にはマッシュルームの栽培棚が天井近くまでみっしりと設置され、収穫前のマッシュルームがぽこぽこと顏を出す。栽培棚に敷き詰められた堆肥も自社農場内で製造されたもの。馬厩肥やコーヒーの搾りかす、石膏など複数の資材を発酵させたものだという。その上にミズゴケ類やヤナギなどの植物が堆積・腐食した「ピートモス」を置き、その中にマッシュルームの種菌を植えていく。
菌床が入ってからマッシュルームが発生するまでには6週間ほどかかるが、マッシュルームは成長が早く、翌日には倍くらいの大きさになるという。そして収穫までにかかる期間はおよそ3週間。1つの栽培舎は9週間のサイクルで成り立っている。
収穫を終えると部屋ごと蒸気で殺菌を行い、堆肥も全て入れ替えを行う。非常に手間がかかるが、栽培サイクルが後期になると菌のバランスが崩れ良いマッシュルームが育たなくなるため、周期の終わりには栽培環境を全て変える必要があるのだとか。
「適切な温度管理や菌の状態のチェックにはとても気を遣う」と、長澤さん。また、栽培棚の中できのこ同士の距離が近すぎると形が崩れてしまうことも。都度小さな失敗を重ねながら進んできたが、今も変わらずマッシュルーム栽培の難しさを感じているという。
その中で、長澤さんが心がけていることがある。それは、「廃棄をしないこと」だ。
不利用素材を使う、捨てない、という選択
マッシュルーム栽培を通して、収穫物も資材も「廃棄をしない」ことにこだわる長澤さん。それは、環境や地域社会への配慮だという。他の場所でもう使わなくなった資材を再利用し、自身の農場で使い、使い終わったら再び使ってくれる誰かへ渡すことで資材の循環を図るという「ゼロエミッション」を経営方針のひとつに掲げている。
例えば堆肥。稲わらはJRAの厩舎から、コーヒーの搾りかすは長澤さんの父が勤めていた食品加工会社から、石膏は県内の企業からといったように、各所でもう使わなくなった資材を引き取り農場で手を加えて使っている。そして使い終わった堆肥は、地元の農家へと渡る。「稲わらが主な原料なので、畑がふかふかになる」と、評判は上々だ。
また、収穫時にどうしても残ってしまうマッシュルームの柄(え)の部分。味は良いものの堆肥を落とすのが難しく出荷には回せないため、長澤さんが自宅で料理に使うこともあるという。
マッシュルーム産業の栄枯盛衰と復活
ここ最近、大都市のホテルやレストランでも舟形マッシュルームが提供されているという。水煮缶ではなく生食可能なフレッシュマッシュルームの需要が伸びているのだとか。それこそ、農薬不使用で安心安全を心掛けてきた舟形マッシュルームのブランディングが実を結んだ結果ではないだろうか。
水煮がメジャーすぎて意外に思うかもしれないが、マッシュルームは生食可能。しかし、今から30~40年前に個人の農家が栽培を行っていた時期は、収穫期間を長くするために農薬を使い、水煮にすることが主流だった。当時は年間2万トンほどあった収穫量だが、農薬法の改正によって韓国や中国に水煮マッシュルームのシェアが奪われるという事態が起き、個人農家だけでなく企業も次々と手を引いていった。そして10年前には年間生産量は5000トンにまで落ち込んだものの、フレッシュマッシュルームの需要などにより今は日本中で年間8000~1万トン生産されるまでに回復した。
「マッシュルーム栽培は一度廃れた産業なので、ここまで復活できてうれしい」と長澤さん。かつては個人でマッシュルーム栽培を行っている農家が舟形町に4軒いたが、皆やめてしまったという。しかし今でも間接的に手を貸してもらっており、そのおかげで地域でのマッシュルーム生産量はおよそ1500トン。現在では全国シェアの20%程度を占めるまでに成長した。
生のままサラダでも食べられるレシピ豊富なマッシュルーム
舟形マッシュルームの特徴は、舟形町の清らかな雪解け水が育てたえぐみのなさ、そして甘みとうまみの強さ。ホワイトマッシュルームは生のまま食べられるほど優しい甘みと味のバランスに優れ、ブラウンマッシュルームはワイルドな香りとパリッとした食感により煮込み料理に向いているという。また、「マッシュルームを食卓の主役にしたい」という思いで改良された、時に直径10cmを超える「ジャンボマッシュルーム」の迫力があり、目を惹く。
栽培場の一角にある直営レストラン「マッシュルームスタンド舟形」では、これらのマッシュルームを使ったメニューを味わうことも可能だ。中でもピザは、フレッシュマッシュルーム乗せ放題とあって高い人気を誇っている。サクッとした食感と鼻腔に拡がる香りは、「マッシュルームといえば水煮」という概念をひっくり返してくれる。
マッシュルームづくりを持続可能で強い産業に
長澤さんは、「農業は輸出入や流行、資材高騰など様々な要因に影響を受け、安定しないものが多い。だからこそ私たちがマッシュルーム栽培で目指すのは、どんな地政学的事象が起きても揺るがない強い産業にすること」と語る。
とくに、現在日本中の農家が頭を悩ませている資材の高騰はマッシュルーム栽培にとっても例外ではなく、見直しも検討しているという。そして環境への配慮。使用しているピートモスは、二酸化炭素を排出するとして規制が入り始めた国も出てきているため、代替品を探し始めているのだとか。そのため長澤さんが考えているのは、地域で出た資材のみを地域で循環させるより強固な仕組みだ。現在、マッシュルーム栽培には地元以外の資材も使っているが、地域資源だけで成り立たせるというサイクルを実現させることで、マッシュルーム栽培が地域で完結できる産業となる。それが目標だ、と長澤さん。
「マッシュルームといえば水煮」というイメージを覆し、食べ方においても様々な提案や新商品の開発をしている舟形マッシュルーム。安心して生食できるオーガニックなマッシュルームが日本全国の食卓に浸透する日も近いのかもしれない。