「敦賀昆布本町本店」は福井県敦賀市で福井県名産の「おぼろ昆布」の加工業を営んでいます。
江戸時代中期から明治にかけて「北前船」の寄港地として栄えた「こんぶの町」敦賀から、
こだわりの昆布を厳選し、敦賀昆布の職人でしか生み出せない絶妙な厚みの「おぼろ昆布」を生産。
全国の食通を唸らせています。
福井県敦賀市で名産“おぼろ昆布”の加工業を営む「敦賀昆布」。手すき昆布職人の別所昭男さんは、その卓越した技能により、2020年に「現代の名工」に選ばれた。この道63年、昆布を知り尽くしたスペシャリストにおぼろ昆布の魅力と、手すき昆布職人の仕事を聞いた。
敦賀を代表する地場産業「おぼろ昆布」
福井県の南西部・嶺南地方にある敦賀(つるが)市は日本海の敦賀湾に面した港湾都市で、かつては 「北前船(きたまえぶね)」の寄港地として栄えた。「北前船」とは江戸時代中期から明治にかけて北海道と大阪を結んでいた商船群。日本海回りで商品を売り買いしながら北海道と大阪を結んでいた。その寄港地の一つであった敦賀では北海道から運ばれてきた昆布やニシンが荷揚げされ、蔵での貯蔵を引き受けたり、昆布屋として財を成すものも多かった。昆布は主に京都などの関西圏へ運ばれ、ニシンは食用だけでなく、魚肥(綿などを栽培する際の肥料)として西日本各地に運ばれた。
昆布の一大集積地として栄えた敦賀には、昆布屋が軒を連ね、昆布を加工する職人が集まり地場産業へと成長。儀式や料理に用いられる「細工昆布(さいくこんぶ)」や、昆布を薄く削って加工したおぼろ昆布やとろろ昆布も登場し京都や大阪などで親しまれてきた。 おぼろ昆布ととろろ昆布はほぼ同時期に誕生したと見られていて、流通の中心が大阪に移った現在でも、敦賀ではおぼろ昆布の加工が盛んに行われ、全国の80%以上の生産量を占めている。
職人が紡いできた「おぼろ昆布」の伝統
「敦賀昆布」は2017年に、現代表の森田貴之さんが福井県内の老舗昆布屋で長年営業や仕入れを担当したキャリアを生かして創業。敦賀に20社ほどある昆布加工業者の一翼を担う存在として、おぼろ昆布を中心にだし昆布なども扱っている。手すき昆布職人を社員として雇用するほか、個人の手すき昆布職人からおぼろ昆布を仕入れて昆布専門店などに卸すのが主な事業だ。敦賀には自宅で昆布を削る職人も多く、かつては別所さんも個人で仕事を続けてきた。しかし、伝統的な地場産業であるおぼろ昆布を守り、地域に貢献できる企業を目指すという森田さんの理念に共感し、同社に所属して「敦賀昆布」の仕事を請け負っている。
職人の手で1枚1枚削る
「一般的には、おぼろ昆布より、とろろ昆布の方になじみがあるかもしれません」と別所さんが言うように、おぼろ昆布もとろろ昆布も昆布を薄く加工した商品で、その違いについてはあまり知られていない。
おぼろ昆布と、とろろ昆布の違いは削り方にある。とろろ昆布は、何枚もの昆布を重ねてプレスし、大きなブロック状にして削る。重ねた昆布の側面を削るので、細かな形状になる。とろろ昆布がスーパーなどによく出回っているのは、機械化が進み短時間に多く削れるようになったからだ。現在では、昆布の大消費地である大阪でも、とろろ昆布が一般に出回っている。
一方、おぼろ昆布は職人が1枚の昆布を表面から薄く幅広く削る。昆布の品質がそのまま反映されるので、傷の少ないきれいな昆布を使う。機械で削るとろろ昆布と比べると、職人がおぼろ昆布を削れる量は非常に少ない。そのためおぼろ昆布のほうが価格も高く、森田さんによると、ものにもよるが、とろろ昆布の倍はするという。
とろろ昆布はふわっとした食感で口の中に昆布の旨味がじんわりと広がる。一方、おぼろ昆布はしっかりとした食感で昆布の旨味をダイレクトに味わえる。
おぼろ昆布は北海道や東北、大阪でも生産されているが、とくに敦賀の手すきの技術には定評がある。敦賀の産地が、質の高い昆布を手で1枚1枚丁寧に薄く削る「職人の技」を守ってきたからこそ、おぼろ昆布という逸品は今も生き続けているのだ。
昆布をすべて使い切る
そもそも、おぼろ昆布はどのように生まれたのだろう。江戸時代、北前船で敦賀に運ばれた昆布を乾燥・熟成させる途中で一部にカビが発生してしまった。その昆布を酢に漬けて柔らかくしてから、ガラスの破片でカビの生えていない表面を削ったところ味が良く、商品化したのがおぼろ昆布だと伝わっている。
現在でも、おぼろ昆布の材料は昆布と酢のみ。「敦賀昆布」では北海道産の真昆布を主に使い、昆布はとても硬いので、まず職人が醸造酢に漬けて柔らかくし、削りやすくしてからおぼろ昆布に削る。「敦賀昆布」が扱う商品は4種類で、削る昆布の部位によって商品名が異なる。
まず、酢に漬けた昆布の両端を切り取って形を均一にし、表面から削っていく。『黒おぼろ』は昆布の表面の黒い部分を削ったもので強い酸味が特徴。『むき込みおぼろ』は昆布の表面の黒い部分と中の白い部分が混ざっており、塩味・酸味ともに程よい仕上がりだ。『太白(たいはく)おぼろ』は芯に近い白い部分だけを削った昆布で上等品とされ、昆布本来の甘みが感じられる上品でやさしい味わい。『白板(しろいた)昆布』は「おぼろ昆布」を削り出した後、最後に残る芯の部分を切り揃えたもの。その厚みから素材を包む為に使われることが多く、代表的なものでバッテラや鯖寿司の一番上にのっている薄く透き通った昆布がそれだ。
表面に近い『黒おぼろ』は塩味や酸味と共に旨味をダイレクトに感じやすい。『むき込みおぼろ』、『太白おぼろ』、『白板昆布』と昆布の芯に近づくにしたがって合わせる料理を引き立て、こんぶそのものの上品な風味を感じられる。 1枚の昆布を丸ごと使いこなす。この日本ならではの美しい食文化を守っているのが別所さんを始めとする手すき昆布職人の技だ。
0.01ミリと0.1ミリ。極上の厚みに削る技
別所さんが削るおぼろ昆布の厚さはわずか0.01ミリ。これは『太白おぼろ極(きわみ)』との名前で「敦賀昆布」から商品化されており、別所さんが「現代の名工」を受賞する要因にもなった。これ以上はない極薄の仕上がりで、口に入れると舌の上でさっととろけ、昆布の旨味と香りが口内に広がる。
別所さんたち職人が昆布を削る際には、専用の包丁を使う。その包丁は刃先を少し曲げてあるのが特徴で、曲げた刃先で昆布を引っかくようにして削る。刃先を曲げるのも職人の大切な仕事だ。刃先の角度でおぼろ昆布の薄さや幅が決まるので、曲げ方には熟練の技術が必要になる。
手すき昆布職人の命と言える包丁は、驚くことに30分に1度の研ぎが必要だという。昆布を削る包丁は非常に薄く、すぐに刃に昆布が引っかからなくなって削れなくなるので、30分ごとに研ぎ直し、刃先を曲げて整える。職人の間では、この刃先を曲げた包丁を「アキタ」と呼んだり、刃先の角度を整える作業を「アキタをつける」と呼んだりする。職人によっては2、3枚の包丁を用意して刃が弱ってきたら包丁ごと変え、まとめて研ぎ直す場合もあるという。
手首ではなく“足”で削る
職人が昆布を削る際には、専用の台に胡坐(あぐら)をかくように座り、右足だけを地面につける。その右足で昆布を抑えて左手で昆布を引っ張り、右手に持った包丁で削っていく。別所さんは「手首を使って削ると昆布がバラバラになってしまいます。手首ではなく、足で手を押すようにして削ると均一な薄さに仕上がります」と削り方のコツを教えてくれた。
現代の名工の技が冴える【竹紙昆布】
別所さんが、0.01ミリのおぼろ昆布より、削るのがはるかに難しいという昆布がある。それが『竹紙(ちくし)昆布』だ。『竹紙昆布』は昆布の芯に近い白い部分を厚さ0.1ミリに削った昆布。別所さんは呼吸を整えて集中力を高め、0.1ミリという均一の厚さを保ちながら、1枚40~50センチの『竹紙昆布』を一気に削る。まさに別所さんにしかできない名工の技だ。
『竹紙昆布』は主に高級料亭から注文が入る最高級品で、甘鯛や鱈を包んで蒸す料理などに使われる。『竹紙昆布』の0.1ミリという厚さは、蒸しあげたときに昆布が溶けず、素材に昆布の旨味を移しながら料理の見た目を美しく仕上げるための絶妙な厚みなのだ。
別所さんが『竹紙昆布』を開発したのは1980年で、以来40年以上にわたり削り続けている。いまだに『竹紙昆布』を削れるのは全国でも別所さんただ1人であり、この「現代の名工」の技を絶やさぬために承継への取り組みが始まっている。
手すき昆布の伝統を絶やさぬために
最盛期にはこの敦賀の産地だけで500〜600人いた手すき昆布職人も、今は100人に満たない。職人の高齢化もすすんでいる。敦賀の手すき昆布の文化を守るために、「若い後継者の育成に力を入れていきたい」と語る別所さんのもとに、2022年1月、新しい弟子が入った。勤めていた鉄工所を退職し、「自分の人生を生きるために」弟子入りしたという河瀬滉平さんだ。
河瀬さんが1日に削るおぼろ昆布は4~5キロ。1日に12キロも削るという別所さんにはまだまだ及ばないが、希代の名人から直接指導を受け、日々修業を積んでいる。「3年で1人前に育てたい。『竹紙昆布』の技術も承継する」と別所さんは力を込める。
別所さんは2000年頃から地元敦賀市の学校で、昆布食文化の講義と手すき昆布の実演などの活動を続けてきた。また、東京や横浜、九州などの催事にも積極的に出向き、手すき昆布の実演を重ねている。こうした手すき昆布の魅力を発信する別所さんの姿に、河瀬さんは憧れたと言う。
おぼろ昆布を全国に
後継者の育成とともに、おぼろ昆布という食文化を全国に広く知らせるのが別所さんの夢だ。おぼろ昆布は、敦賀から運ばれた大阪で、江戸後期から庶民に親しまれるようになったという歴史的背景があり、大阪を中心とした関西に広がった。刃物生産で有名な大阪の堺で手すき昆布用の包丁が作られていたことも、関西でおぼろ昆布が広がった要因として考えられる。
おぼろ昆布に真昆布を使うのは、羅臼昆布や利尻昆布に比べて安価であり、羅臼や利尻のようなダシを取る昆布に比べて旨味が程よいので、そのまま食べるのに適しているから。元々庶民が食べていたおぼろ昆布を、別所さんは料理店だけでなく全国の人たちに気軽に食べて欲しいと願っている。
一番のおすすめはおにぎりをおぼろ昆布で巻く食べ方だが、おぼろ昆布はそのままおやつやお酒のつまみとして食べても美味。お椀に入れてお湯を注ぎ、醤油をたらせば上品なお吸い物になるし、うどんにトッピングすれば、ちょっとした贅沢を気軽に味わえる。また、別所さんは、おぼろ昆布で刺身を巻いて、昆布が溶けるのを待つだけでスピーディーに作れる“昆布締め”を教えてくれた。「最近、東京の居酒屋でおぼろ昆布をしゃぶしゃぶで出す店を見つけました。今後は和食に限らず、おぼろ昆布の新しい食べ方に注目していきたい」と語る。
別所さんはおぼろ昆布の認知度を高めるため、現代の名工の肩書を活かし、これからも積極的に全国の催事などへ出向きたいと話す。
2023年1月にはJR敦賀駅から徒歩10分ほどの場所に「敦賀昆布」の本店兼ショップがオープン。ショップでは職人が駐在して手すき昆布を実演する。職人が消費者と直接関われる新たな拠点の誕生によって、敦賀のおぼろ昆布の魅力は着実に広がっていくに違いない。
敦賀昆布本町本店の職人たちは「おいしいおぼろ昆布とは何か」「自信を持てるおぼろ昆布とは何か」を追求し、昆布を削る技術を磨いてきました。熟練した職人は1枚1枚異なる昆布の特徴を手の感覚で確認しながら、1日に12キロのおぼろ昆布を均一に削ります。また、昆布を削るための専用包丁の刃の角度を自分で調整し、ひんぱんに研いで常に鋭い切れ味に保っています。そうした熟練の技術と丁寧な仕事を承継するため、若い職人の育成に力を入れており、今は現代の名工だけが作れる最高級品「竹紙昆布」の技術伝承も目指しています。