現代生活に合った色や実用性で漆器の歴史を塗り替える。塗師屋「漆琳堂」8代目内田徹さん

現代生活に合った色や実用性で漆器の歴史を塗り替える。塗師屋「漆琳堂」8代目内田徹さん

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福井県の中央付近に位置する鯖江市の東部、河和田地区で生産される「越前漆器」は長らく国内の業務用漆器の約80%のシェアを誇ってきた。しかし食生活の多様化や安価なプラスチック食器などの普及によって、業界は縮小するばかり。その中にあって自らをブランド化し、現代に合わせた器を生み出したのが「漆琳堂」だ。カラフルな色彩と食洗機で使えるという機能性を追求した器は世界からも注目され、漆器の歴史を塗り替えた。


業務用漆器を得意とする河和田地区

昭和50年には伝統工芸品として国の指定も受けている「越前漆器」。その産地・河和田(かわだ)地区は福井県のほぼ中央、眼鏡で知られる鯖江市の東部にあり、戦国史跡で有名な一乗谷朝倉氏遺跡とは山一つ隔てた静かな盆地にある。地域全体で漆器づくりを行っており、漆器作りの過程を担う木地師、下地師、塗師、蒔絵師、それぞれが工房を構え、専門分野の研鑽に励んでいる。


ピーク時には旅館や飲食店に向けた業務用漆器国内シェア約80%を占める


一説によると、河和田漆器の歴史は1500年余り。継体(けいたい)天皇の壊れた冠を塗り替えたことに始まると伝えられ、以来、旅館や飲食店などで使用される業務用漆器の国内シェア約80%までに成長した。


古くから漆液を採集するため全国に出稼ぎに出る「漆掻き」というプロ集団も生まれ、漆に傷をつけるための鉄刃物を普及させるなど、各地の漆産業に影響を与えていった。そうして河和田では、個々の職人はもちろん、それらを一貫して行う企業も成長。その中のひとつである、「漆琳堂」は、寛政5年(1793年)から200年以上続く漆器製造の老舗中の老舗だ。


時代が変化し、得意分野が未来を阻む


漆器産地の河和田が得意とするのは、クライアントの要求に柔軟に応える受注生産だ。主に旅館や飲食店に向けてのハードな使用に耐えられる丈夫さやクライアントが求める価格帯、さらに大量生産が可能といった実用性の高さで業務用漆器の市場を獲得していった。しかしバブル終焉後、安い海外生産品との競争やプラスチック製品の台頭、食生活の変化や食器の多様化とともにニーズは激減。日々縮小する業界に産地は頭を抱えることになる。


老舗の跡継ぎが着目した、産地ならではの高いハードル

塗師屋業を中心に家族経営で漆器の製造・販売を担ってきた「漆琳堂」も伸び悩む売上に頭を悩ませていた企業のひとつだ。だが、時代の急激な変化に追いつけずにあがく河和田の中で、20代前半だった内田徹さんは家業を継ぐことを決める。


若い頃は野球に夢中で、進学したのも県外の大学の体育学部だった。ボールをしっかりと握りしめる大きな手は塗り師にふさわしいと周囲から期待が寄せられていた。業界の状況を知っていただけに大学卒業を前にしても家業を継ぐ決心はつかなかったが、就職活動の中でも頭にあったのは漆器のことだった。「インテリアの会社を訪問した時、実家の漆器もここに並べられないかな、なんて考えていました」。


 

「自分が産地を背負う」覚悟


作ることはできても、売ることは難しい。産地の問題の本質に気が付く中で、内田さんは漆器の世界で生きる覚悟を決める。学生時代に帰省した際、誠実に仕事に向き合う祖父や父、家族の姿をあらためて間近で見たことが決め手となった。「いつか家業を継ぐつもりがあるなら、他の会社で働いて寄り道する時間を塗りの修行に当てたい」。家に戻るとすぐ、祖父や父から塗師としての技術を学び始めた。


越前漆器の伝統美を塗り替える新ブランドを次々と発表

家に代々伝わる技術を学び、塗師としてスタートを切ったものの、業界そのものに元気がなく会社としての売上は落ちる一方だった。業務用漆器は、吸い物椀や煮物椀、止め椀などの用途でサイズが決まっており、また季節感のあるきらびやかな蒔絵を施すというセオリーがある。家庭用としては少し派手過ぎたり使いづらさがあったりで一般向けには売れなかった。また大量の注文をこなす中で、職人として漆器づくりの工程の一つを担うだけでは、器を使う人のニーズや満足度はわからず、自分が器に込めた工夫や気持ちも伝わらないと考えるようになった。


今、世の中の一般ユーザーにはどんな器が必要とされているのか。そこを見極めないと、産地としての活路はない。内田さんは、漆琳堂の名を冠した個人向けブランド漆器づくりに取り組み、百貨店などの展示販売に自ら立つという、当時の産地としては稀有な取り組みに力を入れていった。


漆器そのものをインテリアに。【aisomo cosomo】


続いて内田さんが取った行動は、自らの製品のプロデュースをプロに任せることだった。依頼したのは日本の伝統的な匠の技と最新の技術をつなぎ、新たなモノづくりを提案することで知られていた、丸若屋プロダクトプロデューサーの丸若裕俊氏。「親しみ」というコンセプトに色遊びを添えたシリーズは、インテリア雑貨「aisomo cosomo」としてデビューした。さっそく県外の大きな美術館のショップに置いてもらったが、当初は見向きもされなかったという。しかし1年が過ぎる頃、「日本の伝統工芸を元気にする」というビジョンの元でモノづくり、開発を行ってきた中川政七商店が手掛ける「大日本市」への出展を機に、大手デパートや全国クラスのセレクトショップでの扱いが次々と決まっていった。


漆器がもつ高級感というイメージからあえて離れつつも、それでいて品質の良さや伝統の技が感じられ、誰もが手に取りやすい器。青、赤、黄色。カラフルながらもどこか日本になじむ深い色をバイカラーにした。形やサイズにもこだわり、汁椀、飯椀、小鉢、箸、お盆、祝い皿などを展開。価格帯も2000円台~9000円台と若い世代にも受け入れやすい設定とした。「塗りをメインとしてきた老舗だったので、いろんな色を作ることができました。インテリアのように使える雰囲気が、感度の高い人たちに受けたのかもしれません」。


ブランドを全国展開するには数が必要だが、もともと漆琳堂に中量生産の体制が整っていたことが勝機に繋がった。質の高さを維持したまま量産を実現できたのだ。目に新しい漆器は、多くの人の目に留まりドイツや台湾など海外の展示会にも招待されるようになっていく。そんな中、内田さんは2012年、福井県内最年少の35歳で伝統工芸士に認定された。


食洗器で使えてお手入れしやすい【RIN&CO.】

内田さんがさらに業界を驚かせたのは、2020年に発表した食器洗い機に対応した漆器「RIN&CO.」だった。「漆は世界最高峰の天然塗料。漆が最も硬くなるのは塗り上げてから100年後ともいわれます。今の漆器はその力を最大限に引き出せてはいないと思ったんです」。通常、問屋から仕入れる漆液は、塗りやすくするために薬品などを加えて調合している。内田さんは、地元・福井県や福井大学と連携して漆液のブレンドや加工を研究し、食器洗い機にも耐える硬い塗膜「越前硬漆(えちぜんかたうるし)」を開発した。木地も見直し、木の粉末に樹脂を染み込ませて成形するという業務用漆器の技術を転用することでヒビや歪みに強いより頑丈なものに改良していった。


暮らしの中で目にする色を器に

ここでもこだわったのは器の色合いだった。北陸の天気、気候からイメージする何百もの色のパターンを作り、「くまモン」のデザインなどで知られる水野学氏に監修を依頼した。福井の冬の空を表すグレーに近いブルー。日本海の荒波を思わせるネイビーグレー。夕暮れの地平線を彩る薄紅のグラデーション。「父親は大反対。特に寒色系は食欲が減退すると料理の専門家にも酷評されましたが、ふたを開けてみたらすごく好評でした」。と内田さん。食事の時だけでなく生活の中に置きたくなるカラーリングは、人の暮らしは季節とともにあることを器の風景が教えてくれる。漆器は保温性にとても優れていて、ご飯を盛れば冷めにくく炊き立てアツアツが楽しめ、冷たいものも溶けにくくひんやりした味わいが長く続くので夏のデザート用としても最適なのだという。


塗りの技法にもひと工夫し、刷毛で塗った跡をあえて残す「刷毛目技法」を採用した。塗り直しがきかないため高度な技が必要だが、世界に一つしかない模様となる。またキズがついても目立たない。ただひとつ、黒色の器のみ刷毛目の残らない「真塗り技法」で高級感ある仕上がりとしている。いずれもツヤを消したマットな質感を表現した。「現代の家って隅々まで照明が届いて明るいんです。艶のある器だと煌びやかすぎる印象になっちゃう」。少し小さめのサイズ感は、「カワイイ」という衝動で器を購入したくなることを計算したものだ。


若い人が働きたいと思う会社環境に。

こぢんまりとした家族経営だった漆琳堂は、年々生産量を拡大しながらスタッフを増やし、現在は12名の社員を抱える。若い人が多いのは、産地に残る若手を育てたいという意識からだ。「美大卒や工芸を学んだ人だけでなく、一から職人を目指すスタッフを積極的に受け入れています。作り手と使い手の年齢が近いと、伝統的な漆器を若い人に響かせるために何が必要かがよりわかると思うんです」。

2021年には、昔ながらの伝統的なフォルムの漆器も食洗機対応にアップデートして発売した。100%天然漆の器は抗菌効果も期待でき、金継ぎなどで補修も可能だ。高級感のある伝統的な漆器はギフトとしての需要も高い。「アジア圏では各国に漆の木が自生していますが、どの国でも漆器はすでに産業というほども残っていないんです」。世界的に工芸品が衰退していく中で漆琳堂は伝統工芸品に新しい活路を切り開いた形になる。当然、似たような製品も多く作られていくが、内田さんは自社ブランドが成功した証だと自信を持っている。「真似するより真似される側になれ、です」。次世代を担う職人とともに新しい価値観にかなうニーズの発掘で、漆器の歴史を塗り替えていく。

ACCESS

株式会社 漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
TEL 0778-65-0630
URL www.shitsurindo.com