やさしい色合いと手に握った時のあたたかみがなんとも言えない「クルミ」。口にいれれば風味がよく美容にも効果がある。その存在だけでなんだか心をほっこりさせてくれる。そんなクルミの魅力を体現するようなガラスを生み出す「ガラス工房橙」。あたたかみのある作品を生み出す秘訣を聞いた。
趣ある宿場町の景観に佇むガラス工房
長野県の東部に位置する東御市(とうみし)。人口約3万人の小さな都市に生産量日本一を誇る特産品がある。それが、クルミ。現在、日本で流通している99%が外国産というから、国内で生産されるクルミは大変貴重で、そのぶん値段も高い。そのため海外から輸入されるクルミとの価格競争に押され、市場流通量は減少。それに伴い生産農家も減ってしまっているのだが、東御市は生産量日本一のプライドを掛け、東御市産クルミの生産拡大とさらなるブランド化に力を入れている。この町に地域の特産品であるクルミを使って、東御市ならではの製品を作るガラス工房がある。1999年に同市にて開窯した「ガラス工房 橙(だいだい)」だ。この工房の代表を務める寺西将樹さんは東御市の隣、丸子町(現・上田市)出身だ。
元々モノを作ることが好きだった寺西さん。高校生の頃から陶芸など、さまざまなモノ作りに挑戦してきたという。そんな中で寺西さんが最も興味を持ったのが「ガラス」。ガラスが出来上がっていく工程は知れば知るほどおもしろく、学べば学ぶほどその仕事を突き詰めたいという想いは高まっていった。
ガラス作家の工房を手伝うなどしてその技術を学んでいた寺西さん。就職先も神奈川県横浜市のガラス製造会社を選んだ。それほどまでにガラスにのめり込んでいたから、離職後、帰郷し、自身の工房を構えたのも自然な流れだったのだろう。 そして、開窯してから20年以上経った現在でも「その時の気持ちのまま、気がついたら今でもやめられずに続けています。」と笑いながら話す。
寺西さんが工房を構えた海野宿(うんのじゅく)はかつて北国街道の宿場町として栄え、今も残るその景観は、重要伝統的建造物群保存地区として、道の中央を流れる用水、その両側に立ち並ぶ格子戸のはまった美しい家並みを残す。
橙は、そんな趣のある風景に馴染むように佇む長屋門をリノベーションした工房。ここで製品を手に取って購入までしてもらえるよう、ギャラリーとカフェを併設した。温かみのある屋号はガラスを熱する窯の中の炎の色からだが、橙を代々とかけて、世代を越えて長く続いていくようにという意味も込めている。
クルミのガラスは淡く美しい自然の色
前述したように、地域特産のクルミを使って作る「胡桃ガラス®」はこの工房の登録商標。ガラスの原材料となる砂に、クルミの殻を燃やした灰を混ぜることで、淡い緑がかった独特の色味をしたガラスができる。その緑色は強すぎず、やさしい色合いで、まさに天然素材だからこそ表現できる色といった感じ。
しかし、胡桃ガラスは材料も限られるため大量生産はできず、工房で作られるガラス製品のうちのほんの一部でしかない。ガラス工房を運営していくためには、自分がやりたい器やグラスなどのテーブルウェアばかりでなく、干支物やガラス細工など、必然的に納品先の希望に沿った製品を作ることとなる。
もちろん、長い職人生活の中で自分の理想とするスタイルは持ってはいるが、繊細でシャープなものからぽってりとした温かみのあるもの、飾られることを用途とした置物まで、使うシーンに最適な形となることをモットーに、その範疇で“らしさ”を加えていく。「できることなら胡桃ガラスや透明なガラス、テーブルウェアばかり作っていたいですけどね。自分たちはメーカーみたいなもんだから、クライアントから希望されれば何でも作りますよ。」と話す寺西さん。工房に掛けられたカレンダーを使った手製の発注行程表には注文の状況がびっしりと書かれていた。
20年近く経っても尚、続くアップデート
寺西さんの工房はギャラリーを併設しているため、製造から購入まで、すべて自分たちの目の届く範囲で行われる。これによって購入者の反応を伺うことができるから、自分たちの製品に対する反応を見て、そこから得た発見を製作に活かし、より良い製品へとアップデートすることができる。加えて、年数を重ねるうちに、製作に対する理解も深まってきた。特にサイズを見誤るとなかなか修正にも手間がかかるため、ガラス製作では段取りが命とも言える。それが段々とロジカルに考えられるようになってきた。こうした積み重ねは、技術の制度を上げ、現在では二次加工による調整はほとんど必要なくなったという。
“面白い”から“やりがい”、そして生き甲斐へ
ちなみに、寺西さんの工房では主に宙吹きを用いてガラスを作っている。熱したガラスを伸ばすキャスティングといった技法も一部用いてはいるが、基本的には宙吹き。寺西さんが宙吹きにこだわる理由は、純粋に作業の面白さ。作業があっという間に終わってしまう躍動感や、その工程の一つひとつにやりがいを感じられる、まさに自分にとってぴったりのスタイル。
工房を構えて約20年が経つが、それでも一度としてまったく同じものができたことはないという。それこそ手仕事の良さだし、時として自分の想像を遥かに超えるほど素晴らしく自画自賛したくなるものができることもあるから、やりがいを感じ、これからも続けていきたいと思える。もはや寺西さんにとって、生き甲斐とも言えるこの仕事。屋号のとおり、これから先も代々続いていく、そんな工房となるよう、日々励んでいる。