日本茶発祥の地といわれる滋賀県。今から1200年前の平安初期、天台宗の開祖・最澄が唐から持ち帰った種子を比叡山のふもとに植えたのが、日本茶の起源とされている。そんな滋賀県で茶業のバトンを未来につなぐべく、茶農家の協業化に取り組む「グリーンティ土山」の代表理事、藤村春樹さんを訪ねた。
江戸時代に発展したお茶の産地
滋賀県の南東部に位置する甲賀市土山町は、お茶の生産量、栽培面積ともに県下一を誇る産地だ。805年に留学先の唐から戻った最澄が現在の滋賀県である近江国にお茶の栽培を伝え、土山でもお茶作りが行われるようになった。土山は東海道の宿場町であり、行き交う人々にお茶を販売したことから、江戸時代に入りその生産量は飛躍的に拡大。最盛期には緑茶と同じ茶葉を使って紅茶を作り海外への輸出も行っていたというが、第二次世界大戦が始まってからはそれも難しくなり、緑茶に特化した産地として足場を固めていった。
二煎目からもおいしく飲めるお茶
滋賀県には朝宮や政所など伝統的なお茶の産地がいくつかあるが、土山の特徴はなだらかな丘陵地で日照時間が長く、鈴鹿山系の豊かな伏流水と昼夜の寒暖差に恵まれていること。そのため長く分厚い茶葉が育ち、味や香りが濃いことから二煎目、三煎目もおいしく飲めるといわれている。上品でまったりとした深い味わいが特徴で、滋賀県の名産品として古くから親しまれてきた。
旨味の強い「かぶせ茶」を生産
土山のもうひとつの特徴は、「かぶせ茶」の名産地として知られていることだ。かぶせ茶とは、摘み採る前の茶葉に布などをかぶせることでカテキンの生成を抑え、旨味や甘味を強くしたお茶のこと。さらに長期間覆いをかぶせたものを「玉露」、玉露と同じ茶葉を揉まずに乾燥したものを「碾茶(てんちゃ)」という。この碾茶を石臼で挽いて粉末にしたものが、茶道で用いられる抹茶というわけだ。
土山ではかぶせ茶の生産が盛んで、全国茶品評会のかぶせ茶部門で日本一に輝くなど、確かな実績を持っている。
土山から、いやしのお茶を世界へ
そんな土山で、「いやしのお茶を世界へ」をコンセプトにお茶作りに取り組むのが「農事組合法人グリーンティ土山」の代表理事を務める藤村春樹さんだ。22歳の頃から家業であったお茶作りの業界に入り、今年で30年目。ただお茶を作るだけでなく知識や技術も身につけたいと、“お茶のソムリエ”ともいわれる日本茶インストラクターの資格を取得し、農業指導士として農業大学で若者の育成にも携わっている。
「土山では伝統的に多くの生産者がかぶせ茶を作ってきましたが、うちは5年ほど前から、3分の2ほどを抹茶の原料になる碾茶作りに転向しています。ここ数年海外では日本の抹茶がブームになっていて、碾茶のニーズはこれからもっと高まるでしょう」。
地域全体としても年々碾茶加工の割合が増えてきてはいるものの近年はお茶そのものの値段が下がっており、生産者は厳しい状況に置かれているのが現状だという。
お茶作りを個人の競争から地域の協業へ
茶農家を取り巻く厳しい状況を打開すべく、土山ではさまざまな改革が行われている。そのひとつが、農事組合法人グリーンティ土山の設立だ。
「うちの特徴は、法人に所属する一人ひとりが農家でありながら、畑も工場も全員で共有していることです。お茶などの産地において、工場は共同で使っていても、畑までみんなで共有している組織はなかなかありません。個人の畑という考え方がなく、全員で協力して売り上げを上げていく仕組みをとっています」。
グリーンティ土山は、もともと藤村さんの父親が茶農家5軒で協力して設立した組織。
ほとんどの茶農家が個人経営だった当時、狭い地域の中で少しでも早く商品を出荷しようと多くの農家で出荷時期が重なる弊害が起きていた。これを防ぐため、肥料の共同購入や工場の共同利用を進める目的で立ち上げたのがグリーンティ土山だ。現在では若手もたくさん所属するようになり、滋賀県で生産されるお茶の約10分の1を、この1社で生産するまでに成長した。
「安い産地」といわれた逆境を乗り越える
グリーンティ土山では、茶葉の栽培から加工、販売までを自社で一貫して行っている。2018年には、県内初となる碾茶工場を新設した。抹茶の原料となる碾茶を自社で製造することで、売上向上と、チョコレートやお菓子の材料として幅広く需要に応えることが目的だ。
「この辺りでは春先に霜が発生するので、早い時期に出た新芽は霜にやられてしまいます。土山で無事にお茶が収穫できるのは、シーズン中盤の5月以降。全国の産地で収穫が終わった頃にここでの収穫が始まり、新茶の値段が下がり切った頃にやっと出荷できるようになるので、『土山は安い産地』とよく言われてきました。だから、生き残るには他の産地よりももっと強い地盤が必要なんです」。
時代や用途に合わせたオリジナル商品
お茶の生産体制を整えると同時に、オリジナル商品の開発にも力を入れている。
高級感のある黒いパッケージが特徴の「黒檀(こくたん)」は、2つの品種をブレンドした特上のかぶせ茶で、「さえみどり」の甘みと「おくみどり」のすっきりした爽やかさを感じられる逸品だ。グリーンティ土山で収穫される中でも特に香り高く濃厚な茶葉を使用して作られている。
その他にも、まろやかで普段使いにおすすめの上かぶせ茶「白磁(はくじ)」や、爽やかな香りとほど良い渋みが味わえる特上煎茶「碧緑(へきりょく)」など、味はもちろん、贈り物にも選ばれるようパッケージやネーミングにも工夫を凝らした商品を展開している。
お茶と一緒に楽しめるお菓子も開発
さらに商品の幅を広げたいと、茶葉以外の商品開発も始めている。2020年に販売を開始した「抹茶フィナンシェ」と「焙じ茶×べにふうきフィナンシェ」は、自社のお茶を使って作った加工食品の第1号だ。茶葉だけに限らず、お菓子もあって良いのでは?と考えて始めたお茶に合うお菓子の開発は、社員や顧客にも好評だそう。今後はチョコレートやクッキーなどお茶を使ったオリジナル商品を増やし、最終的には自社の店舗で販売するのが藤村さんの目標だ。
産地を挙げて、お茶の可能性を未来につなぐ
2022年には茶農家、茶匠、農協らでチーム作り、「土山一晩ほうじ」という新たなほうじ茶のブランドを立ち上げた。「土山」という産地の名前を広く知ってもらおうと始めた取り組み。土山町で丹精込めて育てられた茶葉に、一晩(12時間以上)自然にしおれさせ水分を飛ばす「萎凋」という工程を踏み、花のような香りを纏わせる。更にこれを焙煎すると台湾茶のような甘い香りの後に、ほうじ茶特有の香ばしい香りが立ち上がり、和洋問わずお茶菓子にも、食事にも合うお茶が楽しめる。「一晩ほうじ」と名付けられ、この取り組みに参加している複数の事業者から様々なバリエーションで販売されている。
「僕は、お茶もお酒と同じような嗜好品だと思っています。昔はただありのままに作ってできたお茶を売ればいいと考えられていましたが、今は試行錯誤しながら自分達が心から『おいしい』と思えるお茶を作って、それをPRしていくのが産地のあるべき姿だと感じています。土山のお茶をおいしいと感じてくれる人をどれだけ作れるか。それがお茶作りを続けていくために必要なことです」。 お茶の未来を見据えながら、生産者や会社といった枠を超えて広がっていく。藤村さん達の新たな挑戦が楽しみだ。