引き算の農業が畑の個性を生かす、「ジェットファーム」のアスパラガス

引き算の農業が畑の個性を生かす、「ジェットファーム」のアスパラガス

「アスパラガス(以降アスパラ)自体がとにかく美味しい」「大地が香り立つようなアスパラ」―ミシュラン星付きレストランから一般の食卓まで多くの人々が求める「ジェットファーム」のアスパラ。代表の長谷川博紀さんは皆が健康で、美味しいものを食べることに真摯に向き合い、厚沢部の土の力を引き出す努力を惜しまない。「ハセパラ」の愛称で親しまれるアスパラはどのようにして育まれたのか。


ジャガイモをはじめ多くの野菜が育つ町

北海道南西部の渡島(おしま)半島に位置する厚沢部町(あっさぶちょう)は、農業と林業がさかんな自然豊かな町。半島の南東にある観光都市・函館市へは車で約1時間15分の距離にある。


厚沢部町は昼夜の気温の差がありながら、比較的温暖で雪解けも早い。春先から栽培がスタートする特産品の「あっさぶメークイン」をはじめ、大豆、アスパラガスなど多種多様な作物が作られている。ここ厚沢部町から、日本各地のシェフから絶賛される人気アスパラガスが育つ。手がけるのは、アスパラガス専門農園ジェットファームだ。収穫は春から夏。

糖度は控えめながら旨みがグッと凝縮されているのが春のアスパラ。夏にかけて甘みはさらに増していく。


一流料理人たちが絶賛する無農薬のアスパラ

「美味しいアスパラを食べて元気になってもらいたい」との思いから、2012年にスタートしたアスパラ専門農家ジェットファーム。化学肥料は使わない無農薬がスタンスだ。農薬だけでなく除草剤や殺虫剤も用いず、植物性の原料を中心に発酵させた堆肥でアスパラを育てる。


「生産者である自分は、あくまで土地の本来の力を引き出すサポートをしているだけ」と話すのは代表の長谷川博紀さん。イタリアンからフレンチ、和⾷や中華、そしてスペイン料理までジャンルを問わず愛され、有名店のシェフが口を揃えてジェットファームのアスパラを絶賛する。数々の料理人の心を射止める「長谷川さんちのアスパラ」は東京だけで120件、全国200件ほどのレストランへと届けられているといい、海外からの引き合いもあるという。


ミミズが作るポロポロとした「いい土」

三方を山に囲まれた盆地であり、町の8割は森林という環境の厚沢部町。ジェットファームの畑の周囲にも川が回り込むように流れ、上流の山々の広葉樹が育んだ栄養素をも運んでくれる。「土を見てくださるとわかるとおり、粘土質で人が歩く部分は硬くなります」と本来の土壌の特徴を説明する。硬くなった通路の土を掘ると、しけったクッキーのようにポロポロと土が崩れる。崩れた土の合間から顔を出したのはミミズだ。

実は土の中の穴、トンネルのようになっている部分はミミズが通った跡なんだと長谷川さんは続ける。


「ミミズは穴を通った後にふんをします。トンネルの穴にふんが充填されている状態で、⽔も空気もそれから植物の根も通るし、すごくいい状態なんです」 この「ボロボロ」こそがアスパラにとっていい土の目安となるという。


「土壌に生息する微生物が⼟の中の有機物を分解し、⼩さくなったタンパク質がアミノ酸になって硝酸とかアンモニアになります。これが物質の循環で、アミノ酸になった時点で植物はもう吸えるんです」


ところが化学肥料栽培の場合、硝酸やアンモニアをやると分解されずに増え、バランスが崩れてしまう。物質の循環バランスを保つため、ジェットファームでは⿂のカスや⽶ぬか、枯れたアスパラの茎、雑草を集め⾃分の畑の⼟で混ぜたものを肥料としている。


「本当は⾃分のところだけで完結したいんですけど、うちではアスパラしか育ててないからやはりバランスが崩れる。アスパラ以外の植物である、雑草が大きな役割を果たしてくれます。だから草取りは大変だけれど、貴重な資源でもあると思っているんです」


これらをずっと積んでおくと発酵して真っ黒になる。散布する約3日前に⽶ぬかとキチン質を豊富に含むカニ殻を粉砕したもの、あとは昆布の粕を混ぜて置いておくのが長谷川さんの基本のやり方だ。「この辺りはクジラの骨の化⽯などがよく出土します。2億年くらい前は海だったんです」


海のものを加える理由は、もともとの土壌とのなじみやすさを考慮してのことでもある。


「最初は⽜糞堆肥からはじまって、今は鶏糞も使っています。⽜糞はアスパラをすごく甘くしてくれるけれど、何だか無理した感じになってしまうので、どうもこの畑に合ってないと感じました」


長谷川さんの畑にマッチして、個性をつぶさない、主張しないで土の養分を整えてくれるものは何かを探して海のものにたどり着いた。「砂糖を塗ったような過剰な甘さのアスパラではなく、自然な味にするにはどうしたらいいか。自然な味を求めていたら植物質や海のミネラルとよく調和するのだとわかり、今のやり方に落ち着いています」


食糧不足の担い手になるべく就農を志す

函館出身の長谷川さんが農業を始めたのは今から12年前、26歳のときのこと。

きっかけは、勤務先の化学メーカーの寮で読んだ新聞記事だった。

「記事の内容は、世界の人口が増加した結果、遠くない将来に食料が足りなくなるというもの。誰かが担わなければならないのなら、自分がやろうと思ったんです」


就農への思いは大きくなるものの、実際にはまったくの初心者だった長谷川さん。妻の実家が近いという縁から厚沢部町を選び、特産のジャガイモ栽培の研修を受ける。その頃、ハウス栽培でアスパラとほうれん草を作っている老夫婦との出会いがあった。聞けば、「腰が痛くてそろそろ誰かに農業を引き継ぎたいと思っている」という。ハウスや農機具、納屋などをそのまま承継することができたと話す。


アスパラの9割は水分と言われ、使用する水の良しあしが品質に大きく影響する。

「厚沢部町の⽔道は、⼄部岳の伏流⽔を使っているんです。質の高い水が得られることもあり、アスパラに絞って作り始めました」と長谷川さん。


芋やカボチャ、豆などは研修で作った経験もあった。しかしアスパラは初めて。事業を譲り受けた老夫婦から手ほどきを受ける。就農2年目を迎え、手応えは感じるようになっていた。


けれども、と長谷川さんは振り返る。

「農業って、やはり原理原則を理解していないと入ってこない部分があると思うんです。ただ当時は、とにかくわからないことをネットで調べ、かいつまんで得た知識を寄せ集めていた」


セオリー通りにこなすことに懸命で、農薬も除草剤も化学肥料も意識せずに使っていた。

すると、なぜか体調を崩す機会が増えていったのだという。


「農薬を散布したら調子が悪くなる。これは何だかよくないなと。思い切って農薬をスパッとやめたんです」

これが悪手となってしまい、アスパラの地上にある茎がすべて枯れてしまうのだ。


農薬をやめて収穫激減、師匠との出会い

農薬をやめるのであれば「化学肥料も中止し、⼟を有機質で環境を整えて⼒をつけてから取り組むのがセオリー」だと後に知る。けれども当時の長谷川さんにとっては、セオリーを知るよしもない。子どもの入院などプライベートなトラブルも重なり、心身ともに疲れ果ててしまう。収穫量も激減する中、経費、固定費の負担がのしかかる。「近くに暮らす妻の実家に頼ったこともありました」と話す。

就農から3年目、アスパラ作りの試練の時でもあった。


悩む長谷川さんは、紹介を受けてある人物に出会う。近隣の森町で「くりりん」という糖度の高いカボチャを有機栽培する『みよい農園』代表、明井清治さんだ。


「心も身体もボロボロの時期で運命の巡り合わせという感じでした。師匠も「土作り」に試行錯誤されてた方で。まずは『土とは何か』を知ることから始めようという言ってくれたんです」


土を理解し、今ある畑の環境、もともとの環境を維持することが大切だと教わった。

師匠の言葉に、胸に響くものを感じたという長谷川さん。


「化学肥料を用いれば、植物は確かに良く育つけれども、土のバランスを壊してしまう。そういうことをしていては駄目だと師匠から教わりました。もともとの土の環境を保つことを大事にしなさいと言われて」


土は鉱物の粉、水、空気で構造が決まる。加えて微生物が暮らし、有機物を食べている。微生物が集まり、排泄をしてまた別の微生物がその体を食べて、食べられて…その循環で土ができていく。植物は排泄物や死んだ微生物を周りの微生物が分解したものを養分に吸って生きていく。土は自然の営みから成り立っていると習い、それを実践するべく奮闘を続けたという。


師匠の教えを倣い、自らの畑を知り、耕すことで、肥沃で力強い土壌ができたのだろうと話す。

「アスパラは病気にならなくなったのです。収穫量もV字回復を果たしました。当時は、何とか⾸の⽪⼀枚つながったとホッとしたのを覚えています」と当時を懐かしむ。

運命の巡り合わせは続き、今度は心血を注いだアスパラの味を知ってもらう契機を得る。


「収穫したアスパラを食べた知人が『美味しい!』と言ってくれて。目黒区にある学芸大学『リ・カーリカ』、⾃由が丘の『mondo』というお店のシェフを紹介してくれました」


2店が長谷川さんのアスパラを気に入り、メニューに導入。イタリアンシェフの間で「長谷川さんちのアスパラ」の評判が広がっていき、今ではジャンルを問わず、人気店からの問い合わせがある。


一番いい状態で美味しいアスパラを届けるために

生産者としてどうやって美味しいアスパラを作るか、を常に模索してきた長谷川さん。以前は「美味しいアスパラを作ってやるぜ︕」と前のめりになっていたと語る。前のめりのスタンスは年を経るごとに変化しつつあるのだともいう。


「今は畑の力をどう引き出し、土の力がアスパラに反映されるのかを考えて『うちの畑ならでは』のアスパラ作りを続けていきたい」


何かを加えていくよりも、不要な物をそぎ落とす「引き算」の農業、原点に立ち返る部分が大きい長谷川さん。美味しく作るだけでなく、いかに最高の状態で食べてもらうか。保管や流通を含めて考えていきたいと話す。


現在も、朝もいだアスパラはすぐに冷蔵庫に入れ、2時間冷やした後カットして袋詰めをする。カット後はすぐ配送業者が来るまで、再び冷蔵庫で保管するなどフレッシュな状態を保つために腐心する。アスパラは温度が上がるとデンプンを糖に変えて甘くなるじゃがいもなどの野菜とは違い、温度が上がれば糖を消費してしまう。常温に放置しないことが美味しさを保つ秘訣。0℃に近い温度で仮死状態を保ち、できるだけ糖を消費させないよう工夫をしている。またアスパラを「立てた状態」で配送するのも新鮮さを保つためだ。


「三つ星レストランであっても、一般の家庭であっても一番いい状態でうちのアスパラを食べてほしい」

10周年を迎えたジェットファーム。楽しい食事、幸福な時間をもたらす美味しいアスパラ作りのための努力を惜しまずに、大地の営みを紡いでいく。

ACCESS

アスパラ専門農家ジェットファーム
北海道桧山郡厚沢部町館町458
TEL 0139-56-1105
URL https://jetfarm.jp/