国内外の一流シェフから注文が殺到。越前打刃物の革命児・黒崎 優さん

国内外の一流シェフから注文が殺到。越前打刃物の革命児・黒崎 優さん

約700年もの歴史を持つといわれる「越前打刃物」。かつて越前国と呼ばれた越前市周辺の名産となり、江戸時代は福井藩の保護を受け、1970年には国内で初めて伝統的工芸品に指定された。その稀有な産地で、抜群の切れ味と軽さ、耐久性、そして美しいデザインを兼ね備えた包丁で世界を魅了している鍛冶職人が、黒崎 優さんだ。


1万本の予約、3年待ちの包丁

「越前打刃物」の産地は、福井県のほぼ中央に位置する越前市内、最寄りのJR武生駅から車で10分ほど東に進んだ池泉町にあり、越前和紙の産地にも近い。近年では、現代的なデザインと切れ味から、日本国内のみならず海外のシェフからも高い評価を得ている「越前打刃物」だが、深刻な衰退の危機に瀕した時代もあった。それを救ったのが1993年に完成した「タケフナイフビレッジ」だった。


「タケフナイフビレッジ」は、鍛冶職人が協力し合い、後継者を育てるという画期的な共同工房として活動を続けてきた。今では13の刃物会社が共同で運営しており、40名ほどの鍛冶職人が腕をふるう共同工房のほか、直売所、協同組合がある。ここでの修業の後独立し、今や世界にその名をとどろかせる打刃物職人が黒崎 優さんだ。


黒崎さんは、「タケフナイフビレッジ」の隣に工房とショップを併設した「黒崎打刃物」を構える。その工房で黒崎さんが作り出す包丁は、ひときわ注目を集め、和食はもちろん、フレンチやスペイン料理など、あらゆるジャンルのトップシェフを始めとする世界中のユーザーから約1万本もの予約が入り、納品までに3年待ちにもなっている人気ぶりだ。


国内外のトップシェフを魅了


黒崎さんのもとには、海外からぜひ現地に来て実演をして欲しいとのオファーが多数舞い込む。これまで、商社のコーディネートで、フランス・パリ、スウェーデン、ドイツ、スイス、オランダといったヨーロッパ各国で研ぎ実演を、カナダ・カルガリーでは刃を叩いて鍛える実演をし、アメリカ・ニューヨークでは展示会に出展した。


海外のシェフらユーザーとふれあう中で求められたのが、持ったときの「軽さ」や「デザイン」だった。その学びを、自身の包丁づくりに活かしてきた黒崎さんのもとにはオーダーが殺到し、その内訳は今では海外が全体の8割を占めるまでになっている。また、黒崎さんの工房にはアメリカ、カナダ、ヨーロッパを始め、中には南アフリカなどまさに世界中からシェフが視察に訪れる。

もちろん国内でも和食、すし、フレンチなどの名だたるミシュランシェフたちが、黒崎さんの包丁を待ちわびている。


薄くてよく切れて丈夫な包丁


黒崎さんが生み出す包丁は、なぜ一流シェフから高く評価されるのか。「それは単純な理由ですね。薄くて、よく切れて、丈夫だから」と黒崎さんは言う。

両刃の洋包丁は、片刃の和包丁に比べて厚みがあるのが一般的だが、黒崎さんの両刃包丁は極限まで薄さを追求していることから、軽く、よく切れてシェフが疲れない。さらに、ほかの産地にはない越前打刃物の伝統技術で、刃先にハマグリのような丸みを持たせて刃こぼれを防いでいる。

本来、極限の「薄さ」と刃の「強度」は相反するが、黒崎さんは、薄さと強さを兼ね備えた包丁を、徹底的に鍛えて強度を高める「鍛造(たんぞう)」によって生み出している。

「鍛造」とは金属を叩いて強度を高める作業の事。“鍛えて造る”ことから「鍛造」と呼ぶ。


越前打刃物の伝統で、強い包丁に

家庭用で使われている包丁の多くは、鋼板やステンレス鋼板を大型の機械に通して適した厚みにし、それを包丁の形状に打ち抜いて造る「抜き刃物」が一般的。効率よく大量生産ができ、価格も手頃なのが特徴だ。


一方、「黒崎打刃物」では、地金の鉄に刃の部分になるステンレス鋼を張り合わせた最高品質の鋼材を、同じく地元の金属メーカーから仕入れて一本一本鍛造する。鋼材を炉で約800度に熱し、鍛造を繰り返して金属の組織を均一にし、強い刃に仕上げていく。このとき、越前打刃物ならではの技法「二枚広げ」 を駆使する。「二枚広げ」とは、2枚の刃を重ねたまま熱し、表と裏からベルトハンマーで叩く工程。重ねることで厚みが倍になるので温度も下がりにくくベルトハンマーの力がきちんと伝わり、鋼材が延ばしやすくなる。そのため一枚よりもより薄い刃に仕上がるのだ。さらに、刃に泥を塗って加熱し、すばやく水で急冷する「焼入れ」、「研ぎ」などの工程を経て、丈夫で切れ味抜群の包丁が完成する。


ジュエリーのような美しさ

“美しさ”も「黒崎打刃物」の包丁の大きな特長で、黒崎さんが作る包丁の唯一無二のデザインが、世界中のシェフを魅了しているのは間違いない。

黒崎さんは、包丁の側面に「槌目(つちめ)」の模様を施す。「槌目」とは表面を叩いて入れるおうとつの模様で、包丁に「槌目」の模様を取り入れたのは黒崎さんが初めてだという。何千本もの試作品を経て、『雫』『風神』『雷神』『樹氷』『閃光』という5種類のオリジナルデザインを生み出した。柄の素材には、天然木に加えてターコイズを採用し、「槌目」との組み合わせで、まるでジュエリーのような美しい包丁を生み出している。


黒崎さんは2019年に伝統工芸士の認定を受けた。越前打刃物の産地で伝統を継承していく役割はしっかりと担いつつも、自分自身の包丁づくりではあえて伝統より“今”を重視しているという。この現代の今に、何が求められているかを見る目は、厳しい修業を経て独立し、自力で世界に羽ばたいた、これまでの歩みの中で培ってきた。


越前打刃物の新たな歴史をつくるために

今や世界から注目される黒崎さんが包丁作りに出会ったのは、職を転々していた22歳のころ、包丁鍛冶の求人を偶然見つけたのがきっかけだった。とりあえず工房へ見学に行くと親方が仕事を見せてくれた。激しく燃える炉の火、鉄を叩く職人の姿…。 包丁づくりを体感して、「かっこいい」と強く感じた黒崎さんは、すぐ翌日から働き始めた。


包丁づくりとの出会い


「それまで、何をやっても長く続かなかった」という黒崎さんは、親方のもとで12年間勤めあげることになる。

「汚いし、うるさいし、熱いし、やけどもする。おまけに親方はすぐ怒る。でもやり切れました。ものづくりが好きで、おもしろかったから」。

親方の下で経験を積んだ黒崎さんは「この技術を武器に、有名になりたい、世界に出たい」と考えるようになる。その突破口を開いたのが、黒崎さんに注目していた商社だった。カナダのナイフ店に黒崎さんの包丁を持ち込んだところ、最初に入ったのはたった6本の注文だったが、そこからSNSでじわじわと黒崎さんの包丁の評判が拡散し、海外からのオーダーが殺到するようになる。それを見た親方のすすめにしたがって、2014年に「黒崎打刃物」を創業し、翌年には工房が完成する。承継ではなく、新工房での独立は、産地では40年ぶりだった。


現代的な工房で人を育てる

「黒崎打刃物」の工房は整理整頓が行き届いていて、さらに毎日徹底的にそうじをするのでピカピカだ。「世界一きれいな工房だと思います」と黒崎さんは自負する。きれいだから良い仕事ができるという合理的で現代的な考えは、後進の育成でも同様だ。

「若い人に怒るのは好きじゃない。一緒に良くなっていきたい」と語る黒崎さんのもとで、若い2人の弟子が腕を磨いている。黒崎さんが「ナイフビレッジ」の協同組合に求人を出し、応募者の中から「自分のことを知らなかった」2人を県外から採用したという。親方への憧れより、鍛冶職人に憧れて欲しい、その方が大成するとの考えからだ。2人は現在、主に研ぎを担当しており、この先10年以上をかけて修業を積んでいく。


弟子と共に世界へ


黒崎さんは弟子たちに、仕事の合間を縫って、自分の作品を作るようにすすめている。「黒崎打刃物」の工房はタケフナイフビレッジに隣接しており、ほかの鍛冶屋の親方に教わることもできるし、弟子同士の交流もしやすい。「環境の利点を活かしながら、弟子に伝統工芸士になって欲しい、そして一緒に世界に行きたい」と黒崎さんは言う。


今、工房の隣には、2023年5月の完成を目指して、新しい工房を建築中だ。

「新しい工房ではもう1人弟子をとる予定です。でも、あまり大所帯にするつもりはありません。広い工房で弟子たちと伸び伸びと仕事をしたいからです」。

そう語る黒崎さんが“今”見据えるのは、さらに高い評価を受ける高級ラインの包丁づくりだ。 自分たちが納得する環境で、納得のいく作品を造りあげられたら、「黒崎打刃物」の価値はさらに上がる。世界中が求めてくれる包丁を「越前」というこの産地で生み出し続けることが、地域全体の誇りとなり、未来に受け継ぐべき大切な財(たから)になっていくはずだと、はにかみながら話す黒崎さんの挑戦は「伝統」という言葉だけには収まりきらない新しさで縁どられていた。

ACCESS

黒崎打刃物
福井県越前市池泉町19-13-1
TEL 0778-27-6230
URL https://www.kurosakiknives.jp/