「越前仕立て汐うに」を筆頭に、上質な海の幸を使った商品を揃える老舗「天たつ」。
濃厚な旨みと磯の香りを凝縮した「汐うに」は、
ウニの中でも最高峰のおいしさを誇ると評判です。
産地へのこだわりに200年以上変わらない丁寧な手仕事、
そして味への探究心が生み出す味わいを堪能できます。
福井県北部、福井市にある「天たつ」の『汐(しお)うに(うにの塩漬け)』は「からすみ」「このわた」と並ぶ日本三大珍味といわれる。「天たつ」200年の歴史を継ぐ11代目店主の天野準一さんは、いにしえからの伝統の味を守りながら、この先の200年を見据え、『汐うに』の魅力を次世代に伝えるべく奮闘する。
越前福井藩との深い関わり
福井市中心部の繁華街・片町に「天たつ」本店はある。周囲には「福井城址」、越前福井藩主の別邸「養浩館(ようこうかん)庭園」、柴田勝家の居城があった「北の庄城址」といった歴史遺物が点在している。
「天たつ」は、江戸・文化元年(1804)、福井藩の御用商として創業し、3代目・天王屋五兵衛(てんおうやごへえ)がうにの塩漬け(商品名『汐うに』)を生み出した。藩主から、越前福井にある豊富な海の幸を使った、いくさなどの際に日持ちする貯蔵食の開発を命じられたことがきっかけだったと伝えられている。
「3代目は藩主からの命を受け、幾日も福井県北西部にある三国港から敦賀港にかけての海岸を歩き、食材を探しまわったようで、当時から豊富に獲れた「うに」にたどり着いたそうです。そして『汐うに』の製法である「塩蔵法」を考案しました。その製法を越前海岸一帯の漁師や海女に伝え、できた『汐うに』を集めて年貢として藩に献上したと伝えられています。越前海岸で作られていたことから、『汐うに』は“越前雲丹”とも呼ばれていました」と天野さん。
時は流れ、7代目・天王屋辰吉が、幕末の四賢候の一人とされた、藩主の松平春嶽から名を略した「天辰」と呼ばれたことが、屋号である「天たつ」のルーツだという。こうした松平家との深い関わりから、『汐うに』の包装紙には、江戸時代の福井城址地図がモチーフとして使われている。
すべて人の手で仕込む
『汐うに』は、バフンウニの卵巣に塩をまぶして水分を抜き、まろやかに熟成させたもの。その日の早朝に海女が獲った2~3センチのバフンウニの殻を割り、中身を傷つけないように取り出す。箸の先で一つひとつ細かな不純物を取り除いてからアワビの殻に入れ、丁寧に塩水で洗う。1つのアワビの殻に入るウニは約400個分にもなる。
ウニの水気を切り、目の粗いゴザに並べ、ウニを1粒ずつ箸で返しながら、良い“塩梅”になるように塩をまぶす。次第にウニの水分が抜け、見た目もオレンジ色から朱色へと変化し、旨味が凝縮する。3℃~-30℃の熟成保管庫で熟成の速度を年単位でコントロールし、それぞれのウニが最高の熟成具合を迎えたとき『汐うに』は完成する。
すべて人の手による丁寧な仕込みと、100グラムの『汐うに』を作るのに100個以上のウニが必要になるという希少性が、ウニの最上級品と言われる所以だ。
桐箱入りの特別な贈り物
『汐うに』は、いくさの保存食として考案されたと伝えられる。「保存食とはいえ、お殿様に献上する品である以上、目新しさと美味しさを追求したのではないでしょうか。その努力が結実したのが『汐うに』だったように思います」と天野さんは推察する。江戸の泰平が続く中で、『汐うに』は保存食というより福井藩を代表する珍味になっていく。日持ちがするので贈り物としても重宝され、藩主から桐の箱に入れることを許された。
江戸の昔、献上品としての価値を高めた桐箱入りの伝統は、現代にも受け継がれている。保存性の高いプラスティック容器、焼き物・塗り物の容器と共に、桐箱入りの『汐うに』は、今も大切な人への贈り物として特別な価値を保ち続けている。
この先の200年を見据えて
江戸から続く“歴史”が『汐うに』のブランドとしての価値を高めてきた。その歴史を継ぐものとして、現当主の天野さんは危機感を募らせる。原材料となるバフンウニの漁獲量が全国的に減り続けているからだ。福井県産にいたってはピーク時の10分の1までに減少した。
そこで「天たつ」は近年、全国を訪問し、鳥取や長崎といった地元・福井以外の産地も開拓してきた。国内のみならず海外の産地で作った『汐うに』も仕入れている。それらはすべてバフンウニから作る。
「越前海岸の小ぶりで濃厚な味わいのバフンウニから生まれた『汐うに』には、やはりバフンウニを使い続けたい」と言う天野さん。バフンウニ特有の“甘味”が、バフンウニにこだわる理由だという。「ムラサキウニや赤ウニも試しました。私見ですが、ムラサキウニは甘味が少ないように感じます。バフンウニは柔らかな甘味が口いっぱいに広がります」。さらに、産地の多様性も魅力だと考えている。「赤ウニは産地が限られています。バフンウニは産地が多様で、それゆえに産地ごとに異なる味わいを楽しめます」。
バフンウニが獲れる場所で『汐うに』を作り、それを「天たつ」が仕入れるのも、産地ならではの食文化を尊重したいとの思いからだ。
天野さんは、バフンウニという水産資源を守っていくために、福井県水産試験場やウニの養殖を研究する大学教授、漁業者らと共にバフンウニの完全養殖に向けた取り組みに参加している。
ウニの熟成を見極めてブレンド
「天たつ」に集めた『汐うに』を、1年、2年、3年と低温でねかせて熟成させる。「天たつ」が“ブレンダー”と呼ぶ専門スタッフが、それぞれの熟成具合を見極め、最適な配合でブレンドする。使うのは、北海道・鳥取・長崎産の『汐うに』。ブレンドしたものが、「天たつ」の看板商品『越前仕立て汐うに』となる。この熟成とブレンドの技術こそ、美味しさの源なのだ。
天野さんは、今が一番、自信を持って美味しいと言えるという。
「福井県食品加工研究所と 『天たつ』が共同で行った研究で、熟成によって『汐うに』の苦み成分が減少し、相対的に旨味や甘味が向上することが分かりました。これまで経験として知っていたことが、科学的にも実証されたのです」。
産地別の味わいを伝える
2022年10月からは、新しい試みとして産地別の『汐うに』の販売を始めた。「天たつ」本店でのみ、福井・雄島浜産、韓国・浦項(ポハン)産、北海道・船泊(ふなどまり)産の『汐うに』を購入できる。数が限られるので、支店やネット通販での販売はしない。
ウニは雑食性で、育まれる海によって味わいが変わることを伝えるための試みだ。例えば、福井産は濃厚な旨味と甘味が特徴で、後味にほどよい塩味を感じる。韓国産は、まろやかな味で磯の香りを楽しめる。北海道産は、ほどよい苦味と塩味が効いた味わいだ。
2011年には昭和初期に一度途絶えた『干うに』を復活させた。ウニを塩漬けにして作る『汐うに』と異なり、『干うに』は塩水で加熱したウニを干して作る。また、『汐うに』をベースに商品バリエーションも広げた。『粉うに』は、『越前仕立て汐うに』を乾燥させて粉末状にした贅沢なふりかけ。『雲丹あわせ』は、『汐うに』で作るタレを、天然アワビ、ズワイガニ、甘エビなどと合わせたものだ。
伝統と現代の融合
和の伝統食材である『汐うに』を西洋料理と融合する試みも始まっている。フランス料理のスープであるビスクにウニを使った『雲丹のビスク』や、『雲丹のグラタン』といった洋食の商品を開発。最近では、オリーブオイルとニンニクでウニを煮込む『雲丹のアヒージョ』が新商品として加わった。
「日本酒の肴として長く愛されてきた『汐うに』は、ごはんに乗せても絶品。汐うにを知らない層、特に若い世代に汐うにの美味しさを知ってもらえるように、食べ方の提案や調理のバリエーションを発信していきたい」と天野さんは言う。
ミシュランの星を持つレストランのシェフにも協力を依頼し、食材としての『汐うに』の可能性を模索する。東京と福井の有名シェフによるコラボディナーでは、キャビアと共に『汐うに』を添えたスペシャリテが提供された。
いにしえからの伝統を未来に伝えるために、アップデートを続ける「天たつ」。2022年秋には、温度管理や衛生管理を徹底した工場も新たにオープンした。その新工場で天野さんは夢を語る。 「天たつ200年の歴史を、この先200年も続けたい。そして、『汐うに』でしか味わえない喜びを世界に届けたい」。
そう話す11代目の瞳の奥に、新しい変化を重ねて受け継がれていく福井生まれの食文化が、世界に注目される未来が見えた。
人の味覚や嗜好は時代とともに変わるものです。200年以上続く「汐うに」ですが、「天たつ」ではその時代ごとに最もおいしいと感じていただける味を目指しています。「ただただ喜んでいただける、おいしい雲丹を食べていただきたい」。私たちの精神はこれからも変わることなく郷土である福井に感謝し、その味わいを追求してまいります。