自然豊かな環境が生み出すアートヴィレッジ

日本アルプスを望む長野県上伊那郡中川村。日本で最も美しい村との呼び声高い原風景の残る自然豊かな村だ。しかし、中川村にはもうひとつ、アートヴィレッジとしての側面があることはあまり知られていない。ここでは、絵画をはじめ、木工、アートフレーム、ガラスなど、さまざまな作家が生活し、アトリエを構えている。行政がアーティストの活動を紹介するなど、積極的にアートとの親和性を謳っていることに加え、自然豊かな環境が創作意欲を駆り立て、結果として地域とアートが共存するカルチャーが定着しているのではないだろうか。そして多彩なアーティストが活動することは、芸術や制作など文化的な視点で移住を考えている人たちのモチベーションを上昇させ、若い世代の移住増加にも直結している。
ヒッピーのアートワークとしてのガラスがルーツ

宙吹きガラスで食器や花器などの生活用品を作る「STUDIO PREPA(スタジオプレパ)」を構える平さん夫妻も、そんな中川村の雰囲気に惚れ込み、移住した一組だ。2008年に開窯した平さん夫妻の工房はアルプスの山並みを望む高台にあり、日の出や日の入り、時間によって表情を変える景観が非常に美しい。そんな原風景がしっくりきて移住を決意したんだという。しかし、その景観に相反し、工房に一歩足を踏み入れると、アメリカ製の日用品が積み上げられ、まるでアメリカのガレージのようだ。

それもそのはず。平さん夫妻の作品のルーツとなっているのは1970年代のヒッピーカルチャー。ヒッピーのアートワークとして普及した宙吹きの技術を踏襲し作られる平さん夫妻のガラス作品は、温かみを感じながらも、旧来の和製ガラスとは一線を画すスタイリッシュなアウトラインが魅力だ。主にロンハーマンやマーガレット・ハウエルなど大手セレクトショップでの取扱のほか、国内外の人気飲食店からの引き合いが多い。また、自分たちが理想とするスタイルをアップデートするための研鑽も怠らないよう、アメリカのクラフトフェアにも参加。ヨセミテ国立公園をベースに、数週間、時には一ヶ月以上滞在し、現地の空気を肌で感じることで作品へのインスピレーションへとつなげる。
ホームデコならアメリカ

そもそも、ガラス製品と言えばシアトル、というくらいアメリカはガラス工芸に於いて先進国であることをご存知だろうか。窓やコップ、スマートフォンまで、触れずに生活するほうがよっぽど難しいと思うほど人々の生活に密着しているガラス製品。日本にも切子やビードロなどの伝統工芸が存在するし、世界に目を向けてみても、ヴェネチアン・グラスやトルコランプなどの伝統工芸品からガレやバカラ、スワロフスキーなどの有名工房まで地域に限ることなく広く普及しているから、アメリカが飛び抜けてガラス製品先進国といった印象はないが、ことホームデコという分野に関してはトップランナーなのだと言う。
目指したのは、ガラスで表現できる温もり

ホームデコとは食卓に並ぶ器や花を活ける花瓶など、生活を彩る製品のことを指し、平さん夫妻の工房でも食器やグラスを中心に、花器やランプシェードなど生活の中で使用されることを想定したガラス製品を作っている。平さん夫妻の作るグラスのこだわりは、厚さ。かつて友人から木製のコップをもらったことがあり、それを使って水を飲んだ時におどろくほどおいしく感じたのだという。それから、身の回りにあったガラス製のコップで同じように水を飲んでみた。しかし、なんだかトゲトゲしい。同じ蛇口から出る同じ水なのになぜだろうと考えたが、その原因は呑口の形状に思えた。薄くて凛としたガラスは、見た目は美しいけれど、木製のコップのように普段から飲んでいるものが一層おいしく感じられるという感動はなかった。それを実感してからは、木のような温もりを表現するガラス製品が作りたいと考えるようになった。
中身が入って完成する、それがポリシー

それをベースに作られる製品は、中身が入って“100”になる、そんなイメージ。 「器だけの状態では2割くらい足りないくらいにしておかないと、水でも花でも、中身が入った時に暑苦しくなってしまう。」と平さん夫妻。
生活の中で使用されるものなのだから、器だけでは意味をなさない。飲み物や飾るものが、そこに入ってようやく完成するような、素材の良さを最大限引き出すガラス製品こそ、自分たちの作るべきものだと信じている。
そして、もうひとつ平さん夫妻が貫いているのが宙吹きでしかできないスタイル、宙吹きでしか作れない製品にこだわること。色を表現するためにモザイクやフュージングといったコールドワーク(宙吹きなど溶けた熱いガラスを扱うホットワークに対し、冷めて硬くなったガラスを扱うものをコールドワークと呼ぶ)を行うこともあるが、あくまでもクリエイティブに付加価値を加えるためであって、その範疇からはかけはなれないようにしている。もう二十年近く宙吹き一筋でやってきているが、未だに製造についても、特性についてもまだまだわからないことだらけ。でも逆にそれが自分たちにとっては面白いのだと平さん夫妻は言う。日本だけでなく、世界からその製品の素晴らしさを認められている二人ですら掴みきれていない奥深きガラスの世界。その世界を知り尽くしたいという平さん夫妻の探究心は、より素晴らしい製品を生み出していく。