美濃焼きとは
日本三大焼き物は美濃焼・瀬戸焼・有田焼の三種類だと言われている。その一つである美濃焼は岐阜県の多治見、土岐、瑞浪で作られ、とても歴史が古い陶磁器だ。ここまで有名になったのは、陶磁器づくりの原料が手に入りやすく、作家たちも全国から集まってくるからである。
美濃焼は「特徴がないのが特徴」とまで言われており、美濃焼と一言で言っても見た目の共通点だけで見分けるのは至難の業である。そういわれる理由は、長い歴史の中で数多くの釉薬や技法が生み出されたことや時代に合わせて色・形・絵付けが変わっていったことがあげられる。
ただこの美濃焼はとても高価で手に入りにくいということはなく、むしろ手に入りやすい陶磁器の一つである。毎年美濃焼の陶器市である「土岐美濃焼まつり」が開催され、多くのファンで賑わうが、手に取りやすい価格帯のものも多く販売されている。
服部竜也さんのルーツ
そんな美濃焼が作られていた岐阜県の多治見市で陶芸家・服部竜也さんは育った。少年時代は物を作ったり、絵を描いたりすることが好きだったが、家業を継がなければいけないような環境も無く、まさか地元の陶磁器産業にまつわる仕事を選ぶとは思ってもいなかったという。
岐阜では、服部さんのように地元で育ってそのまま陶芸家として活動するケースは非常に珍しい。しかし、“ふつう”のサラリーマンとして勤める姿が想像できず、ふとした気持ちで入った陶芸教室でものづくりの楽しさに目覚め、陶芸家になろうと決意した。その後、県外からの生徒が多く集う多治見市陶磁器意匠研究所に入学。美大を目指した時にデッサンを少し勉強したことがあったくらいで、やきもの用の土にも触ったことが無かった。焼き物を学ぼうと集まってくる人たちは、家が窯元であるなど、何かしら陶芸にゆかりがある事が通例だったため、服部さんのように一代で陶芸家を目指すような存在が珍しく、当時は周囲を驚かせたそうだ。陶芸への志が高い生徒たちと切磋琢磨し、誰よりもろくろと向き合い、自分の作風の確立を目指した。
目指している陶磁器
服部さんが理想としたのは、何十年経っても色あせず、使うたびに喜びを感じる陶磁器であった。陶芸家と名乗る以上はありふれたものにはない、特別な何かが感じられるものにしたいと考えた。そのために陶芸作品としての「造形美」と器としての「機能美」の両立を目指した作品作りを目指している。
その過程で生み出した代表作のひとつが、「黒銀彩マグカップ」だ。マットブラックな表面と対比するように内側に施した銀彩のコントラストがおしゃれでつい手に取りたくなってしまう。この華やかな銀彩は使うほど酸化して“いぶし銀”になり、味わいを増す。それでいて飲みやすく、持ちやすい。見た目だけではなく、機能面にまでこだわっている人にもおすすめの作品だ。このように造形美と機能美の近いようで相反する2つの「美」の両立を追い求めた。
「陶芸で生活できるようになるまで家族には迷惑をかけたけど、目の届く範囲で活動できる今の環境で続けていきたい」と現在は土岐市を拠点に活動する服部さん。アシスタントは募集せず、これからも一人で制作を続けるという。それゆえ、たくさんの量を作ることはできないが、自分自身や作品と向き合う時間は長い。ひと手間、ふた手間、労を惜しまず丁寧に。一つひとつに心を配り、服部さんの手によって生み出される作品が、使う人に上質なくつろぎをもたらしてくれる。