雲仙市瑞穂町の約13ヘクタールという非常に小さなエリアで、島原半島の火山灰土壌とオリジナル有機堆肥を用いた「雲仙茶」の栽培が行われている。「深蒸し玉緑製法」という独自の製法を守りながら日々新たな挑戦を続ける、雲仙山麓の茶農家「長田製茶」3代目・長田篤史さんを訪ねた。
雲仙山麓の豊かな土壌が育む「雲仙茶」
長崎県島原半島。その中心にそびえる雲仙岳の麓、標高約50メートルから200メートルの中山間地で「雲仙茶」は栽培されている。この地で日本茶の栽培が始まったのは、1935(昭和10)年ごろ。当時、国策としてミカン栽培が進められていた中、後に紹介する「長田製茶」初代が、雲仙山麓の土壌と気候に合うチャノキを瑞穂町に植樹した。それから約90年、栽培面積約13ヘクタールと小さなエリアで「雲仙茶」は作り続けられている。県内での茶の産地としては南に位置しているため収穫は比較的早め。澄んだ空気、豊かな土の養分、太陽の光を浴びて健やかに育った「雲仙茶」は、うま味と鮮やかな色合いに定評がある。
雲仙茶の特徴
日本茶といえば、「煎茶」の細い針状の茶葉を思い浮かべる人が多いだろう。しかし長崎県で生産されるのは、茶葉が湾曲した「蒸し製玉緑茶(むしせいたまりょくちゃ)」が主流。この製法で作られた日本茶は、生葉を高温で蒸して発酵を止めた後、揉んで乾燥させる工程で、形状がクルリと丸くなる。これが勾玉のように見えることから「グリ茶」と呼ばれることも。
雲仙茶も「蒸し製玉緑茶」であり、煎茶のように茶葉の形を整える「精揉」の工程を踏まず空気を含ませながら乾燥させるので茶葉に旨味成分が多くとどまり、渋みが抑えられた、まろやかな味わいになるのが特徴だ。
3代に渡って雲仙茶を作る「長田製茶」
雲仙市瑞穂町の山間。段々畑が一面に広がる山道を車で走ると「長田製茶」の茶畑が見えてきた。訪れたのは、ちょうど収穫のピークを越したばかりの5月初旬。「今年は冬の寒さが影響し、早生品種の収穫が遅かったのですが、中手と晩生は通常通りだったので、かなりタイトでした」。そう言いながら笑顔で迎えてくれたのは「長田製茶」の長田篤史さん。1935(昭和10)年から続く約5ヘクタールの茶畑で、3代目として日本茶の栽培、製造、販売までを一貫して行っている。
長田さんは佐賀大学を卒業したのち、静岡県にある国立野菜茶業研究所で2年間のお茶づくりの研修を経て帰郷。25歳から本格的に家業に携わるようになった。現在は味と香りのバランスが良いとされるサエミドリを中心に、静岡県での修行中に恩師から薦められたオクユタカほか全部で10種類以上の品種を栽培。オクユタカはあと味がすっきりしていて爽やかさが特徴で人気の高い茶葉。それぞれの品種の個性を把握しながら「本当においしいお茶」を追求する日々だ。
長田製茶には製法に独自のこだわりがある。「雲仙茶は基本的に蒸し製玉緑茶ですが、当園では蒸し時間を通常よりも長くする『深蒸し玉緑製法』という製法を編み出しました。さらに仕上げで釜炒りをして、香りを立たせています。これは祖父の代から続けている工程。香り高く、色味が美しいまろやかな緑茶に仕上がります」。摘み取った茶葉をほんの少し発酵させた「萎凋茶(いちょうちゃ)」や、火を入れていない「白茶」の水出し、和紅茶など、茶本来の持つおいしさを引き出すために様々な試みを行う長田さん。信頼する日本茶インストラクターと共同で、雲仙茶ならではの魅力と可能性を探り、追求している。
長田製茶の取り組み
長田製茶がある雲仙山麓の土壌は、黒ボク土と赤土が混ざった火山灰土。水はけがよく、茶畑の土は触るとふかふかと柔らかだ。長田さんはこの土壌を、長年に渡ってじっくりと丁寧に育んできた。例えば、冬には牛ふん堆肥をベースにした有機物をブレンドしたオリジナル堆肥を施用し、秋には稲わらを敷いて保湿しながら雑草を防ぐ。堆肥や稲わらは全て島原半島のものだ。さらに完全無農薬の茶栽培も行い、安全・安心なお茶作りを徹底。「おいしいお茶は元気な木からしか生まれない、と常々父から言われているんです」と長田さん。今年から仲間と共に獣害対策として捕獲されたイノシシを粉砕するなどして肥料に利用する方法を開発し、それを使用した土づくりをスタートさせた。さらに島原半島にあるワイナリーからブドウの搾りカスを譲り受け、実験的に肥料として利用。「結果が出るのは2、3年後。茶畑にどのような効果があるか楽しみです。目標は、未来を見据えた循環型農業。次世代に繋いでいける健やかな農業のあり方を模索し、チャレンジしています」。
カフェから雲仙茶の魅力を発信
従来のように畑で茶葉を育て、加工し出荷するだけでは、茶文化の継承・発展を目指せないと感じた長田さんは、2017(平成29)年、新たな拠点として日本茶カフェ「ぽっぽや茶葉」を構えた。茶畑から車で約10分、目の前に有明海とローカル線を望む店舗は長田さんの母方の実家をリノベーションしており、ノスタルジックな雰囲気が漂っている。
提供するメニューには、雲仙茶はもちろん地元のオーガニック野菜や伝統野菜をふんだんに使用。定期的に小学生を対象としたワークショップやお茶の淹れ方教室等のイベントを開催し、長田製茶の茶葉が購入できるショップコーナーも併設している。企画から生産・流通・販売まで一気通貫で行うことで、消費者に直接、雲仙茶の魅力や楽しみ方を提案するのが狙いだ。「私は畑で働く生産者です。しかし畑の中だけで試行錯誤を繰り返しているだけでは、消費者の反応を知ることができません。畑の外に拠点を作って以来、外部との交流が生まれ新たな視点を得る機会が増えました。交流から生まれた課題は畑に持ち帰り、次の目標にしています」。
ローカル線の駅の目の前にあるフォトジェニックなカフェには、県内外から連日観光客が訪れる。海の幸、山の幸の宝庫である島原半島には近年、農業、飲食業を営むことを目的とした「食のプロ」の移住者も増えた。「雲仙茶のみならず、島原半島が誇る食文化をこのカフェから広めていくことができれば」。長田さんは生まれ育ったここ島原の地をこよなく愛し、受け継ぐべき新たな姿に心を弾ませながらそう語る。
約13ヘクタールという小さな産地が、起こすムーブメントは、日本茶の枠を超えた大きな可能性を広げていく、そんな雲仙茶の描く未来が明るく見えた。