気がつけば、毎日使っている——。
「暮らしに寄り添う」をコンセプトに作陶する「古谷製陶所」の器は、まさしくそんな器です。
その時々のライフスタイルに合わせた、素朴で温かみのある「粉引」の器を制作しています。
1つ1つ手作りされる器は、手に取ってホッとするような使い心地も魅力です。
信楽焼の「白い粉引きの器」の第一人者だった古谷信男⽒の長男で、「古⾕製陶所」の跡継ぎとなった古⾕浩⼀(ふるたにひろかず)さん。父が向き合い続けた伝統的な陶芸技法「粉引き」の技術を受け継ぎながら、時のライフスタイルに馴染む、独自の粉引きの器作りを追い求めている。
使い勝手が良い白い器
料理を引き立て、どんなシチュエーションにも合う便利な「白い器」。その中に「粉引き」と呼ばれる器がある。読み方は「こひき」や「こびき」。正式には技法の名前で、ベースの粘土の上に、白化粧という白い泥をかけ、釉薬をかけて焼いたものを総称してそう呼ぶ。素朴で温かみのある白が特徴で、どんな料理も優しく包み込み、他の器との相性も良い。
陶器の町・信楽に窯を構える「古谷製陶所」では、1971年の創設時より「白い粉引きの器」にこだわってきた。
土の風合いを生かした信楽焼の食器
たぬきの置物で知られる信楽町は、現在も約200もの窯元や製陶所がある陶器の町。もともと琵琶湖があった場所に位置するため、粘土質で焼き物に適した陶土に恵まれている。戦国時代には茶の湯の道具として用いられたほか、近代以降は茶器に限らずタイルや植木鉢、たぬきの置物など、あらゆるやきものを製作。時代のニーズに合わせ多様な陶器を生産してきたが、いまは土の風合いを生かした作家ものの食器が注目を集めている。
町の中心部から少し離れた集落にある「古谷製陶所」は、和・洋どちらの食卓にも馴染む、あたたかみのある器が人気の窯元だ。
粉引きの特性を生かす
「古谷製陶所」では独自にブレンドした鉄分の多い赤土の粘土を使う。その上に白い泥をかけて白化粧し、さらに釉薬をかける。「器の表面の下から素朴な土味が少し見え隠れします。層の重なりを感じてもらえれば」と古谷さん。「赤土」・「白化粧」・「釉薬」という三層構造だからこその、やわらかな風合いや、趣きが粉引きの最大の魅力だ。
だが、三層構造ゆえに汚れがつきやすいという難点もある。そこで古谷さんは、低い温度で本焼きを二度する新たな手法を確立。「二度焼きすることで、汚れのつきやすさや強度不足が解消でき、日常的に使ってもらいやすくなりました」。
削りが深める、粉引きの味わい
粉引きの味わいをよりいっそう引き出すのが削りの工程。成形・乾燥させた後にヘラやカンナで表面を削り、模様をつけたりする。「削りで作品ががらっと変わる」と古谷さんも話す通り、立体的なラインに釉薬の濃淡が生まれたり、下地の土の存在が出ることで、粉引き独特の味わいが生まれる。
父から受け継がれた一貫する想い
古谷さんは陶芸家を志し、信楽の窯業試験場と京都のろくろの専門学校で陶芸を学んだ。卒業を迎えた22歳のとき、父親の信男さんが病に倒れた。信男さんが一線を退く事になり実家である「古⾕製陶所」を継ぐことに。「本当は多治見の作家さんに弟子入りすることが決まっていたのですが、そのタイミグで父が倒れたので実家に戻ることにしました」。父親と一緒に仕事ができたのは1年ほど。幼いころに見て育った仕事をする父の姿の記憶をたどりながら、限られた時間の中で、集中して器づくりを学び、技術を磨いた。
「父が作っていたのは主に和食器でしたが、コンセプトは日常使いしてもらえるもの。父と僕の器は形こそ違いますが、コンセプトは一貫しています。そのために必要な、使いやすい大きさや軽さへの意識は、父から教わりました」。
使い手の生の声をもとめて
父親の代では問屋への卸しの仕事が中心だったが、古谷さんが工房を継いでからは「消費者に近づきたい」と、全国の陶器市やクラフトフェアなどに積極的に参加するようになった。使い手と直接会話することで、いまの時代やライフスタイルにどんな器が求められているのか、常にアンテナが張れるからだ。
「実際に僕たちの周りでも洋風の家に住んでいたり、洋食を食べる人が多いじゃないですか。だったら、求められる器も変化して当然です」。
ケーキに合うモダンな西洋皿。スタッキング収納できるもの。高価過ぎず日常的に使えるリーズナブルなもの。現場で聞いたさまざまな要望を叶えたいと、種類豊富なオリジナルの器が増えていった。
余裕が生み出す、遊び心あるデザイン
古谷さんの代表的な作品となったのが、リンゴや洋ナシなどの果物をかたどった器。思わず手に取りたくなる愛らしさと、やわらかな曲線が持ち味の器だ。
食卓で存在感を発揮しそうなところだが、落ち着いた色合いなので主張し過ぎず、どんな料理にも合わせやすい。
「僕が作りたいのは、手に取ったときにほっとできるような器。直線や曲線が整い過ぎていると、日常の中では違和感が出ると思うんです。だから、いつも柔らかくあることを意識するようにしています」。
意図的な曲線をどれだけ自然に感じさせるか、それを可能にするのは古谷さんの作家としての経験が生みだす余裕がなせる技だろう。
よりリアルな声をもとめて
工房の一角には、生活空間をイメージして作られたショールームがある。実際に器を手に取り、使い勝手や質感を確かめながら買い物ができる。また、2022年7月からは、工房の隣に立つ母屋を改装し、キッチンスペースを開放するようになった。これらはすべて器の価値は使ってみないとわからないという信念から。料理家を招いて料理教室も開催している。
「こんな盛り付け方があったんだ!なんて新しい発見もあったりして。器は料理を盛り付けて完成するもの。使ってもらった生のリアクションが見られるのは勉強になりますね」。料理がおいしく見えると定評のある古谷さんの器。その所以はこういったところにもあるのかもしれない。
毎日使うものだからこそ
いまでは各地のクラフトフェアにも引っ張りだこで、全国にファンがいる古谷さんの器。だが、それに慢心することなく、よりよい器を追い求め続けている。
「産みの苦しみはありますが、新しいオーダーをいただくことが楽しい。なにより、ろくろをまわしてる時間が好きなのかも。心が穏やかになります」。
日常のどんな瞬間にもいつの間にか寄り添う、毎日に欠かせない相棒の様な存在。そんな器たちが、あるときは食卓のメインに、そしてある時は脇役として華を添える。食器棚に一枚は持っていたい頼れる器。古谷さんの柔らかな物腰の向こうに見える、ぶれない芯の強さ。それでいて柔軟な対応力。それらがすべてカタチとなりうつし出されているようだ。これからも使い手の声を取り入れ、食文化やライフスタイルの移り変わりにもしなやかに対応しながら、未来へとつながる器がその手から生み出されていくことだろう。
日々の暮らしの中で一番大切な時間は、家族が集まってご飯を食べたり、お茶やコーヒーを飲みながらホッとしたりする時間です。そんな時間がより豊かになるように、人々の暮らしにそっと寄り添っていけるような、そんな器づくりを心がけています。