雪国で伝承される酒蔵「青木酒造」
新潟県の南部に位置し、かつて江戸と越後(現在の新潟県)を結ぶ三国街道沿いの宿場町として栄えた塩沢の町。新潟県内でも有数の米どころ、上質な米がとれるエリアとしても知られている。その山間の小さな町を訪れると、雪国特有の雁木(がんぎ)造りの趣ある美しい町並みが目の前に開ける。「塩沢宿牧之通り(しおざわじゅくぼくしどおり)」と呼ばれるその道の景色は、都市景観大賞を受賞するなど、観光地としても評価が高くひとめ見ようと観光客でにぎわうエリアだ。
その一角に、江戸時代から変わらず伝統的な酒造りを続けてきた酒蔵がある。全国的に有名な「鶴齢(かくれい)」をはじめ、蔵の最高峰「牧之(ぼくし)」、ユニークな毛むくじゃらの異獣のラベルでも人気の辛口ライン「雪男」を醸す「青木酒造」だ。
青木酒造のある新潟県の南部、南魚沼エリアは、昔から日本有数の豪雪地帯として知られていて、市街地でも2メートルを超える積雪がしばしば見られるほど。江戸中期の書物『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』には、そんな雪国で生きる人々の苦労や困難、暮らしや風習、雪の活用方法などが描かれ、現代の人々の生活にもその知恵が活かされている。その作者である鈴木牧之は蔵元の先祖にあたる人物でもあり、鈴木牧之が命名したと伝えられているのが、青木酒造の代表銘酒「鶴齢」だ。また毎年行われる全国新酒鑑評会に出される為に醸される銘柄「牧之」はその名にちなんでいる。
酒づくりで大切にしている「和合」の精神
ここ南魚沼エリアは有名日本酒蔵の激戦区としても知られているが、その中で最も歴史が古い酒蔵であるのが青木酒造だ。享保2年(1717年)に創業し、原料から酒造設備に至るまで、雪の恩恵を最大限に活用し、雪国の特性や地域との関わりを大切にしながら酒造りを続けてきた。「地元あっての酒蔵」という思いも強く、美しい街づくりへの取り組みをはじめ、「雪男」の売上の一部を山岳救助隊に寄付するなど、地域貢献も惜しまない。
雪を活かして地元の人の口に合うお酒に
酒の味にも、この地域の特徴がはっきりと表れている。町全体が雪に埋もれる冬も長期保存が可能な干物や漬物、塩や醤油の味が強い魚沼の地域料理やつまみに合うように、新潟ならではの淡麗でありながら、辛口ではない、米本来の旨味を最大限に引き出した「旨口」が特徴だ。「食事に合うお酒、食中酒として飲めるお酒を目指している」と杜氏の樋口宗由(ひぐちむねよし)さんは語る。現在でも地元で約40%が消費されている青木酒造の酒は、地元の人たちが美味しく飲めてこそ、という想いが込められている。
青木酒造では、酒米は清らかな雪解け水で育った新潟県産の越淡麗(こしたんれい)を、水は日本百名山のひとつにも数えられる巻機山(まきはたやま)の伏流水を使っている。柔らかで引っかかりのない旨みのある軟水は、地域の人たちにも開放し広く親しまれているという。時間をかけて清潔な麹菌を作るため設備の衛生管理も徹底している。酸のアクセントや香りのバランスにもひたすらこだわる。さらに創業300年を契機に雪室貯蔵庫を新設。天然の雪の力で一年中通して貯蔵庫全体を冷やす冷房システムにより、貯蔵庫全体をほぼ一定の温度で保つことができるようになった。青木酒造で生まれた日本酒はすべて、自然のクリーンエネルギーを利用したこの低温貯蔵庫に貯蔵されフレッシュな状態で出荷される。
日本では酒類全般に賞味期限表示が免除されているため、日本酒にも賞味期限表示義務はなく、製造年月日だけが記載されているものがほとんど。アルコールの殺菌作用により腐食は進まないので一般的に長期保存も可能ではあるが、酒の香り、旨味を損なわずに保存するには温度管理は欠かせない条件である。この雪室貯蔵庫は全体が約4℃でほぼ一定に保たれており、さらに長期貯蔵専用のエリアは電気の力を借りるものの-5℃を通年維持できる。冷蔵庫のような振動もなければ電子制御による温度変化の振れ幅もなく、光が入り込むことも無いため酒にとってばつぐんに安定した貯蔵環境が約束されているのだ。5年や10年、あるいはそれ以上の長期間の貯蔵にも対応できることから、青木酒造では長期熟成された日本酒などの可能性についても探っていきたいと話す。地域が雪と共に歩んできた歴史の中で育んだ知恵を更に進化させ青木酒造の酒造りも新しい可能性に挑戦している。
未来へ繋ぐ酒づくり
江戸時代から300年にも及ぶ長い歴史とその伝承。それはこれからも継続していかなければならない大切なことと樋口さんは言う。「真面目に丁寧に、これからも正直に酒造りをしていく」。丁寧を磨く、そして時代に沿った酒造りへの挑戦が今の青木酒造のモットーだ。雪国の酒造りのあるべき姿は、これからもきっと未来に着実に受け継がれていく。