新潟をワインの名産地にするための歩み
新潟市街から車で西へ約30分、海沿いの国道を走ると、角田山の麓の松林に囲まれた静かなエリアに「新潟ワインコースト」と呼ばれるワインの生産地がある。今は広大なぶどう畑が広がっているが、かつてここは誰からも見向きもされない未開の砂地だった。平成4年(1992年)、この地に最初のぶどうの木を植えたのが「カーブドッチワイナリー」だ。当時の経営者がドイツで学んできたヨーロッパの伝統的なスタイルのワイン造りを日本国内で実現したいと、「国産生ぶどう100%かつ欧州系のワイン専用種100%のワイン」を目指したのが始まりだ。ヨーロッパに似た気候の場所を探し、雨が多く暑い場所を避けた土地を選びたいと考えていた創業者が、首都圏などの商圏へのアクセスの良さや、ある程度の広さの敷地を安価で確保できる条件が揃っていたことからこの角田浜に白羽の矢を立てた。
海岸に近く、砂浜のようにさらさらとした砂質土壌がこの土地の最大の特徴だ。この砂地で育ったぶどうは、さらりとして繊細で華やかな香りをワインに与える。水はけは抜群によいが、栄養分は乏しい。土壌に適した品種を見つけるため、これまで時間をかけてたくさんの種類を栽培し、トライ&エラーを繰り返してきた。ようやく見つけたのが、スペイン原産の白品種「アルバリーニョ」である。華やかな香りと塩味を持ち中程度の小さめの粒と小さな房が特徴で少し厚めの皮をしている。雨の多いエリアでも病気になりにくく、スペインやポルトガルの一部で栽培されている品種だった。17年前に栽培を開始し、3年目にようやく手応えをつかんだ。それからも時間をかけて少しずつ栽培面積を増やしながら「新潟産アルバリーニョ」の自信を深めていった。しかし、どれだけ生産しても消費者や市場のニーズがなければ商売は成り立たない。並行して、各地のワイナリーにアルバリーニョの苗木を広める地道な活動も始めた。そうした結果アルバリーニョは今、多くの国内ワイナリー、酒販店、消費者が注目する品種となった。
ついに誕生、「新潟ワインコースト」
2006年から2024年現在まで、醸造責任者の掛川史人さんが目指すのは、柔らかくて優しいワインだ。「この土壌のニュアンスを感じられる、軽やかでフレンドリーな味わいのワインを作りたい。」個人的には、重厚でクラシックなワインよりも自然派ワインが好みだという。グローバルスタンダードや賞を意識するのではなく、誰もが美味しく飲めることを大切にしている。
「カーブドッチワイナリー」の周辺には、他にも「フェルミエ」「ドメーヌ・ショオ」「カンティーナ・ジーオセット」「ルサンクワイナリー」と、あわせて5つのワイナリーがある。そもそも創業時から、カーブドッチ単独でワインを造るつもりはなかった。開業後、ワインが好きな同志を集めて「ワイナリー経営塾」を開講し、ぶどう畑の管理から醸造技術にいたるまでこと細かに教えて醸造家を育てた。生産者を増やすことで、一帯を産地化させるのが目的である。この地をワインの名産地にしたいという想いが「新潟ワインコースト」を生み、また新潟のワイン文化を育んだ。
ワイン名産地だけで終わらないカーブドッチの体験価値提供
在型のリゾート施設として発展してきたのも、カーブドッチの特筆すべき点のひとつだ。
2009年にホテル&スパ施設「カーブドッチヴィネスパ」をスタートさせ温泉を楽しめる地域の憩いの場を提供してきたのにはじまり、その後も進化を続け2019年には「ワイナリーに泊まる」という新しいコンセプトのもとオーベルジュ「ワイナリーステイ・トラヴィーニュ」をオープンさせた。
商品を県外や首都圏に売りに行くよりも、新潟のお客さんに足を運んでもらってこの地で地元ワインを楽しんでもらいたいと考え、「滞在することで得られる体験」に価値を見出した。レストラン、ベーカリー、マルシェ、ソーセージ工房、さらには温泉や宿泊、結婚式もできるホールなど、ワインと共に楽しめる仕掛けに力を入れた。「お客様に来ていただいて、その体験を豊かにすることが、ワインをより美味しくさせるのです」と代表の今井卓さんは語る。
そして今も進化は止まらない。2022年3月には既存の温泉施設「ヴィネスパ」内に新たに4000冊程を収蔵するブックラウンジをオープンした。こちらは2020年3月に大阪に開館した安藤忠雄建築の「こども本の森 中之島」のクリエイティヴ・ディレクションをつとめた幅允孝さんが手がけたことでも注目を集めた。ワインを目的に訪問した人々がワインをタッチポイントにして本を通じた知的好奇心や興味を満たす贅沢で満たされた空間になっている。こうしたワインと共に体験できる新たな価値の提供を今後も目指していきたいと話す。
「新潟の土壌に合う美味しいワインを造ることに意義を持っている。ここでしかできないワインと、ここでしかできない体験を提供しつづけたい。」今井さんと掛川さんのふたりは、志を同じくする。ワイナリーリゾートとしての重層的な体験をより豊かにしていきながらヨーロッパの伝統の中に確かに息づく日本人のもの作りに対する誇りを滲ませるカーブドッチワイナリー。日本のワイナリーの新たなスタンダードを醸している。