高い品質の海苔を届けるやりがい
東京・築地に本店を構える「丸山海苔店」は、創業安政元年(1854年)に創業した海苔専門店。「ミシュランガイド東京」の三ツ星寿司店など、一流の飲食店が今も昔も信頼をおく老舗だ。3000軒ものプロが信頼をおく理由は、一定して高い品質が保たれているため。海苔は自然の産物なので安定した品質を維持することは容易ではないが、常に上質な原料を確保し、安定した品質に仕上げていることが「丸山海苔店」の強みだ。
仕入れ担当の櫻井明彦さんは、「プロの厳しい要望に応える仕事の“緊張感”がやりがい」と語る、この道30年の目利き職人。さまざまな顧客の要望に応えるべく、全国の主要漁場に赴き、入念な下見と試食を繰り返しながら仕入れを行っている。主な産地は、東京湾、瀬戸内海、有明海の3箇所。いずれの産地でも、芽が伸びきる前の柔らかい状態の海苔を早摘みして仕入れている。
「海苔は牡蠣の殻で芽を育て、海水温が14~18度になる秋ごろ網に種付けします。通常は11月の下旬から12月上旬ごろ、20センチほどの長さに育つと摘み取りますが、当店は5~10センチのごく限られた部分を中心に仕入れます。そうすることで、口の中でとろけるような海苔ができるのです」(櫻井さん)。
個性ある海苔のあじわいを引き出す
海苔を加工する工場は、茨城県つくばみらい市にある。工場を見学した中田英寿が感動したのは、火入れのこだわりだ。丸山海苔店の工場では、通常の倍以上の時間をかけ、低温と高温でそれぞれ3時間半も火入れを行っている。
焼きの温度や時間は、海苔に含まれる塩分や厚さ、その日の気温や湿度に合わせて調節し、高級な海苔は繊細なので、低温でじっくりと甘みを出すように焼くという。
海苔の味わいには、焼き方の巧拙だけでなく、産地の特徴も現れる。たとえば古くから「浅草のり」として親しまれてきた東京湾の海苔は、ほろ苦さをまとった甘さと、しっとりとしたコシ、軽く炙ると引き立つの香りの良さが特徴。瀬戸内海の海苔は黒みと艶と香ばしさに優れ、破れにくいため太巻きなどに最適だ。また、有明海の海苔はうまみ成分が豊富で初々しい香りを持ち、軟らかさと歯切れのよさを併せ持つタイプ。そんな有明海の海苔の特徴を生かしたのが「佐賀のはしり」。はしり、とは旬を意味する言葉でもあり、海苔を知るにはまず手にしてほしい一品である。はしりシリーズの中でも特別気象な極み海苔を吟味して作られた「初代彦兵衛」は、農林水産大臣賞を3度受賞した看板商品だ。また、天然の青海苔が混ざった「こんとび」は香りが鮮やかで、「昔の海苔に一番似ている」と評価されている。
中田が一番印象に残ったのは、徳島県の吉野川で採れる最高級品のスジアオノリ。口に入れると、青のり特有の風味が広がった後、ハーブのようにしびれる苦味が上品に後を引く。収穫量がわずかで希少なため、ウニより高いといわれておりあまり出回ることは無いが、家庭料理に使うなら、お吸い物などに少量入れるもよし、焼きそばに振りかけるのもよさそうだ。一口に海苔といっても、これほどまでに産地や品種、焼き加減によって違いがあり、また合わせる食材によって、その使い道は無限大になる。一度それぞれの食べ比べをしてみるのも面白いかもしれない。多くの料理人に愛用される海苔は、とにかく奥が深かった。