観る側から陶芸の世界へ
1978年生まれ、新進気鋭の陶芸家 今泉毅さん。2005年に独立してから賞を多数受賞して注目を浴びている作家だ。シャープなフォルムに、多彩な釉薬(ゆうやく)を用いた独創的な作風が高く評価されている。
実は経歴がなかなか面白い。芸術大学でなく、陶芸の地元出身というわけでもない。早稲田大学という一般の大学の陶芸サークル出身なのだ。だからこそ、工房には数多くの”テスト作品”がある。
「私は観る側からこの世界に入った。だから、出来上がりからしか判断ができないんです。だからこうしてテストをして、こういった場合はこうなるというふうに学んでいくしかないんですね」
意図したひび、意図しないひび
工房のなかで中田がふと、小鉢のような器を手にとった。その作品には貫入(かんにゅう)といわれる、釉薬の表面に細かいひび状のものが入っていた。それを中田はこう表現した。
「すごくかわいいっていうのかな。卵がピピって割れて入ったひびみたい。好きだな、なんだか」
それを聞いて苦笑した今泉さん。「そうか卵から孵るってことですね。実はそれ、学校を出たてのころの作品なんです。だから無垢なのかも」
それを聞いて中田も笑う。「こういうのは、意図して入れることができるのものなんですか?」
「ある程度は。この素材を使うと、直線的でとか、そういうことはわかってきます。ひびがたくさん入る素材もありますし」
ただ、”卵のひび”は意図したものかどうかはわからなかったが…。
実用性と芸術性が融合した陶芸
続けて今泉さんはこう言う。「ただ、意図できてもそれが成功するとは限らないんですよね。今度は東洋チックにやってやろうとか、”色気”みたいなものになってしまうこともあるんですよね」
たしかに”狙い”というのは作品にはあるだろう。しかし、それで必ずしも作品として成功するわけではないという。
「”使えるもの”ということは考えて制作していますか?」という中田の質問に対しては、こう答える。
「やっぱり最初は”使える”っていうのはちょっとカッコ悪いなんて思ってたんです。でも制作を続けていくうちに、作品が”その人の生活のなかにある”っていうのは重要な要素なのかなと思うようになりました」
作品の芸術性というのはどこに存在するのか。作品を創るという行為はそれを模索する行為なのかもしれない。今泉さんはこのあとに「それでもまだカッコつけた作品を作ってしまうんですけどね」と照れながら笑っていた。