城下町として栄えた福島県相馬市に、約150年続く小さな醬油・みそ蔵、山形屋商店はある。文久3(1863)年創業。ヤマブンの屋号で愛されてきた老舗を支えるのは、5代目主人の渡辺和夫さんだ。「店主自ら造るべし」という家訓を守り続け、店主になって6年の間に、昭和48年から開催されている全国醤油品評会の最高賞「農林水産大臣賞」を4度受賞。その名は全国へと広まりつつある。
福島方式から生まれた、全国が認める醬油
歳月が刻まれた風情漂う木造家屋。店頭には醬油、みそ、麹(こうじ)、甘酒、麹の漬けもの三五八(さごはち)など、自慢の商品がずらりと並ぶ。みその香りをたどるように中田英寿さんは山形屋商店の奥へと視線を向けた。
「みそは量り売りもされているんですね」と中田さん。
店主の渡辺和夫さんがにこやかにうなずきながら、試食を勧めてくれる。まずは看板商品「ヤマブン本醸造特選醬油」を味見。口の中に深くまろやかなうまみと食欲をそそる香ばしい風味が広がる。
醬油づくりは大豆と小麦で麹を造ることから始まる。その麹でもろみを仕込み、半年熟成させて搾ったものが生揚げ(きあげ)という醬油の原液になるのだが、手間もコストもかかる難しい工程でもある。
そこで福島県では、蔵元の負担を軽減しようと、生揚げ工場による一貫生産に踏み切った。全国に先駆け行った生揚げ造りの一本化は「福島方式」として、全国各地に波及。現在は市場に出る醬油の半数が、この製造方法を採用している。
丸大豆や濃い口など、生揚げにもさまざまな種類があり、福島県ではタイプ別に数種類を用意。それらを組み合わせれば、蔵元独自の味を造り出すことが可能というわけだ。
磨き上げた秘伝の技が味を引き上げる
その後、各蔵で行う火入れが、醬油の魅力を引き出す重要な工程らしい。蔵それぞれの工夫があると説明しながら、渡辺さんが工場の中を案内してくれる。
山形屋では代々「かえし」を加える、秘伝の技が受け継がれてきた。みりんを煮切り、砂糖と醬油を加えて一煮立ち。10日寝かせたかえしを、生揚げの温度が80度に達する直前に加える。「知り合いの蔵元さんも皆、聞いたことがないとおっしゃる独特の手法なのですが、味に奥行きが出て、香り良く仕上がるんです」
その後、時間をかけて加熱し温度を上げることで、火香(ひが)と言われる香ばしい風味が際立ち、香りが持続するのだ。
「こちらの醬油はどのような料理に合うんですか?」
中田さんの質問に渡辺さんは少し考え、海の町の醬油なので、やはり魚によく合いますねと答える。一押しはカレイなどの煮魚だそうだ。
「色ツヤ、味良く仕上がり、煮崩れしにくいので、旅館や和食店など、プロの方々から、他の醬油は使えないというお声も頂いています」
品評会での好成績を受け、近年は全国各地からの注文も増えている。何より、地元の皆さんに喜んでもらえてうれしいと、渡辺さんの表情に笑みがこぼれる。
「その昔、城下町には必ず醸造蔵がありました。相馬にも多くの蔵が軒を連ねていましたが、今ではこの一軒のみです。醬油やみそという故郷の味、食文化を通じて、城下町・相馬の面影を次の世代へ語り継いでいきたいと思っています」