箪笥に向き合うと思うこと
岩手には岩谷堂箪笥という工芸品が伝わる。もとは1100年代に藤原清衡が産業・神仏に力を入れた時代にできたものだ。時代がくだり1700年代の後半に岩谷堂城主の岩城村将が車輪のついたものを作らせ、1800年代に入り彫金の装飾がつけられるようになった。そうして現在の岩谷堂箪笥は形作られた。その岩谷堂箪笥を制作する及川孝一さんの工房、藤里木工所にお邪魔した。及川さんが箪笥を作るときに思うのが「木」のことなのだという。
「この木は切られなければ何百年と生きていたんだなってふと思うことがあるんです。それを切ってまでこうして箪笥にしているのだから、何百年も生き続けるようなものを作りたいって思うんです。だから大量生産という時代の波はどうも好きになれない。木の大切さをわかってくれる人にぜひ使ってもらいたい」とまず木を見ながらお話をしてくれた。
時代とともに変わる箪笥作り
そういう時代の変化でいろいろなものが変わった。例えば金具。もともとは彫金でひとつひとつ職人が彫り込んでいたものを、箪笥を彩る金具として使っていたが、現在はひとつの型から鋳物で作るものが多いという。「ただ」と及川さんはいう。「これは彫金だからいい鋳物だから悪いっていうことではない。時代に合わせた変化なんです。実際に鋳物のほうがどっしりしていて、いい風合いだという人もいる。価値観は人それぞれですから」
時代とともに変化する。それは決して悪いことではないむしろ自然なことなのだ。ただし木の美しさなど変わらないものもある。そういった変わるものと変わらないものが混じり合って、伝統というのは受け継がれていくものだろう。
造形への興味はなくならない
及川さんも伝統的なものだけでなく新たなチャレンジもたくさんしている。例えばハーモニカを仕込んだ箪笥。これは「岩谷堂箪笥とはいえないけど」と前置きをして見せてくれたその箪笥は引き出しをあけるのにあわせてハーモニカがなる仕組み。
及川さんのギャラリーには、箪笥以外にもたくさんの作品が置いてあった。もともと若い頃は彫刻をしたかったという。だがいきなりは無理だということで友人のお父さんの指物師に弟子入りしこの世界に入ったそうだ。そうした志があったことから、本来は分業である彫金の作業も及川さんは自分でできるかぎり作るという。
また木彫をやりたいという気持ちは今でも持ち続けている。「そう思って木は買ったんですけどね。なかなか進まなくて」と話してくれた。その木に何が彫り込まれるのか。いまから楽しみだ。