使うための美しさを追求する木漆工芸家 藤嵜一正

使うための美しさを追求する木漆工芸家 藤嵜一正

大阪市中央区南船場。ひな人形をはじめ、おもちゃや駄菓子などの問屋や専門店が100軒以上並ぶ松町町筋商店街から程近いビルの3階に、木漆工芸家・藤嵜一正さんの工房「槌(つち)工房」がある。扉を抜けると、まわりの喧騒とはまるで別世界。棚には、美しくかつ温かみを感じさせる作品が並んでいる。茶箪笥などの家具から、小さな茶器など、木を彫り漆を塗っただけのように見える素朴な民芸調の作品たち。だが、シンプルであるがゆえに、造形の美しさが際立つ。
藤嵜さんは1943年京都府舞鶴市生まれ。15歳の時に木工の道を志し、富山で修行を積み、1967年に人間国宝の故黒田辰秋氏に師事、1971年に独立した。
その後、2009年に第56回日本伝統工芸展で高松宮記念賞を受賞すると、2011年1月には大阪府指定無形文化財 木工芸保持者 工芸第1号に認定された。

「用の美」を追い求めた作家生活50年を超える木工界の大御所でありながら”今だに満足出来る物なし、コレカラ、コレカラ”と自ら作品を発表し続けるだけでなく、多くの門下生を輩出し、関西工芸会を支えてきた。
「手に持ってみるとすごく馴染みます。飾っておくというより、日常でつかいたくなるような作品が多いですね」(中田)

「僕は工芸品は使ってもらうためにあると思っています。どんなときに、どんなふうに使うのかを考えることから、ものづくりが始まります」(藤嵜さん)
藤嵜さんの工房では、作品を完成させるまでの工程を一貫作業で行う。そのため、分業する多くの工房とは違い、オリジナリティーを追求することが出来る。完成までに時間がかかっても納得のいくものを造るのが藤嵜流だ。

奥を見せてもらうと、ノミやのこぎりが並ぶ作業場が。ビルの中だけに決して広くはないが、機能的につくられた空間で弟子たちが木と向かい合っている。
「中田さんもやってみますか?」。もちろん中田もその気だ。早速ノミと木槌を持って、盆づくりに挑む。
「力任せではダメです。木の目を見ながらノミを入れていってください」(藤嵜さん)

まな板のような板を少しずつ削っていく。最初はノミがスベったり、木槌がうまく当たらなかったりしていたが、徐々にリズムよく削れるようになっていく。季節は秋だというのに、中田の顔に汗がにじむ。
「うまくノミを入れられるようになると、今度は削りすぎてしまうような気がしてしまいます。力加減が難しいですね」(中田)

集中して作業をしていると、あっという間に数時間が経過していた。藤嵜さんはこの懇切丁寧な手仕事を50年間続けてきたのだ。長く大切に、受け継ぎたいものが持つ価値が何かを垣間見たような気がした。

ACCESS

藤嵜一正『槌工房』
大阪府大阪市中央区南船場1丁目4ー11 モリビル3F
TEL 06-6261-5775