島根県松江市に広がる宍道湖(しんじこ)は、日本有数のしじみの産地として知られる。朝、湖面には小舟が並び、船外機の音とともに漁が始まる。その豊かな湖を守るため、かつて漁師たちは大きな決断を下した。一度受け取った補償金を返してまで守ろうとした、宍道湖のしじみ漁とは。漁師の営みと、その背景にある歴史を紐解く。
日本有数のしじみの産地・宍道湖

島根県東部に位置する宍道湖。日本でも珍しい「汽水湖」として知られ、斐伊川(ひいかわ)などから流れ込む淡水と、日本海から入り込む海水が混ざり合う湖だ。川魚と海魚が混在する環境は、汽水域ならでは。実に100種類以上の多様な生き物が生息している。
宍道湖を代表する恵みが「ヤマトシジミ」。粒が大きく、旨味が濃いことで知られ、全国でも有数の漁獲量を誇る。2024年には漁獲量4590トンを記録し、11年連続で全国トップを飾るなど、日本一のしじみ産地として知られている。
みそ汁や佃煮など、出雲地方では古くから食卓に欠かせない存在として親しまれてきたしじみ。松江・出雲地方では宍道湖の自然とともに生きる文化が育まれており、しじみ漁はその象徴ともいえる営みだ。
しじみの生育に適した好環境

日本に生息するシジミは、汽水域にすむ「ヤマトシジミ」、淡水産の「マシジミ」、琵琶湖固有種の「セタシジミ」の3種類が代表的。宍道湖で獲れるヤマトシジミは、海水でも淡水でもなく、中間の塩分環境を好む。淡水と海水が混ざり合い、潮の満ち引きによって塩分濃度がゆるやかに変化する宍道湖は、彼らの生育に適している。
栄養豊富な湖底の砂の中で育ったしじみは、粒が大きく、旨味が濃いのが特徴。まさに自然環境が育んだ恵みといえる。
湖を守り、未来へ繋げる

宍道湖における漁業の管理・販売をする組織「宍道湖漁業協同組合」の福間弘幸さん。しじみ漁を生業とする約260名のうちの一人だ。
「大事なのは資源管理」と語るように、しじみを獲るだけではなく、湖の環境保全にも力を入れる。次の世代がしじみ漁を生業にでき、島根県の特産物として未来永劫残っていくためにも、資源を守りながら漁を続けていく大切さを訴える。
そのため組合では、一日の漁獲量や操業時間、休漁日などを厳格にルール化。漁獲量は一人あたり一日2箱(1箱50〜60キロ)と定められ、船を出すのは漁法によって異なるものの、およそ3〜4時間まで。直径12ミリ以下の稚貝は、湖へ戻す決まりになっている。
しじみ以外の漁師を含めると、約700名が組合に所属。20代前半から80代と世代も幅広いが、個々が湖の環境を第一に考え、協調性を持ってこそ、初めて漁業が成り立つのだ。
松江を象徴する出漁風景

朝7時ごろになると、静かな湖面に船外機のエンジン音が響き、小舟が次々と湖へと向かう。宍道湖の水深は漁場によって異なるが、およそ2〜4メートル。それぞれの漁場に着き、小舟の上で生業を始める。
朝霧が立ち込める宍道湖に、静かに浮かぶ小舟。松江市の朝を象徴する風物詩として、長く親しまれてきたこの光景だ。
伝統の漁具「じょれん」

しじみ漁の操業方法は、ディーゼル機関船を使用した動力操業だけでなく、漁師が直接湖に入る「入り掻き」、船上から道具を操作する「手掻き」といった人力操業が今でも残っている。福間さんが採用している漁法は、手掻きにエンジンポンプを併用した「水流式手掻き」。使われるのは鋤簾(じょれん)と呼ばれる独特の形状をした漁具。熊手のような形をした金属製の道具で、湖底の砂をかきながらしじみをすくい上げる。

エンジンポンプからホースで水を送り、先端から勢いよく噴射することで、湖底の砂を耕しながらしじみを採れる。漁師は長さ約8メートルの竿を押して船を進め、竿を引き寄せながら船を動かす。それを繰り返しながら湖底の砂を探っていく。
ベテランの漁師ともなると、漁場ごとの水深や湖底の状態を熟知。自然の状態を読み取りながら行うこの漁は、まさに熟練の技が求められる仕事だ。
品質を支える丁寧な選別作業

しじみが水揚げされると、船上ですぐに選別作業が始まる。機械によって大きさごとに振り分けられ、その後、人の手によってさらに丁寧に選り分けられる。漁獲量は1人2箱と決められているため、漁師としては身が入っていない貝殻は除き、より品質の良い大ぶりなしじみを残したいのだ。

選別作業は、漁が終わってから陸でも行われる。漁師はしじみを軽く振ったり、転がしたりして音を確かめる。音の響き方によって、身の詰まり具合が分かるという。わずかな音の違いは素人には判別できないほど繊細だが、長年しじみと向き合ってきた漁師には、その差がはっきりと聞き分けられる。
宍道湖を守った漁師たちの決断

宍道湖のしじみ漁は、かつて大きな危機に直面した。1950年代、宍道湖を淡水化して農業用水として利用する計画が進められていたのである。
湖が淡水化すれば、汽水環境で生きるしじみは大きな影響を受ける。住民らは反対運動を始めた。実に155回もの協議を重ねた末、国の計画に抗えないと悟った漁師たちは補償金を受け取り、計画に同意したのだった。
補償金を返還して守った湖

1968年、淡水化工事がスタート。しかし、しじみへの打撃の大きさが明らかになるにつれ、宍道湖流域住民の間で再び反対の声が高まっていく。しじみ漁業者が中心となり、やがて「淡水化反対運動」が本格化。大規模な集会や漁船パレード、シジミの無料配布などの活動を精力的に実施した。
一度は受け取った補償金。だが宍道湖漁業協同組合は、宍道湖のしじみを守るべく、補償金を国へ返還する決断を下した。この行動が市民の共感を呼び、反対運動の機運はますます高まったという。
やがて1988年、国と県は淡水化事業の延期を発表。2002年には、正式に中止が表明された。宍道湖の環境としじみ漁は、こうした住民や漁師たちの強い想いによって守られたのである。
湖の恵みを未来へつなぐ

宍道湖漁業協同組合では、湖底清掃のほか、シジミ採苗放流などの保全活動も実施。湖心部で浮遊するしじみの幼生を採集し、生息地へ放流することで資源の維持を図っている。
十数年前と比べると、「湖の水が随分きれいになった」と語る福間さん。以前は沿岸に浮遊していた生活ゴミがほとんど無くなり、地域住民の意識変化が水質改善に繋がっているのではと推測している。今日もこの地域でしじみ漁が行われ、漁獲量日本一を誇っているのは、地域住民と漁師たちが湖の環境を守り続けてきた証ともいえるだろう。
今日も宍道湖に並ぶ小舟の風景は、湖とともに生きる人々の営みを象徴している。長い年月をかけて受け継がれてきたこの漁は、これからも漁師と地域の人々によって、未来へとつながっていくだろう。



