「安本酒蔵」のブランド「白岳仙」は、現当主で杜氏の安本岳史さんが2001年に若干27歳で立ち上げた。安本さんは、1853年創業という蔵の伝統に頼らず、データを重視しトライアンドエラーを繰り返しながら「白岳仙」のブラッシュアップを重ねてきた。その歩みは20年を超え、いまだ進化を続けている。
新しいブランドを作り上げるために
安本酒蔵がある東郷地区は福井市南東部に位置し、自然と歴史に恵まれた地域だ。北側には足羽川(あすわがわ)が流れ、豊かな田園が広がり、産出される東郷米はその美味しさに定評がある。戦国大名の史跡・朝倉氏遺跡にほど近く、東郷街道と並行して流れる堂田川の沿道には朝倉氏ゆかりの寺院や造り酒屋が立ち、安本酒蔵もその一つとして長い歴史を刻んできた。
創業170年。47代続く安本家の革命児
平安時代から続くと伝わる安本家はかつて両替商や林業を営んでいた名家で、造り酒屋に転身したのは黒船が来航した嘉永6(1853)年にさかのぼる。安本家の47代目にあたる安本さんは大学の醸造学科を経て、広島県にある「独立法人 酒類総合研究所」に入り、醸造だけでなくマーケティングを学んだ。そこで、全国の名だたる蔵元から集まった同世代の後継者たちと交流し、これからの夢を語り合う中で、自分自身の新しいブランドを立ち上げたいとの思いが強まっていった。
白岳仙ブランドの誕生
安本さんが福井に戻る前、安本酒造は鑑評会出品用の酒を除き、純米酒や吟醸酒といった特定名称酒ではない普通酒だけを製造していた。当時、特定名称酒制度が導入されてからほぼ10年が経ち、高品質な日本酒を選ぶ基準として認知が広まっており、「このまま今の普通酒を造り続けていては蔵がなくなる」と危機感を抱いた安本さんは、2000年に蔵に入り、翌年には新しいブランド「白岳仙」を立ち上げた。コンセプトは「孤高の食中酒」。料理を引き立てながら飲むたびに口とのどをリフレッシュし、無意識のうちに杯が進んでいく、そんな唯一無二の味を“孤高”という言葉で表現した。また、ブランド名には、「白山水脈伏流水で仕込み、山岳に面した東郷の地で造る酒に、山のように人が集まりますように」との願いが込められている。新ブランドの立ち上げは、安本酒造170年の伝統を守り続けるための新しい挑戦であり、安本さんはこれまでの酒造りや売り方を根底から見直し、データや時流を重視しながら改良を繰り返してきた。
話題性を強める商品ラインアップ
「白岳仙」は現在、純米酒、純米吟醸、純米大吟醸のレギュラー商品5種に加え、年間を通して季節商品を販売しており、そのラインアップは約15~20種類とかなり豊富だ。日本酒の季節商品は冬から春にかけての新酒や、一度火入れして貯蔵した日本酒を秋に出荷する「ひやおろし」などが一般的だが、「白岳仙」では桜の開花時期や、越前がにが解禁になるシーズンに合わせて季節商品を発売。福井のキラーコンテンツである桜や越前がにを活かす売り方で話題を集めた。
「白岳仙」はこれまで国内線ファーストクラスの機内酒に2度も選ばれ、フランスの日本酒品評会でhは、通算8回連続プラチナ、金賞を受賞するなど国内外で高い評価を得ている。
オール福井の酒造りをブランドに

その「白岳仙」の酒瓶には、2022年から福井県産の酒米だけを使っている証である「FUKUI RICE ONLY」のマークが添えられている。安本さんが全量福井県産の酒米での酒造りにこだわったのは、今の時代にプラスアルファの差別化を図るためだった。「現代は美味しい酒が当たり前になりました。それにプラスして安本酒蔵は何を表現するか、長い間考えてきました。そして、福井の水と米、そして風土で醸すオール福井の酒造りにたどり着いたのです」
極限にクリアでライトな味わいを目指して
安本酒造が使用する福井県産の酒米は「五百万石」と「吟のさと」。五百万石は福井県が主要産地の一つとして知られるが、「吟のさと」は九州で開発された酒米で、ここにたどりつくまでには山田錦や雄町(おまち)などさまざまな酒米で試験醸造を行った。「吟醸酒用に米を磨き上げる高精白に耐えられる米で、この地に適した栽培のしやすさやコスト面で最も適していたのが『吟のさと』でした」。吟のさとは九州から苗を福井に移植し、地元の農家に特別栽培を依頼して10年が経つ。近年では、夏場の高温にも耐えうる品種としても注目を集めている。
麹作りの工程をクリーンに

安本さんが酒米を2種類に限定しているのは、「まずは使う米を絞り込み、その米に適した酒造りをマスターする」ためだという。その論理的でクリアな思考は、「これからの日本酒に必須なのはライトな味わい。それを安定して出荷するため、試行錯誤を続けています」と安本さんは語る。
よりクリアな味わいを目指して
「うちの蔵で使っている地下水はミネラルが豊富な中硬水で、酵母の働きが活発になりアルコールが促進されやすい。それをいかにほどよくコントロールするかに細心の注意を払っています」
「白岳仙」ブランドで新市場を目指す

安本さんが「白岳仙」を立ち上げて純米酒や吟醸酒の酒造りを始めたころ、それまで出荷の実績がなかったことから、販売面でもまさにゼロからのスタートだった。品質管理にこだわる酒販店の情報を雑誌などから集めたり、ほかの蔵元に紹介してもらい、県外にも出て1件ずつ取引先を開拓していった。そして、そのフロンティア精神は今海外に向かおうとしている。現在、安本酒造は出荷量の約1割をアジア向けが占めるようになっており、今後はヨーロッパやアメリカへの進出も見据えている。
最近では、「アッサンブラージュ」に着想を得た純米大吟醸酒や、味が引き立つ「白岳仙」専用のオリジナルグラスも開発した。こうした日本酒をグローバルにする新提案はさらに「白岳仙」のブランド価値を高め、その名を世界に轟かせるに違いない。