「いわて短角牛」のおいしさを追求し魅力を発信する「柿木畜産」/岩手県久慈市

日本では肉専用牛(和牛)として黒毛和種が多く飼育されているが、岩手の県北では日本短角種である「いわて短角牛」の飼育が盛んだ。放牧や自然交配・分娩の飼育スタイル、赤身主体の肉などが特徴で、久慈市山形町で飼育・生産している柿木畜産では、味の追求と魅力発信に情熱を傾けている。

目次

いわて短角牛の歴史と特徴

かつて岩手を含む旧南部藩領では、農耕用や運搬用、有機肥料の確保のために、在来種の南部牛が飼育されていた。足腰が強く粗食に耐えられる南部牛は山地での放牧が可能で、飼育に手間がかからなかった点も重宝されたようだ。特に、平らな土地が少なく夏も涼しい岩手県北地域では農作物の収穫量が不安定だったため、いざというときの「販売用」として育てる農家も少なくなかったという。

春から秋までは放牧し、交配も分娩も自然のまま

しかし、時代とともに南部牛の役割は縮小していく。そこで南部牛を肉用品種に改良しようと、アメリカ産ショートホーン種などを掛け合わせ、誕生したのが「いわて短角牛」である。肉牛として少しでも価値を高めるためには大型化が必要で、南部牛同様に飼育に手間のかからない放牧で育てたかったことから、大型で放牧に適していたショートホーン種が選ばれたのだった。

短角牛の特徴のひとつが、春から秋にかけては山に放牧し、冬は牛舎で育てる「夏山冬里方式」という飼育スタイルだ。この地域でもともと、南部牛を飼育していた農家は畑作なども行なっており、春から秋にかけてはその作業に集中したいので、自宅や畑のそばに放牧していた。短角牛を数多く飼育することになってもやはり他の農作業がありそれに集中したいため、夏は、より草の多い山に放牧し、草が枯れる冬は山から下ろすのである。もちろん、この飼育スタイルは牛にとっても良い。3月頃に生まれた子牛は、春から秋にかけて母牛と一緒に高原に放牧されて無農薬の牧草と母乳でのびのび育つことができる。また、放牧地では母牛が種牛との自然交配により妊娠し、3月頃に牛舎で出産。この自然交配・自然分娩も短角牛の特徴だ。

一方、放牧地から牛舎に移った子牛は、出荷に向けた「体づくり」のため飼料などで育てられる。飼料の内容は農家や産地によってさまざま。それによって味などの肉質が変わるので、生産者の腕の見せどころといえる。

短角牛は出産が年1回なので、一年を通して出荷できるよう、農家では出荷時期を「月齢22〜30ヶ月」と幅広く設定している。月齢の違いによる肉質の違いはあるものの、総じて肉は、脂肪分が少なくアミノ酸が多い赤身。そのため食べ飽きず、噛むほどに旨みが楽しめると、レストランのシェフや牛肉を食べ慣れた人からの評価が高い。

国産飼料と放牧で、「ここでしかなり得ない味」に

柿木敏由貴さんは、岩手県北の久慈市山形町で短角牛を生産している柿木畜産の二代目だ。小さい頃から親の仕事を見て育った柿木さんは、高校卒業後、家業を継ぐことを前提に岩手県立農業大学校へ進学。そこで初めて、短角牛以外の牛の飼育法を知り、放牧や自然交配・分娩で健康的に育つ短角牛の魅力を再認識した。

国産飼料は安全、味、環境にプラス

以来30年以上、柿木さんは「短角牛一筋」で飼育・生産に励んでいる。牛舎のそばに子牛が自由に運動できるスペースを設置したり、晩秋に一部の母牛を標高の低い山に放牧するなど、より健康的に育てる工夫も欠かさない。

そんな柿木さんの飼育・生産方法の「肝」というべき点が、国産100%の飼料だ。当初は輸送中や貯蔵中の病害虫予防として輸入農産物などに使われている「ポストハーベスト農薬」を避けることが目的で、輸入飼料を国産に変えたのだが、安全性が高まっただけでなく肉の味も良くなった。しかも輸入飼料よりも為替変動の影響はずっと少なく、輸送のエネルギーが不要なので二酸化炭素の削減にもつながる。柿木さんは「国産飼料をもっと突き詰めよう」と研究を開始。その結果、現在はフスマ(小麦の皮)、小麦、大豆などを使った自家配合飼料を使っており、それ以外にも国産の丸大豆や干し草、地元産飼料米、自家栽培の飼料用トウモロコシなどを与えている。

「うちの肉は、赤身の旨みの余韻が長く、臭みがなく、すっきりした脂が特徴」と柿木さん。そうした特徴は飼料の種類や量、与えるタイミングがつくりだすもので、例えば自家栽培の飼料用トウモロコシは実だけでなく葉や茎も一緒に与えることで、「すっきりした脂」を生み出しているのだという。

もちろん、飼料を与える前の「放牧」も肉質にとっては重要なポイントのひとつで、最初に草を食べさせることで牛の胃や内臓が丈夫になり赤身肉のベースができる、とのこと。ちなみに柿木畜産の主な放牧地は標高700mの高原で、その牧草は、海からの北東風「やませ」によりミネラルを豊富に含む。柿木さんの短角牛は、山形町の土地や風土、牧草や飼料による、「ここでしかなり得ない味」なのだ。

繁殖から販売まで「本気の取り組み」を伝える

柿木さんは現在、110頭の繁殖用牛と年間70頭の肥育用牛を育てている。牛の畜産農家は繁殖農家と肥育農家に分かれているケースが多いなか、両方に携わる理由として「子牛が手に入りにくくなっているので、確実に手に入れるため」と説明する。さらにハンバーグや生ハムなど無添加の加工品づくり、飲食店への卸売り、ECサイトでの直販も展開。「短角牛のすべてに関わっている」ことを自負する。

生産方法を理解してくれる契約先のみに販売

それでも、短角牛農家として抱える課題は少なくない。最大の課題は、短角牛の肉の単価が低いことである。日本の肉用牛の0.5%以下という希少な牛の肉であるにもかかわらず知名度が低いため、黒毛和牛の半額ほど。さらに、出産が年1回である点も生産農家の経営を難しくしており、黒毛和牛を一緒に飼育したり、黒毛和牛の飼育に切り替える農家が多いそうだ。

そんななかで柿木さんが短角牛だけを育てているのは、「本気で取り組んでいること」を販売先や消費者に伝えたいからだという。実際、柿木畜産のECサイト以外の販売先は、柿木さんの生産方法や想いを理解・共感したうえで契約している飲食店や安全性重視の食材の大手宅配サービス会社である。

柿木畜産の、そして岩手の短角牛のファンづくりへ

さらに柿木さんは、独自に「CSA(Community Support Agriculture)」にも取り組む。これは消費者が、生産物への先払いや農作業の参加などで生産者を継続的に支える仕組みのこと。柿木さんは会費制の「短角牛大好き倶楽部」というコミュニティをつくり、会員の消費者へ商品を発送するほか、牧場ツアーや都内でのバーベキューミーティングなどで短角牛の魅力発信や消費者との交流を図っている。

この活動は、柿木畜産だけでなく岩手の短角牛自体のファンづくりにつながると柿木さんは考えている。何より牧場を見てもらうことで、岩手のテロワールの素晴らしさを感じてもらえるはずだ。本州一広い県土を持ち、内陸部の大部分が山岳丘陵地帯である岩手は、自然が豊かで放牧に適している。また、暑さに弱く寒さに強い牛にとって、夏も涼しい岩手の山は快適な場所であり、そうした自然環境を最大限生かした飼育スタイルで育てる短角牛は、岩手の文化ともいえる。一方、柿木さんにとって短角牛は子どもの頃から身近な動物であり、家族の生活を支える特別な存在だった。だからこそ牛たちが広い牧野でのびのびと過ごしている光景は、昔も今も宝物なのだ。そんな大好きな短角牛とその放牧風景の存続を願い、柿木さんの取り組みは続く。

ACCESS

柿木畜産
岩手県久慈市山形町小国8-14-5
TEL 0194-75-2649(牛舎)
URL https://www.city.akita.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/002/728/h31tour.pdf
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