2016年に開催された伊勢志摩サミット。それをきっかけに、その名を日本ばかりでなく世界中に知られるようになった三重県賢島(かしこじま)にある「志摩観光ホテル」は、真珠で有名な英虞湾(あごわん)を望む老舗ホテルだが、開業から約70年経った現在も、訪れる人を魅了し続けるその理由は如何に。
世界の首脳陣をもてなした極上の空間
「志摩観光ホテル」は、広島の世界平和祈念聖堂などでも有名な建築家・村野藤吾氏が設計した「ザ クラシック」、全室がスイートルームというハイエンドな造りになっている「ザ ベイスイート」、そして客室機能はないが開業当時の佇まいを現在に残す、このホテルの要とも言える「ザ クラブ」の3つの建物からなるリゾートホテル。どの建物も訪れた人を惹きつける素晴らしい個性がある。
ホテルがあるのは三重県志摩市の英虞湾内に浮かぶ「賢島」。100人ほどが生活する、約68ヘクタールの小さな島だ。そのサイズは東京ディズニーランドくらいの広さで、1時間あれば島を一周できてしまうほど。
その昔、潮が引けば陸地から島まで歩いて渡れることから「徒越え島(かちこえじま)」と呼ばれていた。それが次第に訛り「かしこじま」になったと言われてる。英虞湾を眼前に臨むロケーションはとても美しく、かつての首相·安倍晋三氏も「大小の島々、美しい入り江。日本の原風景とも言える自然があり、日本のふるさとの情景が楽しめる場所」と称賛した。
そんな賢島に佇み、その美しさを“おもてなし”という形で日本、ひいては世界へ発信してきた伊勢志摩ホテル。2016年にG7 伊勢志摩サミットが開催された際には、サミットの会場となり、アメリカのオバマ大統領は「ザ クラシック」に、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領、カナダのトルドー首相、イタリアのレンツィ首相、英国のキャメロン首相は「ザ ベイスイート」に宿泊した。
昭和天皇や小説家山崎豊子氏からも愛されたホテル
「ザ クラシック」は志摩観光ホテルの本館。開業以来、多くの著名人が訪れ、その数だけストーリーが生み出されてきた、同ホテルの核だ。1951年には昭和天皇が戦後の復興状況視察のため伊勢志摩まで訪れ、同ホテルに宿泊。「いろづきし さるとりいばら そよごの実 目に美しき この賢島」(色づいた さるとりいばらの赤いそよごの実のように英虞湾を望む景色が美しい)と賢島の美しさを詠んでいる。その後、昭和天皇はこの施設を大層気に入られ、生涯で5度も宿泊されたという。こうした逸話もあり、皇室関係者や海外の要人なども数多く利用してきた同ホテルは三重県を代表する施設となっていく。小説家の山崎豊子氏も1955年から2007年にかけて、度々ここを利用。代表作である「華麗なる一族」の「陽が傾き、潮が満ちはじめると、志摩半島の英虞湾に華麗な黄昏が訪れる。」という冒頭文の情景は、この場所だろう。山崎豊子氏が当時、執筆に使用していた机や椅子は現在、「ザ クラブ」に展示されている。文人たちが残した軌跡に思いを馳せ、このホテルが歩んできた歴史の奥行きを感じることができる。
全室が約100㎡以上のスイートルーム
一方、2008年に新たに誕生した「ザ ベイスイート」。館内に足を踏み入れると、同地の特産品である真珠があしらわれた大きなオブジェが出迎えてくれる。足を進めていくと、ロビーだけではなく、壁や案内板、エレベーターの手すりまで、いたるところに真珠があしらわれており、まるで物語のワンシーンのように美しい。また、上品な香りも漂う。ガーデンローズやジャスミンなどにムスクを加え、気品のある、 爽やかさの中に高級感を感じる香りで、訪れる人の心を癒やし、上質な大人の空間を演出している。
共有スペースももちろん素晴らしいが、特筆すべきは全室がスイートルームという客室だろう。「ロイヤルスイート」や「コーナースイート」「スーペリアスイート」をはじめ、専門の施術スタッフによるスパトリートメントの施術が受けられる「スパスイート」、まるで邸宅にいるかのようにくつろげる「FUTONスイート」など、どのタイプも100㎡以上の広々した空間で、リビング、ベッドルーム、バスルームが独立。その開放感とラグジュアリーな雰囲気の中、極上の滞在を堪能できる。
その場所を使う人の気持ちを考える建築家、村野藤吾氏
志摩観光ホテル(現在の「ザ クラシック」「ザ クラブ」)の設計者は、日生劇場(東京都)や迎賓館本館(旧赤坂離宮)、大阪新歌舞伎座(大阪府)、世界平和記念聖堂(広島県)などの作品を残し、建築家として高く評価されている村野藤吾氏。歴史的にも価値がある建物として建築の分野でも広く紹介されている。志摩観光ホテルは、和風、欧風、モダニズムとすべての建築スタイルが調和しつつ、オリジナリティーも持ち合わせる建築。村野氏は建物だけでなく、ホテル内の家具のデザインも手掛けるなど、ディテールまでこだわっている。そのこだわりは様式美に留まらず、使いやすさ、心地良さも追求されている。
例えば、旧館の2階へと続く階段には、階段を降り終わる前に踊り場があるのだが、踊り場があることで、階段を降りる際に一息つくことができ、降り終わってからもスムーズに歩き出せる、と村野氏は考えた。また、階段の手すりを直角や直線で終わらせずに曲線にしたり、あえて一部を前に出すことで建物のなかに“繋がり”を作り、空間に連続性を持たせることが村野氏の表現するモダニズムであり、その空間を使う人の気持ちを考えて設計されていることが感じ取れる。
随所で感じる伝統工芸と物語を感じられる絵画たち
各部屋を彩るプロップスにも目を見張る。伊勢志摩サミット時にオランド大統領が宿泊したロイヤルスイートルームには、書家の甫田鵄川(ぼたしせん)氏による書「松風拂俗塵(まつかぜぞくじんをはらう)」の掛け軸と生け花が飾られている。オバマ大統領が宿泊した客室には村野藤吾氏デザインの椅子やテーブル、シャンデリアなどの家具が開業当時のまま備え付けられていた。もちろん同室は、一般の宿泊者も利用することができ、偉人たちが過ごした空間、同じ景色を体感しながら過ごす宿泊プランも用意されている。
また、ホテル内には伊勢志摩サミット開催時に使用されたサミットテーブルが現在も残されており、実際に座ることもできるので、サミット当時の雰囲気を感じられるのもおもしろい。
総料理長の思いが詰まった海の幸フランス料理ディナー「ラ・メール」
志摩観光ホテルの総料理長を務めるのは、伊勢志摩サミットのワーキング・ディナーでも総指揮を任された樋口宏江シェフ。「御食国伊勢志摩ならではの美味を驚きとともにお届けしたい」との思いをもって各国首相陣をもてなした。ワーキング・ディナーでは伊勢海老、鮑、松坂牛と、地元三重の食材をふんだんに使い、会議中も食べやすいよう鮑をスライスするなどの工夫もした上で料理を提供。
なんと、サミット時のメニューは「伊勢志摩サミット記念ディナー」として、現在でも宿泊時に食べることができる。
“海の幸フランス料理”と称され、世界中のグルマンの舌を唸らせる樋口シェフの料理。先々代の総料理長の頃から受け継がれる伊勢海老クリームスープや鮑ステーキなどといった志摩観光ホテルを代表する伝統的なメニューをはじめ、伊勢志摩の自然や旬の恵みを活かした料理の数々は、伝統の味と伊勢志摩の食材、文化、生産者たちの思いの融合を心ゆくまで堪能できるホテルの名コンテンツだ。樋口シェフは、実際に漁港などに赴き、生産者と触れ合うことを大切にしている。触れ合いのなかで感じたインスピレーションは、地域に根ざした文化や歴史的背景を含めた料理を考え出す源になっているという。
館内には、このほかに伊勢志摩の四季折々の素材の味を生かした和を味わえる「浜木綿」、三重県の海の幸、里の幸、山の幸を目の前で焼き上げる鉄板焼きの「山吹」など、伊勢志摩の恵みを楽しむことができるレストランが揃う。
伊勢志摩サミットの面影を感じながら、内外から楽しむ志摩時間
ホテルから少し足を伸ばせば、周辺には伊勢神宮や横山展望台、志摩スペイン村、大王埼灯台、安乗埼灯台といった観光名所が点在している。
しかし、それらの観光名所に勝るとも劣らない、歴史やストーリーを持つ志摩観光ホテル。ディテールまでこだわった美しい空間と、長い歴史が育んできた極上のおもてなしで提供する滞在体験は “志摩時間” と呼ばれ、要人や文化人までも魅了する。
美食や文化、歴史が紡いできた幾千通りの過ごし方、楽しみ方は一度の滞在では味わいつくせない。だからこそ、また訪れたくなるし、訪れる度に新たな志摩時間を味わえる。唯一無二と言っても過言ではないほどの素晴らしい宿泊体験こそ、長きに渡り “シマカン” の愛称で親しまれる所以。これから先、志摩観光ホテルの魅力は、より一層厚みを増し、多くの人に素晴らしい志摩時間を提供してくれることだろう。