フランスの伝統製法を日本で体現する池野美映さん「ドメーヌ ミエ・イケノ」/山梨県北杜市

フランスの伝統製法を日本で体現する池野美映さん「ドメーヌ ミエ・イケノ」/山梨県北杜市

豊かな自然環境と日本一の日照時間に恵まれた八ヶ岳南麓。ブドウ栽培に最適な気象条件を求めて続々とワイナリーが増えている山梨県北杜市に、2011年に醸造所「ドメーヌ ミエ・イケノ」を構えた池野美映さん。思わず深呼吸したくなるような開放感抜群のロケーションに魅せられた池野さんが造り出すワインとは。


心穏やかにブドウと向き合える場所



どこまでも続く澄んだ青空の下、丘一面に広がるブドウ畑には、太陽の光をたっぷり浴びて育ったたくさんのブドウが収穫の時を待つ。大粒で張りがあり、大地の力が漲るかのようなブドウを優しい眼差しで見つめる池野美映さんは「自社畑100%のブドウで高品質なワインを造りたい」と、2007年に北杜市小淵沢町の畑に6300本の苗木を植えた。4年後、ブドウの樹にようやく小さな房がつき始めたのを機に、ワイナリー「ドメーヌ ミエ・イケノ」を建てた。「ドメーヌ」とはフランスのブルゴーニュ地方で使われている言葉で、ブドウの栽培から醸造、販売までを一貫して行う生産者を指す。


醸造所の目の前には空へと伸びるようなブドウの垣根、その先には南アルプスがそびえる。圃場からは八ヶ岳や秩父連山、富士山、晴れた日には北アルプスまで、ぐるりと360度日本の名峰が望め、時には眼下に雲海が広がることも。「この場所が一番自分にフィットした。心が落ち着くし、ここならブドウを丁寧に扱えると確信した」と池野さんは微笑む。


耕作放棄地を開墾してできた3.6haの畑は、標高約750mで水はけの良い火山灰土壌の傾斜地。国内でトップクラスの晴天率を誇る八ヶ岳南麓のこの地区は、山から吹き抜ける「八ヶ岳おろし」のおかげで空気の流れが良く、たっぷりと陽光が降り注ぐ。日照時間が長いためブドウが健全に育ち、雨量が少なくて昼夜の寒暖差が大きいため、果実の味わいが濃厚になり糖度も上がる。全て垣根仕立てにするのも「1本の樹に実る房の数が制限されるので、棚栽培より果実の凝縮感が生まれる」という。



樹が育ちやすいふかふかの団粒土壌にするべく、除草剤は使わずに草生栽培でこまめな草刈りを行う。もちろん化学肥料も不使用。山梨県馬術競技場をはじめ、乗馬クラブや牧場が点在し「馬の街」として知られる小淵沢町。手に入りやすい馬糞を堆肥に利用し、土壌中の微生物がより活発になるよう、秋になれば施肥をする。健やかにのびのびとブドウの樹が根を伸ばせるような環境づくりを心がけている。


栽培しているのは、池野さんが心底惚れ込んでいるシャルドネ、ピノ・ノワール、メルローの3品種のみ。泥のはね返りや湿気から守るために果実の位置を高めに仕立て、腐敗や病気の予防策に手作りのレインプロテクションを取り付けた。手作りの雨除けは小さいながらも抜群の効果を発揮している。

収穫前にはこまめに実をチェックし、傷んだ粒は一つひとつ手作業で取り除いて綺麗な果実のみを使用する。「この土地の気候に合わせて、次は何をするべきかをその都度即座に判断して行動していく。毎年その繰り返しです」。常に感覚を研ぎ澄ましてブドウの状態を観察している。


ブルゴーニュの伝統製法に忠実に



もともと雑誌の編集者をしていた池野さんは「私が大好きな自然と人と文化、その3つが合わさったのが自分の中ではワインだった。ワインは国や造り手によってその思想や個性が変わる難しい文化だけど、あえてそこに挑戦したいと思った」と語る。2005年にフランス国立モンペリエ大学薬学部を卒業後、日本国内で7人目となるフランス国家資格ワイン醸造士を取得し、ブルゴーニュでの勤務経験を経て帰国、株式会社レ・パ・デュ・シャを設立した。欧州やアジアの国際ワインコンクールの審査員を務めている。



凛とした美しいワインを日本で造り出したいー池野さんが創業当時から抱く揺るぎない想い。創業当時はフランスで当たり前のように使われている醸造器具が国内では手に入りにくく苦労したが、創意工夫でつくり上げた醸造所は、ブルゴーニュで昔から自然に行われてきたワインに負担をかけないグラビティフローシステムを採用。機械を使わず重力を利用して果汁を落としていく方法は、ブドウの個性を損なわずに品質を保持しながら醸造できる上、常にブドウを優しく丁寧に扱う池野さんの理念に合致していた。一般的にタンク投入後の作業はポンプを使うことが多いが、池野さんは最後のボトリングまでグラビティフローで行う世界でも稀な方法をとる。

衛生管理を徹底しながら、ブドウ本来のポテンシャルを引き出せるように手を加えるべきタイミングを見極める。「人工的なことをなるべく減らし、ブルゴーニュの古式ゆかしい製法を再現したかった」と語る。



その製法は3品種ともしっかり樽で寝かせる長期熟成のワイン造り。特にピノ・ノワールとメルローは2~3年は樽熟成を行う。ブルゴーニュの伝統的な手法に忠実なのも「伝統は裏切らないから」ときっぱり。脈々と受け継がれてきた伝統製法は大勢の人の手によって築き上げられてきたもの、現代まで続いているのはその伝統が間違っていないからーと池野さんは信じている。「私のやり方は300年前のような古い製法だけれど、全身全霊をかけて受け継がれてきた伝統や先人の知恵を私もつないでいきたい」。


記憶を呼び起こすような寄り添うワインを



ワイナリー設立当初は「凛とした優雅なワイン」を目指していたという池野さん。しかし長年ワイン造りに携わる中で、価値観や向き合い方が変化してきた今は「身体にそっと寄り添って馴染んでいくような、1日の最後に飲んだ時、ふッと力が抜けてリラックスしたり安心できるようなワインになれば」と話す。

醸造家・池野美映が前面に出るのではなく、「ワインが自然に語りかけてくれたらいい」と願う。その年の天候や自然環境がギュッとボトリングされて、その年を想起させるような味わいに仕上がる。「このワインをきっかけにその年にあったことを大切な人と語り合えたり、思い出の1ページにブックマークができるようなワインになれたら素敵ですね」。


ナイトハーベストから生まれた「月香」



今はしっかりと隅々まで手をかけられるようにこの一枚の畑を大切に管理したいという池野さん。時にはヘッドライトを付けて深夜にシャルドネを収穫する「ナイトハーベスト」を実施することも。ブドウは日光に当たると糖度や酸度が落ちてしまうため、夜間の気温が低い時間帯に収穫することで糖や酸、香りを保持できる。

真夜中に収穫したシャルドネを使った銘柄「月香」は、凝縮されたフレッシュな香りと透明感のある酸が持ち味のふくよかなワインに。一方、昼間に収穫したシャルドネはより厚みのあるリッチで優雅な味わいに仕上がり、収穫時間の違いはワインの味に明確に表れるという。


誰もが笑顔になれる憩いの場に



ブドウを植樹し始めてからの16年を振り返り「とても楽しかった」と笑顔を見せる池野さん。海外からのオファーに応えようと、今年はニューヨークと香港への出荷を開始、ミシュランの星付きレストランへのオンリストも始まった。精力的にワイン造りに取り組み、無我夢中で目の前の課題を乗り越えてきた池野さんは「これまでストイックにやってきたから、これから年齢を重ねるにつれてもっと大勢の人と楽しく過ごせる場を構築して、みんなが笑顔になれるような環境をつくっていきたい」とこの先を見据える。

ワインは造り手の状態によって味が大きく変化するという。ワイン「Mie Ikeno」には、八ヶ岳南麓の清々しい空気感とどこまでも穏やかな池野さんの人柄が表れている。


ACCESS

ドメーヌ ミエ・イケノ
408-0043山梨県北杜市小淵沢町下笹尾114-47
TEL 0551-45-9300
URL https://www.mieikeno.com