濃淡を計算し、塗り重ねられた漆芸
「漆といわれて、立体ものはイメージにはなかったなあ」
そういって中田がみとれているのが、松本達弥さんの作品。
何度も漆を塗り重ね、そこに彫りを入れ、立体的な装飾を施した作品だ。
「だいたい50〜60回、多いもので100回ぐらい漆を重ねて塗るんです。そして彫り込む。だから、塗るとき、彫り出したときに、どんな色具合になるか、計算しながら塗らなくちゃいけない」
中田がもうひとつ驚いたのが、これまた“漆”という言葉からは想像できない優美な色彩。
「いろいろある顔料を混ぜれば、どんな色でも出せるんですか?」
「だいたいできますね。科学の進歩で、こうやって青、紫、いろいろな色ができます」
松本さんはその漆を重ねて塗り、彫りを入れることで、グラデーションを描き出す。
先人の技に学び、表現に昇華する
実際に彫り進める作業を見学。
松本さんが彫刻刀を入れるたびに、黒く塗られた漆の器に、朱の紋様が浮かび上がっていく。
「じゃあ、これを」といって松本さんから彫刻刀を手渡され、中田も黒い板を削っていく。
同じように朱色が彫りだされていくが、やはり松本さんの描く美しい紋様には遠く及ばない。
その難しさに、中田は首を何度もかしげる。
「彫るのにも相当な技術が必要ですね。これは難しいな」
松本さんの作品は、漆のもつ美しさと科学が可能にした色彩。
そして、紋様を彫り出す人間の技術によって、作品としてできあがるのだ。
作品制作のほかに、文化財の修復作業もおこなっている松本さんは、「先人の技から学ぶことも多いですね」という。
多くの時間や、行程の積み重ねから生まれる松本さんの作品は、伝統の技を用いながら、そこに現代だからこそできる表現を実現させているのだ。