2017年に熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で結成された米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」。代表の尾方伸一郎さんを中心に、農家同士で協力して品質の高い統一ブランド米を育てることで、多良木町全体の農業を盛り上げることを目指している。
先人たちの恩に報いるために誇れる米を作りたい

“奥球磨(おくくま)”と呼ばれる熊本県球磨郡(くまぐん)の山深いエリア。そこにある多良木町(たらぎまち)は鎌倉時代初期から明治時代にかけて、武士の相良氏(さがらし)によって統治されてきた。相良氏は約700年もの長きにわたる統治の間に、灌漑(かんがい)用水路の「百太郎溝(ひゃくたろうみぞ)」や「幸野溝(こうのみぞ)」を整備。これによって領内の農業生産力が向上し、九州有数の米どころとして発展したと伝わる。
中でも「百太郎溝」は全長約18kmにも及び、完成までに100年がかかったという難関の大工事。農民総出での手掘りの最中に何度も洪水に襲われ、最終的に人柱となった百太郎の名が付けられている。「今の恵まれた自然環境は血のにじむような苦労をしてくれた先人たちのおかげ。恩に報いるためにはこの土地で米作りを続けなければ」と話す尾方伸一郎さん。「全国に誇れるおいしい米を作りたい」との思いから、発起人となって2017年に米の生産チーム「たらぎ田んぼのチカラ研究会」を結成。熊本県球磨郡多良木町の11軒の米農家で構成される会の代表として農家を取りまとめるほか、自らも米の生産を行っている。
農業を未来へつなぐには、地域全体で発展してこそ

尾方さんは代々続く多良木町の農家に生まれ、一時は地元を離れて理美容関係の営業職に就いていた。だが、インターネットや通信販売の普及とともに営業の限界を感じ、2009年に帰郷。 地元の農業法人「農業組合法人 多良木のびる」の設立に参加したことで、農家の高齢化や後継者不足などの課題に直面したという。
そこで、同法人の職員として働きながら、「自分にできること」を模索。「個人の農業を発展させるだけでは限界がある。地域全体で発展してこそ、農業を未来へ残せるはず」と考え、「たらぎ田んぼのチカラ研究会」の発起人となった。
その後、「たらぎ田んぼのチカラ研究会」では2011年頃からアドバイザーとして、米・食味分析鑑定コンクールで4年連続金賞、ダイヤモンド褒賞受賞という実績を持つ山形県高畠町の米農家・遠藤五一さんを招き、その指導のもと育苗から収穫まで細かく栽培方法を検討。化学肥料を使わず、魚粉をベースとした有機肥料を用いて、科学的根拠に基づいた栽培管理を行うなど、統一の栽培方法を確立させ、会全体で徹底して遠藤さんの教えを守ることを決めた。
コンクールで何度も優勝するブランド米「こめたらぎ」

「たらぎ田んぼのチカラ研究会」の主力品種は「にこまる」で、たんぱく質含有量7%未満、ふるいにかけて1.9mm以上のみ選別と、出荷規格を明確に定めるなど、独自の基準をクリアしたものだけを会のブランド「こめたらぎ」として出荷している。たんぱく質の含有量が低いほど、炊き上がりはふっくらと柔らかくなり、甘みが際立つ。粒の大きさを揃えると、炊飯時の熱の入り方が均一になる。これらの厳しい基準をクリアした「こめたらぎ」の米は大粒で食べ応えがあり、粘りがありしっとりとした食感、強い旨みと甘みが特徴だ。
乾燥方法にもこだわりがあり、まずは熱を加えずに一晩循環させながら乾燥させ、粒の中の水分を均一化させる。それから加熱をして乾燥させることで、全体の水分量のバラつきを防いでいる。また、デザイナーとともにブランド設計にも取り組み、ロゴやパッケージデザインにも注力。米のブランド力の向上に努めてきた。
その成果は、九州各地の自治体が米の食味を競う「九州のお米食味コンクール」(福岡県宮若市)にも表れている。2018年の第2回大会では九州163自治体の頂点に立ち、その後も自治体部門で多良木町が連覇を重ねてきた。4連覇を含む、通算で5回のグランプリ。研究会のメンバーが個人総合部門で最高金賞に輝くこともあり、にこまるの品質の高さを裏づけている。ふるさと納税の返礼品としても人気を博すなど、尾方さんは「多良木町の米の認知度が少しずつ上がっているのでは」と手応えを感じている。
日本の米作りのモデルとなれるように

「たらぎ田んぼのチカラ研究会」では、これまで規格統一のために生産者が独自の判断で統一栽培方法から逸脱することのないよう規律を設けていた。だが、近年では「にこまる」に加え、「ぴかまる」や「くまさんの輝き」といった新しい品種の栽培を認めるなど規律を緩め、会の活動の幅を広げ始めている。また、水管理にセンサーを導入したり、米の乾燥にAIによる水分管理を適用させたりと、新しい試みにも積極的だ。会の目的は「多良木町での米の生産を次の世代へ受け継ぐこと」であり、そのためには時代に合わせて変化を続けることが必要だと考えているからだ。
尾方さんは「会を通してたくさんの方に多良木町の米を届けていれば、15年後には“多良木町の米”が世の中で知られる存在になるはず」と信じている。成功すれば会の活動が日本の米作りのモデルとなることも可能となり、さらには“多良木町の米”の認知度が“多良木町の農産物”を広める助けとなるはず、とも。
「先人たちがこの土地の農業のために拓いてくれた百太郎溝。度重なる洪水で堰は幾度となく流され、完工までに約100年を要したと言います。つまり、一代でなく、何代にも亘って築かれてきた、地域の宝とも言える用水路なんです。私たちの生活は、その上に成り立っていることを忘れてはいけない」と尾方さん。多良木町という土地が持つチカラを最大限に引き出し、次世代に受け継ぐために、町の過去と未来を見つめ続けている。



