香りを磨き、山を守り、酒を夢見る。「鳥飼酒造」鳥飼和信さん/熊本県人吉市

朝露に濡れた野花のように、みずみずしく、澄んだ香りがする米焼酎がある。口に含むとやわらかな甘みが広がり、そして霧のようにスッと消える。造り手の鳥飼和信さんは約10年の月日をかけ、他の米焼酎とは一線を画す味わいを導き出した。その酒の名は「吟香鳥飼(ぎんかとりかい)」という。

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24歳でUターンし、400年続く酒蔵を継ぐ

熊本県の南端にある人吉球磨(ひとよしくま)地方。九州脊梁山脈(きゅうしゅうせきりょうさんみゃく)に囲まれた三日月型の盆地で、夏は蒸し暑く、冬は一帯が濃い霧に包まれる。美しくも険しい山々からは良質な水が湧き出し、日本三大急流の球磨川となって盆地の中央を流れ下り、その流域に肥沃な土壌と豊かな水資源をもたらしてきた。盆地特有の寒暖差の大きな気候と豊穣な土地は熊本でも有数の米どころとなり、この米から造る焼酎「球磨(くま)焼酎」は約500年の歴史を誇る。

1949年、鳥飼和信さんは人吉市で400年続く球磨焼酎の酒蔵「鳥飼酒造」に生まれた。鳥飼家は平安時代に京都から移ったとされ、江戸時代には醸造酒、焼酎、酢、味噌、醤油などを製造していた記録が残る。

鳥飼さんは7人きょうだいの末っ子で、地元の高校を卒業後は画家を目指して東京で暮らしていた。酒蔵は次兄が継いでおり、自身が家業に関わることは考えてもいなかったのだ。ところが1973年、24歳の時に、長兄から父親が病に倒れたとの連絡を受ける。この時、家業を継いだ次兄も蔵の経営不振によりその職を退いており、誰が次兄に代わって蔵を守っていくか、兄弟それぞれが別の道を歩んでいる中で、最終的に白羽の矢が立ったのが鳥飼さんだった。こうして鳥飼さんは、​​思いがけず家業を継ぐこととなった。

吟醸香を手がかりに新たな焼酎の開発を目指す

祖父の代には当時37軒あった球磨焼酎の酒蔵の中で5番目の大きさであることにあぐらをかいていた家業は、味や品質、販路開拓などで切磋琢磨する周囲の蔵の勢いに押されていつしか経営が厳しくなっており、鳥飼さんが継いだ頃には34軒中の最下位となっていた。早朝から夜中まで休みなく働き、蔵を維持するために働く毎日が始まった。精米から製麹、仕込み、瓶詰め、空き瓶回収まで何でもやった。

だが、頑張った分だけ売り上げが増えるとは限らないのが商売だ。狭い盆地内での価格競争は年々激しくなり、鳥飼さんは生き残りをかけて消費者への直接販売に踏み切った。さらに、1980年前半に起きた第二次焼酎ブームで、大手との競争も激化。代々造っていた米焼酎「清球(きよたま)」は鑑評会で1位を取ったこともあるが、突出した個性がなく、他の酒蔵の商品に埋もれてしまっていた。そこで、鳥飼さんは新たな焼酎の開発を決意した。

開発の手がかりとしたのは吟醸香。日本酒の酵母の発酵中に生成される果実や花のような香りの元となる成分。それを日本酒の業界では吟醸香と呼ぶ。

「香りは味わいであり、酵母菌の醸し出す香りを蒸留酒に出来ないか」と蒸留家たちが考えた時代だった。以来、古文書や論文を読み解き、名工と呼ばれる杜氏や研究者たちを訪ね歩いて、研究と実験を繰り返した。実験が成功したと思っても、よくよく確かめると理想とする香りとは違っていたり、再現ができなかったり。ようやく求める焼酎が完成したのは1994年。開発を決意してから約10年が経っていた。

再生させた自然の中で新しい焼酎を追い求める

完成した会心の作の焼酎は、自身の氏を冠して「吟香鳥飼」と名付けた。米を58%まで磨き上げた吟醸麹と自家培養の酵母から生まれる吟醸香。他に類をみない印象的な味わいの焼酎として「吟香鳥飼」は発売からすぐに注文が殺到し、1996年のモンドセレクション国際食品コンクールではジョニーウォーカーと並んで特別金賞を受賞した。

この反響を受け、鳥飼酒造は「吟香鳥飼」1銘柄に絞り販売を開始。こうすることでブランディング力を高め、人気を落としていた旧銘柄のネガティブも払拭できると考えた。だが、「吟香鳥飼」の完成から約30年、鳥飼さんはまた新しい焼酎を追い求め続けている。その転機となったのが「草津(そうづ)蒸留所」と「斧研(よきとぎ)麹蔵」の竣工だ。

草津蒸留所は、人吉盆地に僅かに残されていた清流である草津川流域に産業廃棄物処理場の計画があることを聞かされ、それをストップさせるため2000年に150haの山林を買い取った。

そして 、過度な森林伐採や土石流で荒廃していた自然を5年がかりで再生させたのだ。会社の事業の一環として、石を積んで護岸を築き、廃木や落石を搬出し、広葉樹を植えて清流を取り戻した。そして2005年、草津蒸留所が完成した。続いて2012年、耕作放棄地と山林を整地した15haの土地に斧研麹蔵が完成する。

鳥飼さんはこれらの取り組みに踏み切った理由を「環境の手入れを含むすべてが酒造りである」 と話す。山林と川を蘇らせ、清らかな水を生み出すことが、酒の品質の向上を目指す上で避けて通れない命題であるとの考えだ。今はこの2つの建物で「吟香鳥飼」のブラッシュアップと製造を続けるとともに、新しい焼酎の試作も行っている。かつては蔵の看板商品だった「清球」も、今の時代にそぐわせる形で再生産ができないかと思案している。

夢にまで見る“どこにもない酒”

鳥飼さんが案内してくれた草津川は、かつて荒廃していたとは思えないほど清らかだった。蒸留所でタンクを洗浄した水は、域外の施設に持ち出して処理している。米は麹蔵で洗ってから、蒸溜所へ運ぶ。手間としか思えない作業を繰り返すのは、たとえ浄化したとしても排水を草津川に流したくないとの思いからだ。目の前の清流はこうした選択の積み重ねによって守られているのだと実感する。

鳥飼さんはこれまで酒造りや自然との関わり方を感覚だけで決めるのではなく、あらゆる事象を読み解き、多角的に考え抜き、そして信念を曲げることなく前に進んできた。

「酒の優れたところを全て持っていて、どこにもない酒。そんな酒ができた夢を見て、眠りから覚めることがある」。

鳥飼さんが追い求めているのは、単なる「新しい酒」ではないのかもしれない。人吉球磨の風土と自然、人の営みや概念までもを宿した、時空を超えた一滴なのだろう。「完成はそう遠くないと思いますよ」。鳥飼さんの朗らかな声が、奥山の澄んだ空気の中に溶けていった。

ACCESS

株式会社 鳥飼酒造
熊本県人吉市七日町2
TEL 0966-22-3303
URL https://torikais.com/
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