やんばるの自然の中で俳句のように生まれる器。「螢窯」山上學さん/沖縄県大宜味村

「小学生の頃、土器のかけらを見つけては組み合わせていくのが楽しかったんです。それがルーツ」。そう話すのは、沖縄県大宜味村田嘉里(たかざと)で「螢窯(じんじんよう)」を営む山上學さん。日本各地を巡り、やんばるの山の麓で見つけた「自分のかたち」とは。

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探し続けた場所

沖縄自動車道の北の終着点許田ICからさらに北へ車で45分ほどの“やんばる”と呼ばれる自然豊かな場所に、山上さんの工房「螢窯」と併設の「ギャラリーTATI」はある。

大阪府出身の山上さんが陶芸家を志すようになったのは、幼い頃に家の近所で土器のかけらを見つけたことがきっかけだった。その原体験を境に土や焼き物への関心を深め、進路として陶芸の道を選ぶようになった。

少年時代の山上さんにとって、土器拾いは自転車や野球と同じくらい夢中になれる遊びだった。万博開発に沸く造成地を掘り起こすたび、土の中から古い土器が顔を出す。はるか昔に人の手が触れた痕跡が現れる瞬間に、胸が高鳴った。高校に上がる頃には博物館で世界各地の土器を眺めるのが習いとなり、「陶芸家とはどんな仕事なのか」と漠然と思い描くようになる。

打ち込んでいた野球での進学も考えたが、どこかで限界を感じていたし、美術大学という道もあったものの、受験デッサンに明け暮れる世界は自分には合わないと感じていた。そんなとき、美術に明るい父の縁で一人の陶芸家を訪ねると、「美大を出なくても陶芸家にはなれる」と背中を押された。こうして山上さんは、必要な技だけを求めて産地を渡り歩く道を選ぶ。愛知・瀬戸の窯業訓練校でろくろを学び、京都で釉薬と清水焼を、さらにウィーン工房の流れを汲む学校で研鑽を積んだ。

そうして腕を磨いた山上さんは、茨城県にある笠間焼の製陶所に勤務し、27歳で独立。その後、栃木県の焼き物の産地である益子を経てこの地に移り住んだのは、2004年のこと。北海道から九州・沖縄まで焼き物の産地を巡り、45歳の頃にようやく辿り着いた場所だった。

沖縄の焼き物「やちむん」といえば、厚みのある形状や躍動感のある絵柄が特徴で、中でも那覇市壺屋で古くから作られる「壺屋焼」はやちむんの代名詞。「壺屋焼は独自の伝統的な作り方をするので、興味はあったけど」。そう話す山上さんがやんばるまでやって来たのは、伝統的なもの作りではなく自分のオリジナルのもの作りを目指したから。自然や光のトーン、独自の文化、部落ごとの風習や行事やに魅了され、やんばるの地でのもの作りがはじまった。

環境がものを作っていく

それまで笠間焼や益子焼きなどに携わってきた山上さんも沖縄に来た当初は、益子焼きやいわゆるやちむんをイメージさせるオーソドックスな作品を作っていた。「でも、こっちにきたらグリーンとか海の色を再現したくなったんです。“用の美”の逆があってもいいんじゃないかと思って」と、海の美しさや、きれいな夕日など感じたものを“用”(使い勝手や実用性)に落とし込むように、作品に変化が生まれた。

「環境がものを作っていくんだと思うんです」。その言葉には、かつて松尾芭蕉が日本各地の美しい風景や名所を旅して歩き、その地の自然を感じ俳句に残したのと相通じるものがある。「陶芸作家として技術ばかりを極めるのではなく、自然を見て感じたものを表現するための技術を極めていく。それがたまらない面白さですし、それこそが健全なもののつくり方だと思います」。自然を感じ、かたちに残す、山上さんの見つけたもの作りの姿だった。

縄文とサンゴの掛け合わせ

山上さんの器作りは、海へ貝やサンゴのかけらをとりにいくところからはじまる。そして沖縄の土と美濃や信楽などいくつかの土をオリジナルの配合でブレンドした土でベースとなる器を作り、その表面に拾い集めた大小のサンゴのかけらをおしつけるように模様を付けていく。それはまるで縄文土器のような作り方だ。

「縄文とサンゴを掛け合わせたらおもしろいと思ったんです」。縄文土器は縄を編み、土器の表面に縄をおしつけていくことで紋様を付ける。また縄で抑えることによって土を締め、割れにくくする効果もあるのだという。山上さんは沖縄の土だけで作るよりも厚みを抑えたベースの器に、縄ではなく貝やサンゴを使ってひとつずつ模様をつけ、締めていく。

制作している時にイメージしているのは海の中。サンゴによって生まれたランダムな模様が、瞬く間に表情を変える自然界の美しさと儚さを映しだす。また、そこに金属製の細い筒を使って細かなバブル模様を感覚的に付け加えていく。少しだけ人工的な道具を使うことによって、まるで化学調味料のようによりリアルに作用する。

そして最後に、模様の一つひとつに筆で顔料を塗っていく。焼き上がりを想像しながら色の置き方や濃淡を変え、そうして山上さんの作品ができあがる。

やんばる焼き

やんばるの地に移り住み、作品を作るようになって20年あまり。「やっと形になってきた」と話す山上さんの作品は沖縄の美しい海を想起させ、ギャラリーTATIや同ギャラリーのある大宜味村にて年に一回開催される「いぎみてぃぐま」などの工芸市で山上さんの作品に触れた旅行者にも反響が大きい。「人に喜んでもらうのは嬉しいことだけれど、喜ばせるために作るのではなくて、自分が喜ぶ意識で作っていると人も喜んでくれると思う」。最近では、空洞部分に陶の玉を入れ、音が鳴るように造形したビアカップなど、実用性にプラスアルファで遊びの要素を取り入れた作品も生み出した。これらはまだ試作段階ではあるが周囲からの評判も良く、今後シリーズ化していきたいと考えている。

これまでも沖縄の中で、伝統的なやちむんとは少し違う作品を生み出すことによって注目をされることが多かった山上さん。各地の土と向き合い、炎と対話しながら積み重ねてきた歳月は、いまこの地に深く根を張ろうとしている。

「これまでに日本各地で経験してきた焼き物の集大成として、この地で”やんばる焼き”を形にできたらいいなと思っています。これからまだまだやりたいことはあるんです」。

やんばるの森が育む土、沖縄の光と風。それらすべてを器のかたちに宿らせようとする山上さんの仕事は、まだ途中だ。その先に生まれるものを、ギャラリーTATIはこれからも静かに、しかし確かに発信し続けていく。

ACCESS

山上 學(ギャラリーTATI & 螢窯)
沖縄県国頭郡大宜味村田嘉里1238-1
TEL 非公開
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