目次
越中にある瀬戸焼
越中瀬戸焼とは、富山県立山町新瀬戸地区で焼かれる陶器のこと。
加賀藩主・前田利長が1590年代の終わりに、この地に尾張国瀬戸から陶工を招いて焼き物を作らせたことが、越中瀬戸焼の始まりなのである。
のちに藩の御用窯となり、越中一の産地となった。そのことから、この近辺を瀬戸村と呼ぶようになり、ここで焼かれる陶器を越中瀬戸焼というようになったのである。
陶器が中心の越中瀬戸焼
越中瀬戸焼は、多彩な釉薬をときにかけ流すなどして大胆に使い模様をつけることが特徴。
純朴さのなかに繊細さを兼ね備えた器である。
ちなみに、「瀬戸物」の語源になった有名な尾張の瀬戸焼は今では磁器が中心になっているが、同じ「瀬戸焼」とは言うものの、越中瀬戸焼は陶器を作る。
この地で作陶を続ける
最盛期には120あったとも言われる窯だが、現在では4軒を残すのみだとか。今回訪れた庄楽窯は、そのなかのひとつ。明治に入り、廃窯が相次ぐなかで、釋永庄次郎さんが復興運動を起こして開いた窯だ。現在は釋永由紀夫さんと長女の陽さんが作陶を続けている。
「なぜこれが、茶碗になりうるか。日本人の感覚は、茶碗を、飯と茶に分けられるんです。心の中に色々なしきりを持って、物を見ている。そうした文化的な特徴があると思います。」そう話す、釋永由紀夫さん。
400年以上も続く伝統の「越中瀬戸焼」。作品に対する情熱を受け継ぎ、いまも窯に炎は燃え続けている。
父から技を継承し、暮らしに寄り添う越中瀬戸焼の器をつくる陶芸家「釋永 陽」/富山県中新川郡 – NIHONMONO
富山県立山町で、430年以上作り継がれる「越中瀬戸焼」。あのスティーブ・ジョブズとも親交が深かった作家・釋永由紀夫氏を父に持ち、その父の技術を受け継ぎながら、新たな…