豊かな海のそばで「鮨に合う酒」を追求する「平孝酒造」代表・平井孝浩さん/宮城県石巻市

世界三大漁場 三陸・金華山沖のある石巻市で1861年から酒を醸している平孝酒造。代表銘柄「日高見(ひたかみ)」は、華やかさを競うのではなく、鮨を引き立てることに徹した一本。小さな蔵だからこそできるきめ細かな発酵管理と、漁場と共にある土地で生まれた酒は、今や全国の鮨職人から厚い信頼を集めている。

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「鮨に合う酒」は、最初から目指していたわけではなかった

全国新酒鑑評会で通算18回の金賞を受賞し、宮城県清酒鑑評会での宮城県知事賞(最高賞)にも輝いてきた平孝酒造の「日高見」。しかし「鮨に合う酒」として評価されるまでには、決して順風満帆とは言えない道のりがあった。

「蔵を閉める」宣言から始まった覚悟

平孝酒造4代目の息子として生まれた平井孝浩さん。宮城県内の大学を卒業後、家業を継ぐつもりはなく東京で就職した。しかし転機は急に訪れる。社会人2年目のとき、父が東京に来て「蔵を閉める」と告げたのだ。

当時、日本酒業界は焼酎やビールに押され、廃業が相次いでいた時代。平孝酒造は「新関(しんぜき)」の酒銘で長年地域に親しまれていたが、業績低迷が著しい状態だったという。卸会社で酒を扱う部署に勤めていた平井さんは、さまざまな蔵や酒造会社と仕事をする中で、家業の持つ魅力に気づき始めていたという。「なぜ閉めるんだと、どうしても納得がいかなくて。親父にはできなくても、自分ならできる」と強く反発し、蔵を継ぐ決断をする。そうして1987年に石巻に戻ったが、すぐに理想の酒造りができたわけではなかった。

売れる酒のために個性を模索する日々

バブル崩壊以降、日本酒業界は価格競争の真っただ中にあった。大量生産・大量流通が主流となり、地方の小さな蔵はトラックに酒を積み、足で売り歩くしかない日々。意気込んで継いだ平井さんだったが、想像以上に厳しい現状に目を背けたくなることが何度もあったという。

一方で、地酒ブームの兆しも見え始めており、「どう届け、どう選ばれるか」が問われていた。既存商品の「新関」では経営がままならなず、これからのことに四六時中頭を悩ませ、そんななかで行きついたのが「日高見」だ。

「廃盤商品をたまたま調べていたとき、父が造った『日高見』が目に留まりました。『日を高く見る』という響きがいいなって。調べてみたら、この地域と深い縁がある言葉だと知って、これは石巻で酒を造る自分たちにふさわしいと思いました」。

土地の歴史と、自分たちの覚悟。その両方を背負える名前として、「日高見」という名をあらためて掲げ直すことを決心。そして、商品数を絞り、「親関」から「日高見」へとブランドイメージ刷新を決めた。

「鮨に合う酒」への方向転換

1990年、吟醸酒「日高見」の販売をスタート。当時の日本酒市場では、吟醸酒であることを一つの品質基準とする傾向があり、まずは評価される土台に乗ることが必要不可欠。明確なコンセプトを打ち出す以前に、造り手として正当に評価されるスタートラインに立つための戦術だった。販路を開拓しながら酒を売り続けたが、状況はすぐには改善しない。選んでもらえない現実に直面するたび、ただ造るだけではなく「何のための酒なのか」を考え続けた。

料理を引き立てる役割に活路を見出す

「選ばれる酒」のヒントを得たのは、醸造試験場で酒造りを学ぶ仲間から金沢の寿司店に招かれたことにある。そこで供された鮨は、コース料理の一部としての鮨ではなく、鮨そのものが主役。割烹料理の中で鮨を口にすることが多かった平井さんにとって、その体験は衝撃だった。シャリとネタが一体となり、口の中でほどけるような風味に感動。自身の酒を合わせてもらうと鮨職人から思いがけない言葉が返ってきた。

「香りはいい。でも、鮨と合わせると酒が前に出すぎる」。

その瞬間、華やかな香りの酒は、鮨のように繊細な料理の良さを奪ってしまうことに気づいた。「酒は主役ではなく、料理を支える存在であるべき。鮨の繊細さを邪魔しない、むしろ引き立てる酒をつくろうと決心したのだ。

長年かけてたどり着いた「超辛口純米酒」

鮨に合う酒として目指したのは、キレがあり雑味のない超辛口純米酒。魚介類の繊細な旨味や風味を邪魔せず、脂やシャリの甘みを程よく流すことを狙った。どの程度の辛さが鮨に合うのか、杜氏にイメージを伝えて醸造を重ね、寿司店に持ち込んでは手厳しい評価を受けることを繰り返した。

そしてきめ細かな発酵管理と貯蔵を積み重ね、2008年に完成したのが「日高見 超辛口純米酒」だ。冷やでも燗でも崩れず、魚の旨みを引き立てる一本。

柔らかな口あたりとキレの良い後味、とりわけ赤身魚との相性の良さが評判となり、食中酒として高い評価を得た。四季折々の美味しい魚が捕れる石巻で生まれたので、「魚でやるなら日高見だっちゃ」というキャッチコピーを掲げた。

逆境に立ち向かい、品質を磨き上げる

しかし、2011年に三陸沖の太平洋を震源とする東日本大震災が発生。「ここからという矢先に震災があったんです」と振り返る平井さん。

鮨職人に支えられて前進する

東日本大震災で、平孝酒造は津波による甚大な被害を受けた。酒造りに欠かせない麹室や酒母(しゅぼ)室、発酵室も使えなくなり、先の見えない状況に追い込まれたという。 それでも平井さんは、「ここから進化してこそ復興だ」と前を向いた。すべてを総ステンレス張りへ改修し、温度管理と衛生管理を徹底できる環境を整備。以前よりも安定した品質を追求できる蔵へと生まれ変わらせた。

この再建の過程で、大きな支えとなったのが「鮨に合う酒」を模索するなかで出会い、懇意にしていた鮨職人たちだった。仲間を連れて石巻まで炊き出しに駆けつけてくれたのだ。

歩みを止めることなく新商品をリリース

再建を進めるなかで生まれたのが、2012年発売の純米吟醸酒「弥助(やすけ)」。三陸・金華山沖では、貝類や白身魚といった淡泊な甘みを持つ魚介が多く水揚げされる。しかし、「日高見 超辛口純米酒」では、その淡い旨味をやや引き締めすぎてしまう場面もあった。そこで、より柔らかく、素材の甘みを引き立てる酒を目指して生まれたのが「弥助」である。

その特徴は豊かでふくらみのある旨味と、後味がキリッと引き締まるシャープな辛さを両立させていること。穏やかな味わいを感じさせながらも、さらりと抜ける透明感により料理の余韻を邪魔しない。特に白身魚やイカなど、甘みのある魚介類との相性の良さに定評がある。世界一おいしい市販酒を決める日本酒の品評会「SAKE COMPETITION 2025」においては、純米吟醸部門ブロンズを受賞した。

なお、酒銘は歌舞伎演目『義経千本桜』に由来し、花柳界では寿司を指す言葉として使われてきたもの。鮨文化への敬意と、鮨職人たちとの縁を込め、この名を現代に甦らせた。

酒造りを通して食べた人が幸せになる時間を

「鮨の美味しさを支える、縁の下の力持ちのような酒でありたい」そう語る平井さんにとって、日高見は自己主張の酒ではない。料理と酒を組み合わせてお互いの美味しさを引き立て合うペアリングの考えに基づき、鮨を食べる体験そのものを豊かにすることに重きを置いている。

現在は海外への輸出も行っているが、販路をむやみに広げることはしない。「平井さんのお酒を使いたい」と声をかけてくれる、理念を共有できる料理人や店とだけ向き合っている。

太陽の恵みを受けた土地「日高見国」の名を冠し、この地でしか、この蔵でしかできない酒造りに挑み続ける平孝酒造。今では、鮨屋では必ずと言っていいほど見かけるまでになった「日高見」。鮨を口に運ぶその一瞬を、より特別な時間にしてくれる一杯として、ぜひ試してみてほしい。

ACCESS

㈱平孝酒造
宮城県石巻市清水町1-5-3
TEL 0225-22-0161
URL https://www.hirakoushuzou.jp/
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