松山市に隣接した愛媛県伊予郡砥部(とべ)町で砥部焼が作られてから約250年。地域に根付いた伝統工芸品「砥部焼」を、実用性と独創性の両立を兼ね備えた自由なスタイルで実現する、和将窯(わしょうがま)・山本和哉さんの作品づくりとは。
幼少期から身近にあった砥部焼

砥部焼の窯元は現在約80軒あり、それぞれが砥部焼の制作基準に沿って独自の作品を制作しており、地域に根ざした伝統工芸として、春と秋に毎年開催される「砥部焼まつり」では全国から多くの人が訪れる。作品ごとに作者の個性や風合いが反映されるのも砥部焼ならではの楽しみだ。和将窯は、砥部町と同じ伊予郡内の松前(まさき)町にあり、1998年山本さんが18歳の頃に父・俊一さんが設立した。

「砥部焼が好きで始めたというより、最初に触れた土が砥部焼だった。ほかの土を試したこともあるけれど、今も手に馴染むのは砥部の土」と山本さんは語る。山本さんにとって砥部焼は、物心ついたときから身近な存在だ。子どもの頃は、親子で砥部町にある福幸窯の福岡先生の元で基礎を学び、陶芸に触れてきた。その後、父・俊一さんが会社勤めを辞め、自宅に窯を購入したことで砥部焼はより身近な存在となった。学生時代はデザイン学校へ通いながら、砥部陶芸館で開かれる教室に通い、さまざまな先生から砥部焼を学ぶ。20歳で「和将窯」を手伝い始めて、本格的に陶芸家の道へと進む。
白と黒で奏でるエチュード模様

山本さんの代表作は、流れるような「エチュード模様」。陶芸家として歩み始めた当初は、伝統柄を描くことが多かった。時々遊びで描いていたのが、エチュード模様の原点となる伝統柄とは異なる自由な模様だ。「福岡先生がこっちをやった方がいいと背中を押してくれたのがきっかけです」。そこから本格的に作品に取り入れ始める。2007年には愛媛陶芸展で最優秀賞を受賞。白と黒をコンセプトに、独自のデザインアート「Washo」シリーズが誕生し、その道が大きく開けた。

ロクロ作りやタタラ作りで成形。モチーフは特定のものではないが、子どもの頃に見た地元の海や波などの風景を、自身のフィルターを通してフリーハンドで描く。「描いていて気持ちいい感覚」が制作の核であり、唐草や渦巻きといった伝統柄にとらわれず、自分の感覚を信じて自由に描くスタイルを貫いている。
色使いにも特徴がある。白磁に藍色や青色の印象が強い砥部焼だが、山本さんのエチュード模様は、黒色の発色が強い黒呉須(ごす)で統一。これにより現代的で引き締まった表情を生み出す。また釉薬は薄めにかけて仕上げる。ずっしりと重みがある砥部焼の印象と異なり、「手にとって使う道具として、なるべく軽く仕上げたい」という実用的な狙いと、山本さんのデザインの特徴である白と黒の境界線をくっきりと見せる効果がある。

「砥部焼よりも白い土は全国探せばあって、そこに黒を入れたらどんな表現ができるだろうという誘惑もありました。だけど砥部の土を使いたい。馴染んでいるというのもあるけれど、新しい表現を受け入れてくれる砥部焼の世界に対してそこだけは守りたい部分です」。こうして砥部焼特有の、やや青みがかったやわらかな白磁と、コバルトを含む深い黒のコントラストが美しい山本さんの作品が生まれる。
実用性と独創性の両立

2017年には「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT2017」にカップ&皿、ソース入れ&皿のセット「tension」のプロダクトが選ばれた。器に限らず、実用的なものを考えて作ることが好きだと言う。制作の原動力は「シーンに合うものを作ろう」という実用性を重視した発想だ。日常使いできる道具のなかに、自分なりの新しい要素を加えることを意識している。アイデアが生まれると同時に制作を行うので、作品数は把握できないほどだと言う。
プロダクトは、定番の形をなぞるだけでは物足りなさを感じるときもある。すでにあるプロダクトではなく、一から自分で考えた形や使い方を探求することがひとつの目標だ。

作風も幅広い。砥部焼を日常に取り入れやすいデザインから、ドクロやドラゴンなどを立体成型し、山本さんの技術を注ぎ込んだ「UNLEASH(アンリーシュ)」シリーズまでさまざま。リクエストから生まれる作品も多く、照明器具や習字道具、骨壺、思い出の人形の再現など、あらゆる依頼が届く。依頼は挑戦状のように感じられ、制作の刺激になっている。
砥部焼の自由さと守るべきもの

砥部焼は、伝統と革新が共存する自由な土壌だと山本さんは語る。「砥部焼陶芸塾」をはじめ、砥部町には若手が学べる機会が多く、地域全体で育成に力を入れている。自由な表現を受け入れてくれる砥部焼の世界だからこそ、砥部の土を使い、一つひとつ手づくり・手描きで仕上げるという“自由の中の根幹”がある。
また、作り手の育成や後継者問題だけでなく、陶石産地としての持続性など、長く続く伝統工芸品としての未来も見据えている。砥部焼の大先輩たちは今も新しいアイデアを模索し、作品を作り続けている。「まだまだやれることがあると感じさせてくれるのがうれしい。80歳になっても作り続けたい」と山本さんは話す。
「普段使いの道具に、あえて高価な伝統工芸品を選んでもらうことは簡単ではない」。だからこそブランドそれぞれの価値観を伝えていく必要がある。
250年の歴史を積み重ねてきた砥部焼は、過去を守るだけでなく、時代の暮らしに寄り添う形やデザインを生み出し続けている。伝統は変わらずにそこにありながら、使い手の感性や生活様式に合わせて進化していく。その歩みは、この先も絶えることはないだろう。



