独自の熟成方法を開発し、糖度50度以上のサツマイモを「金蜜芋」としてブランド化することで「小さくても、大きくても、形が悪くても、誰もが食べたいサツマイモ」を実現。2024年には直営カフェのオープンに漕ぎ着けた。生産時のフードロスを削減し、サツマイモに新たな価値を与えることに成功した石田農園の挑戦に迫る。
代々続くサツマイモ農家の挑戦の始まり

千葉県北東部に位置する香取市。市の中心部である佐原(さわら)地区は江戸時代からの利根川水運で栄えた往時の古い街並みを残し、国の重要伝統的建造物群保存地区を有する。一方、香取市南部の北総(ほくそう)台地が広がる栗源(くりもと)地区は、畑作や畜産が盛んな地域である。
千葉県は鹿児島県、茨城県に次ぐサツマイモの産地。北総台地は水はけが良くミネラルを多く含む関東ローム層の土壌がサツマイモの栽培に適しているといわれ、千葉県内ではこの北総台地上に位置する香取市栗源、成田市、多古(たこ)町などが主要生産地となっている。
そんな栗源の地でサツマイモの新しいブランド「金蜜芋(きんみついも)」を手掛け、観光客の集う佐原でカフェ「金蜜堂」を開くなど、香取市の特徴をフルに活用して事業を展開しているのが、この石田農園である。
サツマイモのロスを減らしたい

石田農園はこの地で1820年から続くサツマイモ農家で、石田湧大(ゆうだい)さんで8代目を数える。サツマイモの生産量は年間で約300トン。高糖度を有する「金蜜芋」ブランドのサツマイモには「ねっとり、しっとりとした濃厚な舌触りになる」ため、「べにはるか」と呼ばれる品種をメインに使っている。
石田さんは大学卒業後、企業向けPRのコンサルタントを行う会社に3年間勤めたのち、家業を継いだ。その背景にはサツマイモ生産におけるロスの多さと、「大量に作ることよりも届け方を考えたい」との思いがあった。
「生産されたもののうち約7割は形が悪かったり、小さすぎ、大きすぎのサツマイモです。味は良いのに、それらの規格外と呼ばれるものは市場に流通しづらいので廃棄されるか、低い価値で扱われてしまいます」。そこで石田さんが考えたのが、高糖度のサツマイモを作ることで規格にとらわれず評価されるブランドを立ち上げることだった。「規格に沿ったサツマイモを大量に作ることよりも、一般のお客様がどう評価してくれるかということを大事にしています」と石田さんは強調する。2018年に石田農園を法人化し、「金蜜芋」の開発が始まった。そのアイデアの原点は、かつて石田さんが祖父に「どうしたらサツマイモが甘くなるのか」と尋ねたことにある。収穫したてのサツマイモはまだ甘くなく、形ではなく味で評価されるものを作りたいという思いが、その問いの背景にあった。祖父の答えをヒントに、後にその方法を大規模に実現したことで、現在の差別化につながっている。
短期熟成法の確立と畑の土づくり
通常、収穫したばかりのサツマイモの糖度は10度前後だが、熟成させることで徐々に糖度は増していく。「これまでのやり方でもごくまれに糖度50度に達することがありましたが、僕らは常に50度以上まで持っていきます」と語る石田さん。石田農園ではその糖度50度以上のサツマイモのみを「金蜜芋」として販売。金蜜芋の焼き芋を干し芋にすると、糖度が75度にまで達することもあるという。そんな金蜜芋を生み出すためには、熟成方法の工夫と畑の土づくりが不可欠だった。
長期熟成による需給ギャップを解消したい

一般的にサツマイモの収穫は秋に行われる。そこから150から180日ほど長期熟成させることで、サツマイモに含まれるデンプンが糖に変わり、甘みが増す。石田農園でも気温や湿度を管理できる長期熟成庫を持ち、3月頃からこの熟成庫で糖度を上げたサツマイモの出荷を始める。しかし、石田さんは「焼き芋需要が高まる最需要期の12月から2月というのは、まだ熟成させた期間が短いので糖度30〜40度前後のものしか出せないんです。今まで通りの熟成方法だと需給ギャップが生まれてしまう」と指摘する。
そこで石田さんはより甘みののったサツマイモの通年出荷を実現すべく、短期熟成法の開発に乗り出したのだった。
短期熟成庫の開発

石田農園が開発したサツマイモの短期熟成庫は、土壌を横から掘り抜いて土壁で囲った地下室であり、人工的に空調管理された長期熟成庫の印象とはだいぶかけ離れた、穴倉のような佇まいである。石田さんが過去に、先輩農家である祖父から聞いた「秋に収穫したサツマイモを土の中で保管しておいたら甘くなった」という話をヒントに、この熟成庫を作った。
石田さんは「土壁の熟成庫には若干の温度差があります。この温度差というストレスを与えることがサツマイモを短時間で甘くする決め手」というが、それはサツマイモにとって負荷がかかる環境でもある。この短期で行う熟成法ではサツマイモが傷みやすく、技術を確立するまでに数年間を要することになった。
短期熟成に耐えうるサツマイモづくり

「短期熟成には土づくりが紐づいています」と強調する石田さん。負荷のかかる環境に耐えうるサツマイモを作るにあたって、必要不可欠であったのが畑の土づくりだった。
「長年農業に従事してきた父が肥料設計や土づくりの根幹を担い、私が考える農業の形にずっと伴走してくれているんです」。そうした身近な協力者の存在に加え、石田家で数百年管理してきたいくつもの圃場、糖度の高いさつまいも作りのための環境が整っている。だからこそ、仮に石田農園と同じような熟成庫を作ったとしても、簡単には真似ができないと石田さんは胸を張る。
こうして現在、石田農園では収穫からわずか40日という短期間で、安定的に糖度を50度まで上げることができるようになっている。
ブランド化への挑戦から地域の魅力創造というステージへ

石田農園では卸経由の出荷をせず、百貨店や高級スーパー、そして自社のオンラインショップなどを通じ、生産したほとんどが直接取引による販売を行なっている。それは、金蜜芋にかけたパッションを直接的に伝えることで、ブランド価値を高めたいとしているからだ。その思いは、直営店であるカフェ「金蜜堂」の開業へとつながっていく。
直営カフェ「金蜜堂」を開業

2024年、石田さんは観光客が多く訪れる佐原の中心部に、金蜜芋のパフェをメインとしたカフェ「金蜜堂」をオープンさせた。
「同じ香取市内でのつながりをもっと深めていきたい」と、もともと畳屋だった場所を、古い街並みに調和するようにリノベーション。大正ロマン漂う空間で、サツマイモを惜しみなく使用したスイーツやドリンクを提供している。注目は、予約の絶えないパフェ専⾨店を経営する宮副天良⽒が監修するパフェ。サツマイモを使った話題性の強いスイーツをフックに、観光客に農園のことを知ってもらう拠点のひとつとして機能している。
今や休日ともなれば、多くの人が訪れる店となった金蜜堂だが、石田さんはさらに「もっと農業と観光地をつなげていきたい。そうすることで、サツマイモや香取市のことを知ってもらう機会を、今以上に増やしていければと考えています」とこれからのビジョンを語る。サツマイモの価値を高め続けてきた石田農園の挑戦は、農業と地域の魅力を高めていくステージへと拡大しようとしている。



