化学肥料から有機肥料に切り替え、雑草を活かした「草生栽培」と呼ばれる栽培法で除草剤使用をやめる決断をしたFurukawa FARMの4代目、古川和昭(かずあき)さん。環境への負担軽減を図りつつ梨の食味向上を実現。希少品種「なつひかり」に着目し、コンテストで受賞を果たすなど実績をあげ、現在は5代目夫妻とともに、農園のファンづくりに邁進している。
食味を意識した土づくり

梨の生産量日本一の常連となっている千葉県において、最も梨栽培が盛んな地域が千葉県北西部だ。その栽培の歴史は古く、江戸時代に現在の市川市で千葉県における梨栽培が始まったといわれている。梨栽培に適した関東ローム層の土壌を有し、東京という巨大な消費地に隣接していることもあり、今も生産量の約半数をこの県北西エリアが占める。その梨の一大産地の一角を成すのが鎌ケ谷市である。
鎌ケ谷では梨園が敷地内に直売所を設けるケースが多く、8月頭から初秋にかけて、幹線道路沿いなど各所で梨直売の幟(のぼり)が翻る。地元ではお盆の帰省土産に欠くことのできない存在で、贈答用に対応している梨園も多い。作業場の脇で試食を交えながら梨が販売される光景は、夏の風物詩ともなっている。
そんな鎌ケ谷市で梨園を営むのが「Furukawa FARM」である。
自分で価格を決められる梨を作る

Furukawa FARMは明治時代に野菜を中心とした農園として始まり、1950年代から梨の栽培を開始した。当時20代だった古川和昭さんが家業を継いだのは1990年頃だが、「親のやってきたことをそのまま受け継ぎたくない」と考えていたため、就農前に約2年間、アメリカで行われた農業研修プログラムに参加。帰国後、「自分のやりたかった梨園」に向けて動き出すことになる。
当時、古川さんが考えていた最大の課題は「自分で価格を決められない梨を栽培している現状」だった。「帰国した頃というのは、実家ではまだ野菜栽培を軸にしていて、夏場の野菜が採れない時期に、その穴埋めのような感じで梨をやっていたんです。ですので梨の管理まで手が回らず、いい梨ができなくて市場に出すしかなかったんですね。毎日安値で出荷される現状を変えて、直売の比率を上げたいとずっと考えてました」。
そこで古川さんは梨の品質を上げて利益率を高めるために野菜から梨へと栽培の主軸を移し、食味を意識した栽培法へと徐々に切り替えていった。
有機質肥料に切り替えてからの変化

Furukawa FARMでは与える肥料を2002年から有機質のものに100パーセント切り替え、化学肥料の使用を一切やめた。現在、肥料には鶏糞や牛糞、魚粉、米ぬかを使っているが、有機肥料に変えてから「食味」が大きく変わったという。「化学肥料と比べて生育スピードは落ちますが、ゆっくりと実っていくからこそたっぷりの果汁を蓄えて、ほどよいシャキシャキ感を出せるようになりました」。
さらに、「酸味と甘みのバランスが良くなった」とも。古川さんはこれまでの経験から、肥料の構成要素である窒素が梨の酸味に影響を与えていると考えている。「化学肥料を使っていた時は窒素分がダイレクトに梨に入ってきちゃってて、酸味がきつかったんですね。それが穏やかになった印象です」。そのため、窒素分の多い鶏糞の使い方には特に気を配る。「鶏糞は即効性が強いですから収穫間近のタイミングでは決して使いません。むしろ収穫後に使って、来シーズンを見据えた土壌環境にしていくことが大切」と古川さんは話す。
草生栽培による土づくり

農園の土づくりには「草生栽培」と呼ばれる、園内に自生している雑草を利用した方法を採用している。それとともに畑を耕さない不耕起栽培も併用している。肥料を撒いた後でもトラクターで耕運せずにそのままの状態で微生物の分解を経て土に浸透していくまで自然に任せる。ミミズが増えてモグラもたくさん来ます。最近は、カブトムシの幼虫が育って成虫になり梨園に出てくるようになりました。
草生栽培は、園内をさまざまな雑草が生えて根を張ることによって、土中の養分固定、土壌の乾燥予防、地表面温度の上昇抑制効果、そして土が柔らかくなる効果が期待される栽培法だ。「健やかな土があってこそ、梨の木の健康にもつながりますから」と、ふかふかの園内の土の上を歩きながら古川さんは語る。
高評価の食味を広める若手の活躍

Furukawa FARMが現在栽培している梨の品種は幸水、なつひかり、豊水、かおり、あきづき、新高の6種類。この中で近年、注目を浴びるのが希少品種である「なつひかり」だ。このなつひかりをはじめとする各品種のコンテスト受賞に加え、古川さんの後継として農園に入った5代目夫妻の活躍もあり、ファンが徐々に増加。市場出荷メインだった販路が、直販の比率が半分以上を占めるまでに至った。
注目の希少品種「なつひかり」

2022年、日本野菜ソムリエ協会主催の「野菜ソムリエサミット」の8月度青果部門にてなつひかりが金賞を受賞。同年の9月度青果部門においてもかおりが金賞、豊水が銀賞を受賞するというダブル受賞を果たした。特になつひかりはFurukawa FARMで最も人気がある梨でもある。
なつひかりは1995年に千葉県で開発された品種ながら、定番品種の幸水や豊水に押されて生産量が少なく、千葉県内においても珍しい存在となっている。だが、幸水を超えるとされる高い糖度を持ち、皮を剥くと果汁が滴り落ちてくるほどの多汁性を備える梨なのである。
娘夫婦が梨の魅力を広める

梨農家としての今後は温暖化による栽培の難しさなど課題はあるものの、娘の奈津希さんが5代目を継いでくれたことが、古川さんの大きな希望となっている。
奈津希さんにとって農園は、夏の帰省の間に作業の手伝いをしてきた思い出の場所。「年々歳を重ねていく中で、今後もこの仕事量を両親2人でやっていくのは厳しいなと思っていまして。うちの梨はすごくおいしいですから親の代で途絶えさせたくなかったんです」と、夫の広大さんとともに就農を決意した。
奈津希さんが力を入れるのがSNSでの発信と、直売所でのおもてなしだ。「特に、なつひかりの知名度がまだまだ低いので、知っていただく機会が必要」と、オンラインショップを開設し、インスタグラムを使った発信を欠かさない。直売所では試食を交えて食味の特徴を丁寧に伝える。「直売所に来ていただいたお客さんと梨の話で盛り上がることが多い」と笑う奈津希さん。そうした努力の甲斐もあり、ファンが徐々に増え、直販比率を上げることに成功したのだった。
「来シーズンも古川さんの梨を楽しみにしてますと、おっしゃってくれるお客さんが少しずつ増えてきまして。これまで以上にいい品質の梨を作り続けなければと思っています」と意気込む広大さん。そんな次世代の活躍を側で見る古川さんは「私たちでは今までやってきたことの対応でいっぱいいっぱいだったんですけど、しっかり新しいお客さんとつながって頼もしい限りです。今後が楽しみですね」と目を細めた。
代々受け継がれる古川家の梨のおいしさ。これからの展開も楽しみでならない。