指物+漆で作る漆工の世界。指物師•吉澤良⼀さんの挑戦/群馬県沼田市

群馬県沼田市で、100年続く指物店の3代目として活躍している吉澤良一さん。指物とは釘や金具を使わずに、木を組み合わせて家具や建具を作る、日本古来の伝統技術のこと。吉澤さんはその指物に漆塗りを組み合わせた“漆工”という世界で、人とのつながりを大切にした新しいものづくりに挑戦している。

目次

100年続く老舗指物店が挑戦する、新しい作品作り

指物師である吉澤良⼀さんの祖父が、指物を生業とするために、群馬県の北部に位置する沼田市で「吉澤指物店」を約100年前に創業した。2代目である父親の元で指物の技術を学ぶうちに、指物の木目を強調する漆の技術をプラスしようと、18歳で東京・東向島の漆屋で1年間修業。当時は木地(きじ)に生漆(きうるし)を塗って布で拭き取る“拭漆(ふきうるし)”という、指物でよく使われる木目を美しく見せる塗り方で、父親や自分が作った指物に漆を塗っていたという。

お客様から注文をいただき、注文通りに仕上げるというやり方で仕事を行っていた40代前半、2代目である父親が他界する。3代目として店をやっていくにあたり、自分の仕事に対するスタンスを見直そうと思っていた矢先に、東日本大震災が起こる。この震災で人と人との絆の大切さを目の当たりにした吉澤さんは、今までのお客様との関係を振り返り、これからどんなふうに仕事と向き合い、どんなものづくりをしていきたいのか、自問自答し始めた。

既存の指物という枠にとらわれない、自由な発想

「息子が高校3年生の進路面談で、先生から『将来どうしますか?』って聞かれて『指物店を継ぐ』って答えたんです。その一言で、一緒にやってくれるんだと思って。それなら何かいろいろなものを、一緒に楽しみながら残していきたいなって、自分の気持ちが大きく動きました」

お客様との関係を再構築するための仕事を考えていた吉澤さんにとって、子どもの後継ぎ宣言は否が応でも仕事に対する考え方を変えていった。

お得意様の多くが高齢になっていく中で、息子がこの先も良い仕事を続けていけるのか、不安もあったという。息子の未来のために、今まで通りのやり方でお得意様に向けた作品を作る方がいいのか、自分に残された職人人生で自由に作品を作ることが許されるのか。考えた吉澤さんは、自分の未来も息子の未来も一緒に作っていける方法はないかと模索し始める。

そこでたどり着いたのが、関わる人との対話を大切にし、お客様と一緒にアイデアを出し合いながら、一緒に作品を作っていく“過程を重視したものづくり”だった。

伝統的な指物の枠にとらわれず、自由に作品を作るときこそ最も楽しさを感じるという吉澤さん。職人として伝統を守るだけではなく、表現することを楽しむクリエイターへと変化する姿勢が、吉澤指物店の新たな魅力となり、新規の顧客開拓へとつながっていった。

縄文時代からある接着剤、漆の力 Made with Earth

吉澤さんが既存の指物の枠にとらわれず、自由に作品を作るために見直したのが“漆”だ。

「基本的には木に漆を使います。漆にはいろいろなものを有機的につなげるという役目もあり、縄文の頃は接着剤としても使われてきました。そのため思いつくままに、さまざまなものを漆で貼り付けています」

言葉通り、米の籾殻や石の粉、なかには木ではなく、焼き物や鉄に漆を焼き付けたものもある。拭漆だけでなく、漆に顔料を混ぜることでさまざまな色の漆を作る、“色漆”を本格的にスタートさせたのもこの頃だ。

「漆塗りの工芸品は“漆器”と言われることが多いですが、“漆器”というと漆屋さんの仕事になってしまうので、自分では“漆工”と言うようにしています。指物と漆塗り、どちらも同じだけ大切に考えてものづくりをしているので、私の作品は“漆工”と言っています」

指物と漆の出会いは、さまざまな土地のものをつなげて作品となり、その作品を通して人とものがつながっていく。そしてそのつながりは人と人とをつなげ、さらに大きなうねりとなっていく。

お客様を絞り、やりたい仕事につなげていく

今、仕事をする上で、“誰と仕事をするか”をすごく絞るようにしているという吉澤さん。そのため国内外の料理人や建築士などと、指物師として提案をしながら一緒に作っていく仕事が増えている。

「これを作ってくださいという依頼先行の仕事ではなく、プロジェクトに参加して、なんかおもしろそうなの作ってくれない?みたいな、そんな仕事が増えています(笑)」

ものを作るにあたってお客様とたくさん会話をし、相⼿の求めているイメージをキャッチして、クリエイティブな発想で形にしていく吉澤さんのものづくりは、ターゲットを絞ったからこそ本当に自分が仕事をしたいと思う人とつながり、ジャンルを超えて広がりを見せている。

「技術や技法を説明するより、なんかおもしろいね、これ誰が作ったの?って言われる仕事の方が自分には合っていて、今そういう仕事ができていることが本当に楽しいです」

人との出会いから、クリエイティブな挑戦が始まる

吉澤さんがターゲットを絞って仕事をするようになるきっかけとなった料理人との出会いがある。それはイタリアでミシュランの星を2度獲得している「bistrot64」の能田耕太郎シェフが、食材を探しに利根沼田エリアに来るので案内してほしいと友人に頼まれたことから始まった。

もともと酒と料理と人が大好きで、若い頃から蓄積してきた知識もあった吉澤さん。能田シェフとともに2泊3日で農家を回りながら、利根沼田の農産物を案内して回った。案の定、案内している間中、大いに盛り上がり、ついにはみなかみ町のスキー場で、能田シェフが1日限定のダイニングをするという話になる。そのダイニングで吉澤さんの作品が器として使われ、能田シェフにとても気に入ってもらえたという。

その後も、何か新しいものを一緒に作ろうと話が盛り上がり、能田シェフの銀座資生堂「FARO」の総料理長になった折に料理を提供するのに使う漆工の箱のオーダーを受ける。イタリアと日本の文化が重なり、料理、器、空間が作り出すレストランというクリエイティブな世界。その一端を担う器をどうするか、能田シェフと対話を重ねながらアイデアを出し合い、ふたりだから辿り着ける世界観を考えている時間はとても楽しかったという。

やり過ぎないこと、やらな過ぎないこと

能田シェフとの出会いをきっかけに自分のターゲットを狭めたことで、さまざまなジャンルの料理人から相談が来たり、逆に相談に行ったりしながら、料理を彩る器を作る機会が増えている。

「器を製作し使うということは、自分を光らせてはいけないということだと思っています。器には必ず料理があって、料理人のクリエイティブを活かすためには器が出過ぎてはいけない。そこの塩梅が一番大切でとても難しいですね」

やり過ぎて伝統工芸の技ばかりが目立ち、“ザ・伝統”が前面にくるようなものには、あまりおもしろさを感じない。逆に足らな過ぎても「もう少し、こうしておけば」という後悔が残る。その中間くらいで仕事ができたとき、自分の中では一番しっくりくるという。

「いろいろなジャンルのシェフと仕事をしていて思うのは、私のクライアントのシェフたちは、すごくクリエイティビティが高いことです。洋食のシェフも和食のシェフも自分の様式を理解した上で、何かワクワクするような、新しい自分の表現を求めているんですよね」

ターゲットを狭めつつも本当におもしろい人と出会うために、年に1回、県内外のものづくりの人々を集めて、古い酒蔵で「秋、酒蔵にて」という展示会を開催している。そこでは作品の展示はもちろん、料理人を呼んで日替わりでランチやディナーを作ってもらい、食べることと器を使うことを複合的に見て感じてもらうことで、使い方や使用感を実感してもらっているという。今では星付きとなったシェフたちも変わらず参加してくれています。

還暦になってやりたいこと

冬場は豪雪地帯として知られる群馬県みなかみ町に、藤原地区というエリアがある。かつてそこで作られていた「藤原盆」という、木製の表面に放射線状の模様をノミで削った盆がある。このエリアにある豊かな木材を冬場の収入につなげようと、江戸時代の中期に始まった工芸品だという。古くは皇室に献上されていた骨董好きな人垂涎の名品も作られていました。

しかし数年前には継承者が亡くなり伝統が途絶えてしまっている。吉澤さんも若かりし日に見たときはその魅力が分からず、古臭い工芸に思えて、だから人気がなくなり衰退してしまったのだと思っていた。しかし40代を過ぎてからは、見る度にかっこいいと思うようになり、還暦を迎えるにあたり復活プロジェクトをスタートさせた。

また、ものづくりをする人は往々にして、一人称を大切にする傾向にあると吉澤さんは感じている。だからこそ二人称三人称で考える機会を作り、他者との関わりからものづくりを捉えて三人称のその先にある、新しいチャレンジについてみんなで考える場を設けている。

「古いものをよく見て、古いものの良さを自分なりにちゃんと解釈していかないと、新しいものはできないのではないかと思っています。今やる人はいないけれど昔あった技法とか、参考になるものがたくさんありますからね」

古いものや伝統的なものも表現方法のひとつとして自分の中に落とし込み、お客様との対話から導き出したイメージに合わせて提案する。自分なりの解釈で表現する“吉澤さんらしさ”には、伝統に裏付けられた確かな技術と現代的なモダンさが、直感的なかっこよさとして同居している。

自分を広げてくれる仲間の存在

能田シェフとの仕事を皮切りに「食と農」について考え、話す機会が増えたという吉澤さん。新しい出会いがおもしろい人との交流を生み、刺激的なたくさんの人々とつながっていく。そうした人々とプロジェクトを通してたくさん話をすることで、自分の世界を広げてもらっているという。

「歳を取ってくると年下の人と話すときに、年上の役目として、その子の世界をもっと広げてあげるような会話をしたいと思っています。しかし、自分の世界を広げてくれる人がだんだんいなくなっている恐怖があります」

自分の知らない世界をおもしろく語り、視野を広げてくれる人との関わりは、ものを作る人間にとって絶対に必要だという。

伝統的な技術と仲間からの刺激が吉澤さんの中でつながったとき、またひとつ、今までに見たことのないおもしろい作品が生まれるだろう。

ACCESS

吉澤指物店
群馬県沼田市戸神町848-1
TEL 090-3436-8607
URL https://sashiyoshi.com/
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