古来からの海の恵み“房州黒あわび”を未来へ。「東安房漁業協同組合」/千葉県南房総市

千葉県は首都圏に近いながらも三方を海に囲まれ、沖合を流れる黒潮、親潮の影響により昔から漁業が盛んで多種多様な魚介類が水揚げされている。なかでも、ここ南房総にある千倉地域ではアワビの漁獲量が全国でもトップクラスを誇る。東安房(ひがしあわ)漁業協同組合の取り組みを通して黒アワビの品質価値向上や資源管理の取り組みについて迫った。

目次

日本一、夏が旬の房州黒あわび

南房総地域の沿岸にはいくつもの磯根といわれる岩礁地帯が点在し、その磯根にはアワビやサザエなどが好んで食べるカジメやアラメといった多くの海藻類が繁殖していることで国内の一大産地となっている。
房州地域の黒アワビは奈良時代の木簡にもその名が残される歴史的な特産物で、当時は生で運ぶ技術がなかったため、アワビを干して短冊状にした、のしアワビを送っていたが、これが現在の熨斗袋(のしぶくろ)の由来とされている。

平成23年3月に地元2市の4漁業が新設合併し東安房漁業協同組合が発足した。首都圏に近い優位性を生かし高鮮度の魚や水産加工品を提供。ここで水揚げされる殻長12センチ以上の黒アワビは千葉県のブランド水産物に認定されている。
この地で獲れる黒アワビは市場では最高級品と呼び声が高く、身がぎっしりと詰まり、味は濃厚で口に入れた瞬間から磯の香が広がる逸品でもある。千葉県のアワビ類の令和4年魚種別漁獲量は60トンで全国4位。なかでも東安房漁業協同組合管内での水揚げは千葉県の半分以上を占めるという。

また、黒アワビの他に赤アワビやサザエ、そして伊勢エビも漁獲されるなど、全国屈指の好漁場である理由が、藻場(もば)の著しい衰退や消失した状態となる「磯焼け」がないことが挙げられる。
磯焼けの原因は地域や環境により異なるが、近年急速な磯焼けの進行として指摘されるのが温暖化による海水温の上昇だ。ウニや植物性魚類など、海水温が上昇することで活発に活動。藻場が回復できないほどの食害を引き起こしてしまう。

千葉県が発表した「藻場の保全・回復に向けた取組方針(外房海域編)」では、この地域の藻類の長期的消失は認められておらず海域のほぼ全域に分布していたのに対し、隣接する内房海域では藻場の面積の減少が報告されている。これは日本各地の漁場などでも見られる状況である。調査手法が異なるため精確な比較はできないが、国や自治体が現地確認や衛生画像を解析して調べた結果、全国の藻場は1989年度から1992年度にかけ実施された調査では20万1212ヘクタールだったのに対して、2018年度から2020年度にかけては16万4340ヘクタールと減少傾向にある。減少の規模を千葉県内の市町村で表すと、総面積約368平方キロメートルの市原市がまるごと入る大きさ。この規模の藻場が約30年の間に消失してしまったということだから、今後に向けたモニタリングや警戒、そして、これに伴う対策は必須と言える。

千倉地域の漁期

千葉県が定めたアワビ漁期は4月1日から9月15日までだが、千倉地域での漁期は5月1日から9月5日と1ヵ月も短く設定されている。これもすべて乱獲を防ぐためのものだ。主に漁獲あまによる潜水漁法が行われ、水深およそ5メートルの浅瀬で漁獲される。ウエットスーツを使用した長時間潜水による漁獲は禁止とし、自分たちの手で限りある資源を分け合うことで漁場を守っている。

また、あまには男女の区別があり、男性は海士、女性は海女と書く。この地域の潜水漁業者は、ほとんどが海士である。昭和46年にあまの団体が設立された当初は男女で240名が登録されていたが、あまの高齢化が進み、労働環境の厳しさや若いあまのなり手がないことなどの理由で、現在は35名の海士のみだという。

素潜りでの潜水漁法は漁業技術だけでなく自然の助けも必要となる。潮の流れの早さ、底潮の冷たさ、濁りにも左右されるなど操業日数も限られてしまう。そして成長した黒アワビは岩礁の限られた場に単独で付くことが多く、たくさんの数を獲るには難しい貴重な海の宝でもある。
しかし、1970年代には深さ20メートルほどに生息するマダカアワビを、長時間潜れるヘルメット潜水で行い過剰な漁獲がもたらした乱獲となり、この地域では、直近の3年間、漁獲ゼロ。幻のアワビとなっている。

こうした苦い経験を踏まえ、あまの漁場を守るための想いは強く「資源管理こそが未来の漁業を支えていくこと」と、資源増殖に関する活動もいち早く取り組まれてきた。
東安房漁業協同組合の鈴木仁志参事は「技術の進歩で操業が楽になるかもしれませんが、漁場の資源が枯渇してはいけないという一人ひとりの意識が強くなり、現在の漁の形が決まっていったと思います」と口にした。
そのため東安房漁業協同組合では、海中でアワビの寸法を測る尺棒(しゃくぼう)という漁具を使用し大きさの判別を行い、殻長12センチ以下のアワビは種類を問わず海に帰すルールを徹底している。

魚価の安定を図る畜養

東安房漁業協同組合本所から車で3分ほど行った先に蓄養場がある。昭和40年代にこの場所で始まったとされる蓄養は、コンクリート製の水槽が何個も並び、海水を汲み上げ冷却し酸素を送り込み循環させる。

畜養場の役割として、アワビの稚貝の中間育成や漁で獲れた個体の一時ストック、漁で傷ついた個体を回復させているほか、沿岸で獲れたアワビやサザエ、伊勢エビがカゴに小分けされ畜え育てられている。時化(しけ)続きの時にも安定的に出荷する体制を整え「魚価の安定」を図っている。
また、小売店やホテル・旅館に漁協が直接卸し、ネット販売などでも間口を広げ、出荷体制を支える畜養場は、漁師の生活を守る一助になっている。

輸採方式による育てる漁業

黒アワビの稚貝を放流し、漁獲量を安定させ、アワビ漁を未来に残すため、じっくりアワビを育てる「3年輪採方式」により育てる漁業を千葉県は推進している。
この「3年輪採方式」は、昭和50年代に千葉県と漁業者、そして東安房漁業協同組合の前身である千倉町南部漁業協同組合が調査、研究し、黒アワビの稚貝を放流することにより漁獲量を安定させ、アワビ漁を未来に残すために思考錯誤しながら取り組んできた手法だ。
この輪採方式は、1年目にはAのエリアに稚貝を放流し、2年目にはBのエリア、3年目にはCのエリアというように3カ所に漁場を分け、3年間の育成期間を経てから収穫して放流を繰り返す、一定の水揚げ量を確保する取り組みだ。

その当時、漁協組合職員でもあった植木泰滋参事を中心に漁業者と何度も話し合いを重ね同意を得ると、その後は調査や漁場試作に挑んだ。「アワビをどこに放せば外敵から襲われずにすむか」など、生態を知り尽くした地元のあまが協力。潮に流されない形や重さなど何度も試作を重ね、平板と言われるコンクリートブロック(80センチ×60センチ)にたどり着く。
そしてアワビが住みやすいよう5センチの足を付けるなど千倉町南部漁業協同組合オリジナルの平板を制作すると1漁場に1200枚以上設置。大きく成長した黒アワビがたくさん水揚げされたことで「これはやりがいのある取り組みだ」とあまの士気は上がり、輪採方式も可能なことが分かったことは漁業に携わる人々に大きな成果を残した。

鈴木参事は「今の形になるまでは相当、苦労したと聞いています」と先駆者たちに思いを馳せると「1年間、稚貝を育て、それを海に放流し、住処を作ることで生き残った黒アワビが産卵をすれば当然、天然の数は増え回収率は上がります」と続けた。
また、輪採方式で3年間、海で育った黒アワビは天然同等の味になるとのこと。作り育てる漁業の推進につながっているのだ。同じく外房の他地域でも、この方式が取り入れられるなど、全国でも磯根漁業が盛んな地域から関心が向けられている。
こうした水揚げの維持がアワビ漁を営むあまに安定した収入をもたらしたことが評価され、平成28年に「第9回海洋立国推進功労者表彰」の水産振興部門で内閣総理大臣賞を受賞した。

4年輪採方式の導入

近年、東安房漁業協同組合ではより大きくアワビを育て付加価値を上げるため、輪採期間を1年増やし、4年輪採方式に取り組んでいる。
千葉県もこれを後押しする。単価の高い大型アワビの漁獲による収益増加や産卵機会を増やすことで天然資源の増加が期待できる4年輪採方式への転換を支援し、輪採漁場の生産性を高めるために必要な漁場環境の把握や適正な平板の配置、効率的な害敵駆除など技術的なサポート支援も行っている。

メリットは従来の3年輪採方式よりもサイズが大きいこと。1年禁漁を増やすことで殻長制限となる12センチ以下となるアワビの割合がかなり下がり、放流した黒アワビが最低一回は産卵を行うことで資源の増大へとつながる。そして頻繁に平板を起こすことがないためアワビのストレスは減り、漁場に留めることができる。
先駆者からのバトンを受け継ぎ、獲るから育てる漁業へのシフトチェンジは一定以上の成果を上げていると言えるだろう。

地場産業の魅力を伝える

一方で、切実な課題となるのが漁業者の減少や高齢化問題でもある。聞けばこの地域のあまの年齢層は若くて40代、年配で70代だという。生涯現役で海に出ることができる職業ではあるが、特定水産物のアワビを獲るためには、漁業権が設定されているため漁業の組合になる必要がある。試験などはないが地域に住み、海を熟知し資源管理の意識がある人が認められる。

担い手が不足している中で「地域おこし協力隊であまを募集しています。3年間の任期において、一人立ちする取り組みをしています」と鈴木参事は口にすると「興味がある人も増えてきていると聞きます」と続けた。
また、東安房漁業協同組合は、この地域の小学生の体験学習の場として畜養場を提供するなど地場産業を未来へ残すための啓発活動などを実施することで魅力を伝えていく。

房州黒あわびのこれから

東安房漁業協同組合が、いけすを設けて漁師から海産物を買って下支えをする。これは全国でも珍しいケースだ。一方では営業能力で劣ってしまうと経営がなりたたなくなるため、国内市場での流通をさらに一歩進めチャレンジしていくことが必要だ。
そのためには、ブランド力の強化を図りながら、多くの人に房州黒あわびの魅力を知ってもらうことが重要になる。

黒アワビは磯根に生息するため数は限られ成長するまで時間を要する。人と海、黒アワビとの長い関わり合いを、先人たちは様々な知恵で付き合う術を学んできた。「人が手を加えながら自然が与えてくれた恩恵をありがたく獲らせていただく」という思いを、次の世代に繋げていく。東安房漁業協同組合の職員は、今もこれからも目指すのは「房州黒アワビの漁業者の収益が上がり、若い人が地場産業への興味と関心、そして地元への愛着心と活性化につなげることだ」という。
鈴木参事は「資源管理をしながら、奈良時代からブランド化していたものを残していきたいですし、漁業者や水揚げ量をキープし、食べていける産業として、この地域の伝統を残したいと思っています」と前を向き語った。

環境変動や担い手問題など、これから課題は出てくることだろう。しかし、アワビ漁を未来に残すために漁場造成や輪採方式という取り組みに挑戦し尽力してきた数多くの人たちがいる。アワビ漁とあま文化の灯火は消えることはないだろう。

この機会に、ぜひ一度、日本一の品質を誇る房州黒アワビを食して欲しい。

ACCESS

東安房漁業協同組合
千葉県南房総市千倉町千田1052-6
TEL 0470-43-8311
URL https://jf-higashiawa.or.jp/
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