いすみの里と海、人が繋がり合う「Farmあき」青木昭子さん/千葉県いすみ市

「Farrmあき」の青木昭子(あきこ)さんは外房と呼ばれる太平洋に面した地域で、野菜やエディブルフラワーなどを無農薬・無化学肥料で栽培する若手農家。環境保全型農業を推進している自治体として全国から視線を浴びるいすみ市において、地域を代表する農家の一人である。その青木さんが目指す農業のあり方とは。

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野菜や花の魅力をありのままに表現できる農業へ

近年、サーフィンのメッカとしてサーファーから注目を浴びる千葉県いすみ市は、太平洋の沖合で親潮と黒潮が交わる好漁場を抱えていることから、古くから漁業が盛んである。また、器械根(きかいね)と呼ばれる岩礁地帯にはカジメに代表される海藻が広がり、伊勢海老やアワビ、タコ、サザエなどの一大生息地となっている。

そんな海藻の森に注いでいるのが、県内有数の流域面積を誇る夷隅川(いすみがわ)。内陸部で蛇行を繰り返す特異な流路をなしているため、いすみの平野部に肥沃な土壌をもたらしているといわれている。粘土質の土壌は良質な米を育み、農薬や化学肥料を使わず栽培したコシヒカリを「いすみっこ」としてブランド化。現在、市内学校給食に使う米の全量がこのいすみっこになっている。

さらに、いすみ市独自で野菜の認証制度を導入したり、ガストロノミーツーリズムという新たな食と観光のあり方を提案するなど、暮らしと生業(なりわい)の視点から地域の食と産業を支えつつ、いすみの多彩な食の豊かさを外に向けて発信している。早くから地方移住を推進する団体が活動していたこともあり、一般的な慣行農法とは異なる独自の農業スタイルで就農する若い人材が増えているのが特徴で、県外からの視線は今もなお熱い。

そんないすみ市で、里と海それぞれの豊かさを繋ぎながら野菜を作る人がいる。それが「Farmあき」の青木昭子さんである。

いすみに注目するシェフたちとの交流 

「いすみは農業も漁業も盛んで、食材がとても豊富な場所。遠くからでも料理人の方たちが、よく食材を探しに来てくれます」。そう話す青木さんの言葉から、いすみの食に関するポテンシャルの高さが滲み出る。

Farmあきでは無農薬、無化学肥料により野菜やハーブ、エディブルフラワーなどを少量多品目で露地栽培。例えばナスを挙げてみれば「細長いヒモナス(ヘビナス)はざっくり切ってカレーや麻婆ナスに。皮のパリッとした感じと、中のトロッとした感じのコントラストが楽しめます。ミニゼブラナスはオリーブオイルで炒めるとおいしい。タイナス(マクアポ)はタイのグリーンカレーに入ってる小さいナスですね」といった具合に品種だけでなく、その調理法までもが青木さんの口から飛び出す。それは畑と、ここを訪ねて来たシェフたちと、対話を重ねてきた賜物だ。

青木さんは基本、一人で営農。市内にある直売所「ごじゃ箱」に出荷しつつ、北は北海道から南は福岡まで、全国各地のレストランや料理人のもとに発送している。Farmあきの畑にやって来たシェフたちは、独特な畑の雰囲気を目の当たりにしインスピレーションを得て帰っていくという。特に地元のシェフとの結びつきは強く、現在外房地域を代表するオーベルジュとして機能する「五氣里-itsukiri-」にも野菜を提供している。

自然が好きだからこそ、もっと素直に伝えたい 

実家はいすみで代々続く農家で、幼少期から自然が大好きだったと青木さんは振り返る。高校卒業後は農業大学校に進学。自然相手に自分らしくできる仕事とは何かと考えた時、農業という道が浮かんだからだ。

その後、慣行農法で果樹を栽培する農業法人に就職したものの、もっと自由に、ありのままに食の魅力を伝えたいという気持ちが抑えきれず独立。自然の中で様々な野菜や花々に親しんできた青木さんにとって「いつでも好きな時に好きな部位を食べられること」がその魅力を伝える最善の方法だったからだ。農薬をかけた時、食べられない部位、出荷できないタイミングが生じてしまうと考えた青木さんは、実家の畑を借りる形で無農薬、無化学肥料による農業をスタートさせた。

畑といすみの自然、そして人が繋がり合う

無農薬栽培というやり方を起点に営農方針を決めるのではなく、自分が考える作物の魅力の伝え方があるから無農薬栽培になった。農法はあくまでも結果論だ。肥料に関してもまったく同様。「化学肥料を使わない理由は、いすみに肥料があるから」と青木さんは言い切る。

実は青木さん、地元の漁師に「魚をあげるから」と誘われたことをきっかけに、伊勢海老漁の手伝いもこなしている。海から引き上げた海老網には、伊勢海老と一緒にカジメなどの海藻が絡みついてくる。これらは漁師にとっては捨てなければならないやっかいもの。だが、青木さんが働いてる漁船の漁師がたまたま農業の経験もあり、海藻が畑の肥料になる知恵を持っていた。そんな出会いがあり、肥料として海藻を使うようになったのだ。

採ってきた海藻は畑の土に干すように広げ、すき込んでいく。ミネラル分の供給にも役立ち、現在は肥料の主軸として重点的に使っているという。夷隅川が大地の養分を海に注ぎ、逆に海の恵みをこうして畑に活用する。「私の中でいすみの海と里は繋がっているイメージ」と青木さんは話す。

また、近所にある乗馬クラブから堆肥用に馬糞を提供してもらい、実家の田んぼから出る米糠も肥料として活用。地域で出る様々な副産物を肥料にする方がコストがかからず、距離的にも遠くで作られたものを使わなくても済む。地元で取れる肥料を自分の畑にまき、野菜を育て、出荷しているいすみ市内のレストランで食べてもらう。青木さんにとってこうした地域循環が「しっくりくる」のだという。

種や食材を融通し合う地域付き合い

季節の微妙な移ろいを食べてくれる人に知ってほしいと、露地栽培をする青木さん。だが、昨今の高温が続く気候の影響をかんがみて、沖縄や東南アジアといった南国系の高温多湿に強い野菜へと品種を変えてきている。「前提としておいしいこと。そのうえで、この土地や気候に合っていること。全部兼ね備えたものが、お客さんの前に出せるいいお野菜だと思っています」。

そんな青木さんが畑にいて一番嬉しい時は、収穫よりも種まきをしている時。それは「未来に繋がった気がして心が安らぐ」からだ。その種は自家採取するほか、地域内の農家同士でコミュニティができあがっているため、様々な種を交換し合うことができる。

いすみ市とその周辺地域では、農家同士や肥料を通じた人の繋がりにとどまらず、チーズ工房や養蜂家など、ジャンルを超えた多彩な生産者と「ご近所付き合い」のような関係性が築かれており、地域内のマルシェも盛んだ。その繋がりの縁で野菜の出荷先を紹介してもらうこともある。

さらにその人間関係のなかで、ほぼ自給自足の暮らしが実現できているという。海の漁師から魚を、里の猟師からジビエ肉、養蜂家からハチミツをもらい、逆に自分で作った野菜や菓子、労働でお返しする。「この里と海、川、そして人が全部が繋がってる。畑はすごく小さい世界なんですけど、全部が繋がってる感覚なんです」。ちいさなひと粒の種、海の中で揺れる海藻から始まる、地域の結びつき。青木さんはその結びつきをさらに強く、多様なものにして、未来へ食を繋いでいきたいと願っている。そうすることが、地域の豊かさに繋がると信じているからだ。

ACCESS

Farmあき
千葉県いすみ市岬町
TEL 非公開
URL https://www.instagram.com/farmerakikoaoki/
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