土に向き合い、人の感情も風化も作品へ昇華。陶芸家・宇佐美朱理さん/栃木県宇都宮市

文星芸術大学で、学生たちに“やきもの”の知識と技術を伝えながら、自身の作品制作に励む宇佐美朱理(うさみしゅり)さん。現代陶芸の振興を目的とした「第10回 菊池ビエンナーレ」では、初めての入選で且つ優秀賞を受賞。今後の活動に注目が集まる宇佐美さんの歩みと、見つめる未来とは。

目次

地元の美術大学で“やきもの”を教えながらの制作活動

宇都宮市中心部の賑わいから少し離れ、日光へ続く「日光街道」沿いの落ち着いた環境にある私立・文星芸術大学。この大学のデザイン専攻の准教授として、工芸分野の“やきもの”の歴史や技術を教えているのは、宇佐美朱理さんだ。

学生に教える傍ら、同大学の施設内にて自身の作品も制作。優秀賞を受賞した菊池ビエンナーレでは作品の入選自体も初めてのことで、今後の活動や作品にも期待が高まる陶芸家の一人である。

「土が好き」。大学から陶芸の道へ

栃木県宇都宮市生まれの宇佐美さん。父・宇佐美成治(せいじ)さんは美術大学を卒業後、シャープの工業デザイナーに従事。定年後は陶芸をはじめ、個展の開催や各種賞も受賞し、娘の朱理さんが優秀賞を受賞した菊池ビエンナーレでは、父・成治さんも入選を果たしている。

そんな父の下で育ったことで、子どものころから美術大学への進学を意識。県外に出るか地元に残るか思案していた頃、地元に文星芸術大学が開学。良い先生がいるという評判に魅力を感じ、同大学へ進学することに決めた。

陶芸に関しては詳しかったわけではないが「土や立体的なものが好きだったので、全然知らないけれど、そちらのほうが楽しいかな」と陶芸の道を選んだ。同級生には窯元の跡取りもいる中で、自分は初めてのことだらけ。まず「窯で焼くのは、どういうことなのか」を経験するためにあらゆるものを焼き、瓶やお金を焼くこともあったそう。

念願だった独立

その後、同大学の大学院まで進み、卒業後は海外をめぐり、その後同大学の助手として働くことになる。

妊娠・出産をきっかけに一度は職を離れたが、その間も同大学の名誉教授であり地元で活躍する陶芸家の林香君(はやしかく)さんの手伝いなどを続け、「土」から離れることはなかった。

子育てや手伝いをしている最中、自分で作りたいという気持ちも溜まっていった。2018年、自宅に父・成治さんがアトリエを構えたことをきっかけに、自身も独り立ちを決意。県内の私立中学・高校の非常勤講師として働きながら、父と共に自宅のアトリエで自身の作品制作をスタートさせた。その3年後には、文星芸術大学の講師として採用が決まり、制作の拠点も同大学内に移すことになる。

必要な設備が整った環境を得て、陶芸家として順調なスタートを切ったかのように見えた。

「これが私の作品と言えるものがない」

当時の宇佐美さんの作風は、柔らかさを感じるような曲線のフォルムや、ブルーやイエローなどの淡く明るい色合いを使用したものが多かった。それらの作品は「第3回杜のみやこ工芸展」で奨励賞、「第48回北海道陶芸展」でDCMホーマック賞を受賞するなど、いくつかの公募展では評価を受けていた。

しかし、宇佐美さん本人は悩み続けていたという。

当時の作品について「これは“やきもの”じゃなくても表現できるのでは?」「この作品は結末が見えている」など評する人も。

「自分は何を表現したいのか」と自問自答する日々。「これが私の作品だと言えるものがない」というコンプレックスが心に渦巻いた。

苦悩の末にたどり着いた新境地

自分の作品には説得力がないのではと悩み、また早く結果を出さなければという焦りもあった。一方で、自身の外に目を向けると、世界には戦争など辛く厳しい現実も……。
陶芸家であると同時に学生たちに教える立場であった宇佐美さんは「こんな世の中で自分には何ができるのか」「子どもたちに何を教えていけるのか」「どう表現していけば良いのか」と、悲壮感にも似た感情まで抱くようになる。

しかしその苦しみこそが、新たな作風にたどり着く契機となり、そこで生まれた作品の名は「土環(とわ)」という。

世界の不条理も悲壮もすべて、作品に込めて

「土環(とわ)」は、高さ約51cm、幅は44cmと、重厚感のある大きな筒のようなフォルム。下部には輪が何連にも重なるような意匠が施され、釉薬を塗り重ねたことによる独特の色合いと質感も特徴的な作品だ。

大きな筒状にしたのは面を大きく取りたかったからで、様々な種類の釉薬をローラーで塗り重ねることで独特の色合いを表現している。また下部の輪が重なるような意匠は、面だけでは表現しきれない陰影を出すためだ。

作品名の「土環(とわ)」は当て字で、「人とモノの命が土を介して、時の輪を巡る世界」を形象化したという。「人は死ぬと土に還るので、人は土から離れては生きてゆけない、という想いが背景にあります」。

自身の作風に悩む過程を経て、戦争など生死に関わる厳しい世界情勢、そして目の前にいる、これらの未来を生きる若い生徒たち。宇佐美さんは明言こそしないが、それらに向き合い続けたことこそが、作品に「命」や「生と死」を反映する源泉であったのではないかと思えてくる。

また宇佐美さんが、生と死に向き合ったのは人間だけでない。

枯れた木や死んだ珊瑚など、風化したものや時間の経過で朽ち果てていくものの中にも「美」を見出した。それは有機物だけにとどまらず、ネジや缶などの無機質の工業製品からもインスピレーションを受けたという。

「これは、決して明るい作品とはいえない」と宇佐美さん。

しかし、人間らしい感情と、人の命や風化していくモノへの尊敬、それらを土で表現すること。そこに苦悩しながらも真摯に向き合った宇佐美さんの想いが具現化された作品だからこそ、見るものの心に強く残る作品になったのではないだろうか。

現代陶芸の可能性を探る「菊池ビエンナーレ」での受賞

「土環(とわ)」は、2023年に開催された「菊池ビエンナーレ」で優秀賞を受賞した。過去にも応募はしたことがあったが、入賞は今回が初。

「菊池ビエンナーレ」とは、東京都港区虎ノ門にある「菊池寛実(かんじつ)記念 智(とも)美術館」が2004年度から隔年で開催している公募展。全国から多種多様なハイレベルな作品が集まり、作品のスタイルや技法も様々。伝統的な技術だけでなく、革新性や創造性など将来の可能性も見据えて審査され、次世代の作家が発掘される場としても非常に注目度が高い。

展覧会には全国から多くのコレクターやアート関係者が訪れ、彼らの目に留まることは新たなギャラリーや美術館などとのつながりを得て、活動の機会を広げるチャンス。菊池ビエンナーレは、多くの陶芸作家たちにとって、登竜門的な役割を果たしていると言っても過言ではない。

今がスタートライン。夢への道はまだこれから

「土環(とわ)」はその後、日本陶芸美術協会主催「第11回陶美展」でも奨励賞を受賞。

これらの入賞について「これで良いのだ、と言ってもらえたような、背中を教えてもらえた気持ち。今やっとスタートラインに立てたような気がします」と宇佐美さん。

次なる作品作りに向けて試行錯誤を重ねている段階だそうで「今はまだ“運”だよ、と言われてしまうので、ちゃんと実力だと言ってもらえるようにしたい」とのこと。

今後は、海外で作品を発表したいとも考えている。

「今はやりたいこと、やらなければいけないことが多すぎて、何から手を着けたら良いのかな?という段階なんですけどね」と照れくさそうに笑うが、見つめる未来は希望に満ちている。陶芸の道を選んでからずっと「土」に向き合い続け、この世界の美しさも苦悩も自身の想いも全部ひっくるめて作品へと昇華した宇佐美さん。彼女の今後の活躍から目が離せない。

ACCESS

宇佐美朱理 
栃木県宇都宮市
TEL 非公開
URL https://www.instagram.com/shuriusami00/
  • URLをコピーしました!
目次