栃木県で唯一の地鶏を育て、守り続ける「栃木しゃも加工所」/栃木県鹿沼市

それぞれの土地で手間暇をかけて育てられる地鶏。栃木県の地鶏は「栃木しゃも」という1種のみで、生産を行うのは鹿沼市にある1件の農家だけ。栃木しゃもの誕生から約30年。栃木県で唯一の生産者「栃木しゃも加工所」の代表、石澤久子さんのもとを訪れた。

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栃木県唯一の地鶏「栃木しゃも」とは?

栃木しゃもは、栃木県の畜産試験場が県唯一の地鶏を作ろうと、1986(昭和61)年から約10年にも及ぶ研究を重ね、1995(平成7)年に開発された品種。フランス原産の「プレノワール種」の雄に、アメリカ原産の「ロードアイランドレッド種」の雌を交配させて生まれた雌を母として、そこに「軍鶏」をかけ合わせるという三元交雑によって誕生した。

フランス料理でも重宝される、脂質が少なく肉のきめが細かく柔らかなプレノワール種と、鶏肉本来のコクと強いうまみを持つ国産の軍鶏の特徴を受け継いた栃木しゃもは、脂肪が少なく弾力のある肉質と、コクとうまみを感じる奥深い味わいが魅力。

自然豊かな広々とした農場で、時間をかけて育つ

栃木しゃもの農場があるのは、栃木県鹿沼市。ここは県庁所在地の宇都宮市から車で30分程度の立地ながら、市の7割は森林で覆われた自然豊かな環境と、日光の山々を水源とする川の伏流水も豊富な地域。
そんな豊かな自然環境の広々とした農場で放し飼いされる栃木しゃもは約140日もの長い時間をかけて育てられる。スーパーなどで見かける一般的な食肉用の鶏(ブロイラー)は、生まれてから出荷されるまでが約50日なので、その2〜3倍の時間をかけてゆっくりと、成長させるのだ。
さらに、広い農園に鶏を放し飼いにする「平飼い(ひらがい)」という飼育方法を採用。広い土地を駆け回れる環境で育った鶏は筋肉も発達、それが食べごたえのある肉質やうまみの強さにもつながるという。

しかし、風味の面ではメリットの大きい平飼い(放し飼い)にも課題はある。
敷地内を自由に動くため、強い鶏は早く餌をたくさん食べて、早く大きくなってしまう。
そのため石澤さんは、出荷まで早いもので120日、遅いもので160日程度の期間をずらし、肉質のばらつきが出ないように出荷のタイミングを見極めている。個体ごとの成長度合いを見極めるのは手間のかかることではあるが、味の良い「栃木しゃも」を流通させるために重要なポイントだ。
また与える飼料は、県内産の米や大豆を中心に自家配合したオリジナル。「価格高騰で苦しいと感じることもありますが、飼料は肉質に影響するので変えられないところですね」と話す石澤さん。栃木しゃものおいしさを守るための飼育方法に妥協はない。

交配から加工、販売まで自社で一貫 

「栃木しゃも加工所」の前身は、石澤さんの父、慎一さんがはじめた「石澤慎一しゃも農場」。県の畜産試験場で1995年に栃木しゃもが開発された翌年の(1996年)創業で、今と同様に育成だけでなく、加工と販売まで行っていた。

栃木しゃもの生産にあたっては、当初は畜産試験場から雛の供給を受けていたが、2010年(平成22)年には養鶏研究部門が撤退を決定。石澤さんの農場で全ての交配を手がけるようになった。
しかし身体の小さい雛はとても繊細。「暑いときに換気が遅れると雛が死んじゃったこともあって、とても辛くて…。同じことを繰り返さないようにしたいと強く思いましたね」と石澤さん。また近年の夏の酷暑では親鳥の産卵個数が減ってしまうこともあるそうで、鶏というデリケートな生き物を育てることの大変さがうかがえる。

添加物を使わずに手作りで加工

自身の子育てと並行して、父の養鶏の仕事を手伝っていた石澤さん。2018(平成30)年には社名を「栃木しゃも加工所」に改名し、本格的に経営を引き継ぐことに。
加工に関しては、添加物を使わずに全てを手作業。特に、オリジナルの配合液に2日間漬け込み、地元の山桜でスモークした燻製肉は人気の商品。ムネやモモ、レバーや砂肝など各部位ごとの販売もしている。

生肉は県内外の焼き鳥店や創作料理店などの飲食店へ販売。食鳥処理を行った当日中に、新鮮なままチルド品として出荷。そのほか、百貨店の催事や地域のイベントに参加しての実演販売や、自社ホームページでの通信販売、加工所での直接販売なども行っている。
また数は多くないが卵の販売も行っており、2022年には石澤さんが所属する「とちぎ農業女子プロジェクト」と東洋大学経営学部蜂巣ゼミが協力して、東洋大学の学食で栃木しゃもの卵をはじめとした県の食材の魅力をPRするメニューの開発、販売を行った。

「栃木しゃもの卵はくせがなく、強い味があるわけではありません。でも他の食材と合わせても邪魔をしないのに、卵の味はしっかりする。学生さんが『他の卵と味が全然違う!』って言ってくれたのは嬉しくて、もっと頑張らなきゃなと思いました」と、さらなるPRにも意欲的だ。

ファンを増やすための地道な普及活動

有名な「名古屋コーチン」や「比内地鶏」など全国には多数の「しゃも」系の地鶏がある中で、「栃木しゃも」の知名度は発展途上。だからこそ石澤さんは、栃木しゃもの生産・販売だけでなく、よりおいしく味わってもらえる機会を大切にしている。
お祭りなどのイベントで店を出し、そこで焼き鳥などを販売。当初は、一般的な「焼き鳥」という認識で見られてしまい、売れ行きも芳しくなかった。しかし継続して参加したことで味の良さに気がつく人が増え、最近はまとめ買いをする人も。

「知名度を上げる」という観点で言えば、これはほんの小さな一歩かもしれない。
それでも、生産者自らが手塩にかけた鶏を調理し、提供すること。そして消費者と対話を重ねること。そこには、大切に育てた1羽1羽の魅力を余すことなく伝えたい、という石澤さんの想いの強さを感じずにはいられない。

栃木しゃもを自宅でもおいしく

栃木しゃもは、筋肉質で程よい弾力のある噛みごたえも大きな魅力だが、よりおいしく食べるためには調理にコツが必要だという。石澤さん曰く、一番大切なのは「ゆっくり火を通すこと」。栃木しゃもに限らず、筋肉質の鶏肉は低温でゆっくりと火をと通すことが、冷めた時にも固くならないポイントなのだ。

また、「寒い季節は脂がのっているので、水炊きにしてうまみの溶け込んだスープを最後まで飲み干してくれたら嬉しい」と石澤さん。おいしい食べ方を語る表情は終始にこやか。これぞ、鶏への愛情の現れなのだろう。

「栃木しゃも」を守り続ける

実はもともと「栃木しゃも」の生産農家は石澤さんだけではなかったが、交配から行わなければいけない手間暇やコロナ禍も逆風となり、他の農家は生産から撤退。残ったのは、栃木しゃも加工所の1社のみ。
気性の粗い軍鶏の血を引く栃木しゃもは力も強く、くちばしで突かれたり爪で蹴られたりするとケガをしかねない。また大きな動きや声にはすぐに驚いて、暴れ出してしまうので立ちふるまいにも注意が必要だ。長くこの仕事を続ける石澤さんも、未だに「育てるのは簡単ではない」と苦笑い。それでも「栃木しゃもは本当においしいので、絶対になくしてなるものか!という意地もあって続けています」と話す声は力強い。

各飲食店への営業まで手が回らないのが課題だというが、イベントへの出店時に足を運んでくれる、レストランや小売店のバイヤーとの出会いを通じて、少しずつ味を知ってもらう機会も増えてきたという。「何回か食べていくうちに、また食べたいなと思ってもらいたい」という意気込みも。
現在は息子さんも生産に携わるようになり、「栃木しゃもを守っていきたいから、息子と喧嘩しながらもやっていますね」と笑う石澤さん。

約4キロも体重があり、けたたましく鳴く栃木しゃもも、石澤さんに抱かれると大人しくなる。そんな鶏を見つめながら「まだまだ精進しなきゃですね」とポツリ。抱き上げた鶏を見つめる石澤さんの目や声は、まるで子どもに向けるように優しく、あたたかい。
育てる環境、与える飼料、今日に至るまでにはさまざまな試行錯誤があった。しかし、変わることがなかったのは深い、深い愛情を注ぐこと。その愛こそが「栃木しゃも」のおいしさの根幹をなしていると感じずにはいられない。

ACCESS

栃木しゃも加工所  
栃木県鹿沼市栃木県鹿沼市上殿町46
TEL 0289-65-6772
URL https://tochigi-shamo.com
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