近年、お米のオリンピックとも呼ばれる「米・食味分析鑑定コンクール」などで金賞を多数獲得し、その美味しさが注目されている場所がある。鳥取県日野郡江府町(こうふちょう)。町の農業を守るため、米農家が団結し「奥大山プレミアム特別栽培米研究会」を立ち上げた。米作りの郷の新たな取り組みに注目が集まっている。
大山の麓、米作りに最適な鳥取県江府町
鳥取県の南西に位置する日野郡江府町。西日本最高峰の山「大山」の麓にある江府町は、別名「奥大山」と呼ばれ、大山隠岐国立公園にも隣接している。西日本最大のブナの原生林から流れ込む天然水の美味しさは有名で、複数の水工場が進出しているほど。また、大山の火山灰から作られた黒ボク土は保水力に優れた土壌で、農作物の栽培に適した土地だ。
そんな江府町では長年米作りが盛んで、鳥取県でも有数の米どころとして知られてきた。
奥大山江府米の誕生
しかし、2000年代以降農家の高齢化や新規就農者の減少が進み、江府町の稲作の未来が危ぶまれる状況が続いていた。また農業人口の減少により、耕作放棄地も増加し、せっかくの米どころが廃れていく状況下にあった。
「江府町の美味しいお米を守っていきたい。そして、江府町の美味しいお米をもっと“美味しく”作りたい」ーーその想いから始まったのが、遠藤功さんが会長を務める「奥大山プレミアム特別栽培米研究会」だ。江府町の特産品として奥大山江府米の認知度が上がれば、全国から求められる商品になる。米の販売が拡大されれば、農家の所得向上につながる。そして、地域の担い手の育成や、新規就農が進み、江府町の農地を守ることにつながる。
豊かな自然、奥大山の清流、昼夜の寒暖差が作り出す美味しいお米。そして、その恵みを受け継いできた江府町。「地域の農業、農地は地域で守る」を理念とし、この町と美味しいお米を後世に残していきたい。そうして江府町の米農家、JA、行政が手を取り、2013年に研究会を立ち上げた。
特別栽培米のこだわり
研究会が追及するのは、より美味しいお米。そのために取り入れた基準が、農林水産省が定める「特別栽培米」だった。農薬や除草剤、化学肥料などを使用して栽培する一般的な慣行栽培に比べて、特別栽培米の栽培では、対象農薬の使用量と化学肥料の窒素成分量をそれぞれ5割以下に減らさなければならない。
5割減でも大変だが、奥大山江府米では慣行栽培に比べて化学肥料を9割減で栽培。その化学肥料も使用するのは育苗のときのみで、本田には使用しない徹底ぶりだ。
また、米の美味しさを測る物差しとして、食味値(しょくみち)と味度値(みどち)という数値がある。食味値は、玄米に含まれる水分やタンパク質、アミロースなどを機械で測定し、米のうまみ成分を見える化したものだ。日本では65〜75点が平均値とされる。
味度値は、白米を炊いたときにできる粘り(保水膜)の度合いを測るもので、ご飯を食べたときの美味しさを数値化したもの。
どちらも100点を最高点とし、高得点であればあるほど米は美味しいとされているが、奥大山江府米では食味値が81点以上のものしか出荷しない。さらに、粒の大きさもその特徴のひとつ。江府町では、玄米をふるいにかける際の網目の大きさは1.9mmだという。
全国的に見ても、収穫された米の9割は平均1.8mm以下の大きさであることから、奥大山江府米ではより大きな粒を選んでいることがわかるだろう。0.1mmの差だが、1.9mmのふるいにかけることで未熟粒の割合が減り、お米を噛んだ時の粒感もより感じられるのだという。
鳥取県の誇るきぬむすめと星空舞
遠藤さんが育てているのは、コシヒカリ、きぬむすめ、そして星空舞(ほしぞらまい)の3種類だ。もともとコシヒカリをメインに栽培していたが、近年の気温上昇の影響を受けて、未熟米と呼ばれる白く濁った米が収穫されるようになってしまった。未熟米の味は通常の米と大きな変わりはないが、等級を付ける際、見た目が悪いためにランクが下がってしまう。
それに対応した品種として鳥取県が推奨するようになったのが、きぬむすめと星空舞だ。
きぬむすめは、倒れにくいキヌヒカリと、病気に強い愛知92号をかけ合わせた晩生品種で、甘みと粘りがあり、冷めても美味しさを損なわない。一方星空舞は、粘りが控えめですっきりとした味わいのササニシキと、鳥取で長く育てられてきた鳥系(とりけい)を交配させてできた比較的新しい品種で、しっかりと粘りがありつつもさっぱりとした味わいが特徴だ。星がよく見える県として鳥取県が日本一になったことからその名が付けられ、「星のように輝くお米」として大きな注目を浴びている品種でもある。
きぬむすめや星空舞は標高が低い場所でも未熟米が出にくいため、遠藤さんたちの田んぼでは、標高の高い場所ではコシヒカリ、中間地に星空舞、低い場所にきぬむすめを作付し、未熟米を減らすように工夫している。
美味しさの秘訣
研究会では、お互いの米生産技術を競い合ったり、特別栽培米の栽培ルールや安全な農薬使用の方法を確認したりと、メンバー同士の米の質を高め合う。
なかでも大切なのは、日々の水の管理。稲の様子を見て田んぼに水を流し込み、土壌の窒素成分が偏らないようにしたり、気温が高いときには田んぼの水深を上げて、水温を一定に保ったり、細かな調節が欠かせない。
「江府町の米が美味しいのは、奥大山から流れ出る冷たい水と、昼夜の寒暖差のおかげ。それを最大限活かせるように頑張っている」と遠藤さん。
また、特別栽培米の農家として有名な山形県の遠藤五一(ごいち)さんに指導を依頼し、土づくりから収穫方法まで、さまざまなアドバイスをもらっている。五一さんは農薬や化学肥料を使うことが主流だった1980年代から有機栽培をはじめ、「米・食味分析鑑定コンクール」では度々金賞を受賞している米農家。「日本一の米職人」とも呼ばれるレジェンドだ。
江府町の土壌はもともと酸性が強いため、アルカリ性の肥料やミネラルホウ素など、五一さんから指導された肥料を中心に田んぼに加える。また、江府町の柿原地区の特産でもある竹炭や竹パウダーを入れ、土壌の改良や除草効果を目指している。自然由来の肥料を入れ土壌成分のバランスを保つことで、より食味の高い米ができあがるのだ。
「やっぱり美味しいお米を食べてもらいたい。そして自然に沿った栽培をやりたい。だからこそ奥大山江府米では、化学肥料ではなく、自然に由来するものを使うように心がけています」
お米日本一コンテストで最高金賞を受賞
そうしてできた研究会のメンバーによるお米は、全国的にも高い評価を受けている。
静岡県で毎年開催されている、米の食味を競う「お米日本一コンテストinしずおか」では、きぬむすめが2016年と2018年に最高名誉に次ぐ「最高金賞」を受賞。さらに、米の等級だけではなく美味しさを分析、鑑定する「米・食味分析鑑定コンクール」でもコシヒカリ・きぬむすめが金賞を受賞するなど、全国的にもその美味しさが知られるようになっていった。
その後も毎年コンクールに出品し、金賞や上位入賞を獲得。より美味しいお米を追求し続けるとともに、新品種である星空舞での入賞も目指している。
安心・安全で美味しいお米を届けたい
化学肥料や農薬の使用量を抑えて育てる奥大山江府米。自然由来のものを使い、美味しさにこだわる栽培方法は、ときに収穫量を減らしてしまうこともある。
「やはり味を求めようとすると収量は減ります。それでも僕らの作るものとしては、味と収量の両方を求めていきたい。そのためにどんな育て方をしたらいいのか、何を与えたらいいのか研究しているところ」と遠藤さんはいう。
また、美味しさの基準も高みを目指し続けている。食味値、味度値どちらも90以上を目指し、コンクールでも評価される「美味しい米」を目指し奮闘中だ。
より安全で、より美味しい。奥大山江府米が普及していく未来が近づいている。