愛情深い牛飼いによる、ブランド設立への挑戦。「豊作ファーム」/福岡県柳川市

有明海に面し、水郷のまちとして知られる福岡県柳川市。風光明媚なこの土地に牧場を構える「豊作ファーム」の江口豊作さんは、自身の名前を冠した黒毛和牛のブランド「豊作和牛」を立ち上げた。愛情深く牛たちを育てる肥育農家としてのこだわりと、「心の豊かさを作れるように」と、願いを込めたブランドへの熱き思いを追いかける。

目次

牧場経営のきっかけは、米農家で稲藁があったから

通常の牛肉の生産および流通は、母牛から子牛を増やし、育成・出荷までを行う一貫生産農家あるいは、その子牛を購入して枝肉として出荷するまで育成する肥育農家が育てた牛を市場に出荷し、卸売業者が購入。そして卸売業者が小売業者に販売するなど、数多の行程を経て消費者の元へと届く。
「豊作ファーム」も、かつてはすべての牛をその流通ルートに乗せていた。しかし、いつしか「手塩にかけた牛たちを、この手で直接届けたい」という思いが芽生える。2021年、その思いに端を発し、ブランド「豊作和牛」をスタートさせた。生産を江口豊作さん、そして販売を兄・幸司さんが担い、家族全員で父の代から続く牧場を支えている。

江口家の牧場経営の始まりは、5頭のホルスタインから。約45年前にさかのぼる。

もともとは代々米農家であった江口家。現在も8町(8ヘクタール=80000㎡)もの農地を有する米農家であるが、当時父・正博さんは農地で採れる稲藁を粗飼料として畜産農家へ販売していた。ある時、「稲藁があるから、自分たちでも牛を肥育してみよう」と、子牛を購入。乳用種であるホルスタインのオスを肉牛として肥育することから始まった。
一般的には乳用種として広く認知されているホルスタイン種だが、意外にもオスは肉牛として肥育されている。

豊作ファームが創業した当時は、ホルスタイン種のオスの仔牛が和牛と比べて比較的安く手に入ったため、当時牛飼いを始めるのには、ハードルが低く、参入しやすい種だった。

七転八倒。畜産業界を襲う諸問題に、心が折れそうになるも……

肥育開始後、徐々に頭数を増やすも、1991年には牛肉の輸入が自由化。今のままでは価格競争で外国産の牛肉に太刀打ちできないと、肥育する品種をより市場価格の高いF1種(ホルスタイン種などの乳牛と黒毛和種などの肉牛を掛け合わせた品種)に変更した。その後、事業が軌道に乗り始めるも、BSE問題や牛肉偽装事件など、畜産業界を立て続けに問題が襲う。正博さんは、幾度とやってくる苦難に頭を抱えた。

しかし、起死回生の一手としてある決断を下す。食の安全性の意識の高まりから、高品質な和牛への需要が増加すると見込み、20数年前に黒毛和牛の肥育に転換。ここがターニングポイントとなった。

その後、農学部へ進学した豊作さんが大学卒業後にUターンし、後継者として牧場経営に入る。豊作さんが牧場経営に加わって以降、2016年には「福岡県肉用牛生産者の会 枝肉共励会」博多和牛の部で最高位のグランドチャンピオンを獲得。2018年には、県内の畜産農家が競う「福岡県肉畜共進会」の和牛の部で最高位の金賞(農林水産大臣賞)にも輝く。20代の若手生産者の受賞というニュースは、業界を驚かせた。親子2代で切磋琢磨し、現在では黒毛和牛を約220頭育てるまでに成長した。

福岡県のブランド牛「博多和牛」を肥育

現在、「豊作ファーム」が育てている黒毛和牛は、2005年に誕生した福岡県のブランド牛「博多和牛」である。その誕生の背景には業界全体を襲ったBSE問題による、黒毛和牛の市場価格の暴落があった。感染リスクへの恐怖心などもあり、肉牛市場は混乱。福岡県の畜産業も衰退の危機に陥った。そんな時、起死回生を図るべく、福岡県の畜産農家が一致団結し、「安心して味わえる黒毛和牛を届けよう」と作り出したのが「博多和牛」である。

「博多和牛」の定義は、九州の産地から買った子牛を、県内産の稲藁を主食として約20ヶ月間育てた和牛のことを指す。肉質等級は3等級以上。肉質はやわらかく、ジューシーな味わいが魅力だ。

そして、「豊作ファーム」が肥育した「博多和牛」は、9割以上がA4〜A5等級。きめの細かさなど見た目の美しさはもちろんだが、おいしさに直結するといわれる不飽和脂肪酸の一つ、オレイン酸が脂質中に55%以上含まれていることも評価が高い理由だ。口溶けが良く、口に入れた時の風味にも定評がある。

血統も大事だが、餌がその牛の能力を開花させる

良い肉質の牛を育てることについて、「牛の持っている能力(血統)も重要ですが、その牛の能力を発揮させるためには、餌の質と内容も重要です」と豊作さんは語る。「豊作ファーム」は、稲藁はすべて自家栽培。さらに、成長の段階に合わせて前期、中期、後期と餌の内容を変えている。前期は粗飼料とタンパク質を多めに与え、中期に向けた胃袋づくりと、筋肉の元を形成。中期には、筋肉の元を大きく育てるために餌自体のカロリーを増やす。後期にはビタミン豊富なエサを与え、サシの入り具合をコントロール。第一に健康であることを重点に置き、肥育している。

霜降りを重視する一般的な給餌方法では、牛たちの健康を脅かし、ストレスを与えることも多い。しかし、「豊作ファーム」では、牛の健康状態と成長を重視して給餌。長期肥育といわれる約30ヶ月間、ゆっくり時間と愛情をかけ、健康的で骨格がしっかりとした、肉付き、肉質の良い牛に育てている。

回数を分けて給餌することで消化もスムーズに

牛の消化不良を防ぐために、1日8回と小まめに餌やりを行うこともこだわりだ。濃厚飼料(大豆粕やとうもろこしなどタンパク質を多く含む飼料)によるアシドーシス(牛の胃の中で過剰な乳酸が蓄積すること)を防ぐ意味でも、手間はかかるが重要な工程だという。

加えて、自家配合を行う配合飼料は、毎食直前に混ぜ合わせ、雑菌の混入を防ぐ。「昔、効率を優先して、餌を事前に混ぜておく時期がありました。ただ、その時は牛の調子が悪くなることがたびたびあって……。そこで、給餌する直前に混ぜて与えてみると、牛の調子がみるみるうちに改善しました。手間暇をかけた分だけ、牛は応えてくれる。そのことを牛たちが教えてくれました」と、豊作さんは当時を振り返る。

牛たちがストレスなく、のびのびと過ごせる一日を目指して

さらに、豊作さんは、「牛への声かけも大切にしています」と語る。続けて、「牛など多くの動物は絶対音感を持っているといわれており、“餌の時間だよ”という声を音で記憶、判別しています。すると、条件反射で唾液の分泌が促され、スムーズな消化を助けてくれるんです」と、牛たちを愛おしそうに見つめながら話す。
それ以外にも、重要なこととして「規則正しい生活リズム」を挙げる。餌やり、牛舎の掃除、ブラッシング……など、決まった時間に決まったことをする。自然に備わった体内時計に合わせた暮らしを健やかに感じられるのは、人間も牛もきっと同じだ。

豊作さんが顔を撫でると、うっとりとリラックスした表情を見せる牛たち。真面目で正直で、愛情深い。豊作さんの深い情が彼らにも伝わっているようだった。

牛飼い自ら販売するブランド「豊作和牛」を立ち上げ

「豊作ファーム」では、自社で育てた「博多和牛」をセリに出荷すると、販売部門を担う豊作さんの兄・幸司さんが代表を務める流通販売専門の会社「株式会社エンリッチ」が、そのセリに参加し、一頭購買している。

その後、精肉、加工を経てお客様に直接販売。この生産から販売まで包括したブランドを「豊作和牛」と名付け、2021年にスタートさせた。
これにより、サシの入り方などが基準となる市場評価軸だけではなく、消費者が求めている本質的な需要軸でも新たに価値をつけることができるようになり、結果、豊作ファームの求める「お肉そのもののおいしさを届けたい」という想いを実現することに繋がるのだという。

後者の軸をより太くしていくため、「豊作和牛」ブランドを通して、消費者とのコミュニケーションをしっかり取り、ニーズを把握し、いま市場で生じている価値と需要のズレを正していけることを目指している。
その仕組みづくりの立役者は、商社で畜肉の輸出入や国内流通業務を長年担ってきた幸司さん。兄弟がそれぞれの強みを生かし、生産者のやる気やモチベーションに繋がる部分を搾取してしまわず、フラットな関係性で生産部門と販売部門が連携していくため、手を携えながら、今日の「豊作ファーム」の発展を支えている。

「お客様と直接やりとりすることで、普段牛肉を購入する際には知ることのできない生産背景までも伝えることができます。価格やおいしさの理由に納得してもらえ、本当に安心できるものだけを買ってもらえる。安心安全な食の選択肢を提供していきたいと思っています」と、幸司さんは力を込める。

「豊作和牛」のおいしさを通して、豊かさを届けたい

さらに、「豊作和牛」の流通だと、ホルモンに関しても「豊作ファーム」産であると、品質が保証されている点も魅力だ。通常、牛肉の正肉(赤身)に関しては、割り当てられた個体識別番号で生産者を判別できるが、内臓肉に関しては個体識別番号が反映されることはない。つまり、広く産地は特定できても、誰がどんな環境で、どう育てたかは窺い知ることが難しいのだ。その点も含め、最近は飲食店からも高い評価を受けている。福岡県内のほか、東京など関東の飲食店でも取り扱いが増え、「豊作和牛」の輪が広がり始めた。

「サシの入り具合が評価基準になっている格付けは、流通における指標としてもちろん大事です。しかし、私たちが大切にしていきたいのは、お肉そのもののおいしさ。その裏側にある、どんな環境で、どのように育てているかという生産者の物語も添えて、さらに多くのお客様においしさを届けていきたいです」と、豊作さんはブランドに込めた思いを語る。

自社牧場で育てた黒毛和牛を通して、心の豊かさを作りたい。そんな思いを込めた「豊作和牛」というブランドは、走り出したばかり。「知名度の向上、販路の拡大など、まだまだ課題は山積みです」と豊作さん。父・正博さんの代から続く循環型農業に軸足を置き、新たな挑戦に奔走する豊作さんは、とてもしなやかでたくましい。その後ろ姿は、未来を切り拓く情熱にあふれていた。

ACCESS

豊作ファーム
福岡県柳川市有明町1952-7
TEL 070-4546-5140
URL https://hosakuwagyu.thebase.in/
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