岡山市中心部から東へクルマで約1時間の場所に位置し、備前焼の里として知られる岡山県備前市。その穏やかな海の近くに吹きガラス工房を構える、花岡央(はなおかひろい)さん。美しい色彩と優しい雰囲気をまとった日常使いのガラスの器で人気を集めている。
芸術への憧れからガラスの道へ
花岡さんが生まれ育ったのは、岡山を代表する焼物・備前焼の産地である備前市。そのため、一番身近な存在のアートは備前焼だったという。加えて、趣味で絵を描く父親の姿に子どもの頃から憧れを抱いていた。
それらの影響から高校卒業後は、美術大学で備前焼を学ぼうと考え、倉敷芸術科学大学への進学を果たす。専門分野を決めるまでの課程では、焼物やガラス、染織などさまざまな工芸を学ぶことに。そのなかで、「焼物と違って、作った翌日には作品が完成するというスピード感が、自分の性格に合うと感じた」のが、ガラスだったという。その感覚を信じ「ガラスコース」に進み、当時、教授を務めていた倉敷ガラスの創始者・小谷眞三氏に師事する。
在学中は、早く自分が思い描くものを形にできるようになりたいと、授業以外にも時間を見つけては練習に励み、全国各地で行われていた勉強会にも参加するなど、まさにガラス作りに邁進する日々を送った。
誰に向けて、どう作るか
大学卒業後は、大阪でガラス作家・辻野剛氏の吹きガラス工房「fresco」に就職。その工房は、ガラスの器を使う人の生活にどう取り入れてもらうかまでをトータルデザインして、世に出していくというスタンスを大切にしていた。「誰に向けて作るのか、手に取ってもらう相手をイメージしながら作る。まずそこを固めてから制作をスタートする。そういうやり方を学べたことが自分にとってかけがえのない経験となりました」と花岡さんは当時を振り返る。
「自分ならでは」「この地ならでは」のガラスを
9年間「fresco」に勤務した後、2013年に独立。故郷・備前市に戻り、ギャラリーを併設した吹きガラス工房「HIROY GLASS STUDIO」を構えた。
花岡さんが用いるのは、吹き竿に息を吹き込み、型を用いずに整形していく「宙吹き」の技法。「宙吹きだと、その日によって『これがいい』が違ってくる。体調や気分によって、よくも悪くもなるというところが、吹きガラスのおもしろさだと思うんです」と、楽しそうにその魅力を教えてくれた。
自身の工房を構えてから軌道に乗るまでは、ガラス教室を開催する傍ら、作品を携えてギャラリーやショップを回り、少しずつ販路を開拓していったという。
そのなかで、花岡さんが大切にしたのは、「これを作りたい」「これを売りたい」という自分の思いだけを優先させるのではなく、先方の要望を聞いて作品に取り入れること。そうした柔軟な姿勢が、結果として作品の幅を広げていくことにつながっていったのだ。
スリットが印象的な代表シリーズ
昔から日本の伝統的なものに美しさを感じて育った、花岡さん。その感性を生かして誕生したのが、古い日本家屋に見られる「連子(れんじ)格子」をイメージしたスリット模様が印象的な「ren(レン)」シリーズだ。多彩な色彩と、光を受けて落ちる影をも楽しめるだけでなく、スリットがもたらす境界線のあいまいさによって、どこに置いてもしっくりとなじむ不思議な魅力をたたえている。
人がやらないことに挑戦
「ren」シリーズは、一見、切子ガラスのように見えるが、その製法はまったく異なる。まず透明ガラスに色ガラスをかぶせて温めてガラス玉を作り、いったん冷ます。その後、表面を線状に削り落とした上で磨きをかけるという工程を経て、再び熱を加えて吹いて成形していく。このやり方は、スウェーデンで生まれた「グラール技法」を参考しているという。「削ってから吹くという点が、切子とは大きく違います。それにより、切子ではできないような部分にまでカット模様を入れられるんです」と花岡さん。一般的な吹きガラスよりは工程が多いため、完成までに手間も時間も要する。人がやらないことにあえて挑戦することで、花岡さんならではの作品が誕生したのだ。
この地とのつながりのある作品を
そしてもうひとつ、花岡さんが大切にしたかったのは、地元とのつながり。自身が親しんで育った備前焼のように、この地ならではのガラス作品を生み出せないかと模索していた。
そんなある年、米作りを行う両親が作った米が不作の年があった。そこで、捨てられてしまう米を溶かして作品に取り入れてみることに。普段、口にしている米をガラスに取り入れることで、使う人にも身近に感じてもらえるのではという狙いもあった。そうして誕生したのが、「GRICE(グライス)」。淡い青色が美しい人気のシリーズだ。現在は、粒が小さいものや色選別ではじかれた、市場に出回らない米を灰にして、ガラスに溶かし込んで制作している。
実は、工房を構える備前市穂浪井田地区は、江戸時代に入り江を干拓して作られた土地。そこに、岡山藩直営の庶民のための学校・旧閑谷学校の学校田「井田(せいでん)」が広がっていたのだ。「GRICE」を通じて、そうしたこの地に息づく歴史にも思いを馳せてほしいとの願いも込められている。
美しい色へのこだわり
花岡さんが日々ガラス作りに励む工房へ足を踏み入れると、窓際につり下げられた色とりどりのガラスの玉が目に飛び込んでくる。一見、作品のようだが、実は約300色にものぼるガラスの色見本なのだ。彩色には粉ガラスを用いるが、粉の状態とガラスになった時の色が異なるものもあるという。そこで、一目でわかりやすいように、あらかじめガラスの状態にしているのだとか。「日本はもちろん、ドイツやアメリカのメーカーの粉ガラスを使っています。透明のガラス部分はスウェーデン製の原料を使用していて、ここまでくると、もはや僕の趣味のようになっていますね」。花岡さんの作品の美しい色彩は、ここから生まれている。
季節に合わせて楽しめる器を
そんな花岡さんの色へのこだわりが光る最新シリーズは「Dusty(ダスティ)」。くすんだカラーの落ち着いた雰囲気で、日々の暮らしのさまざまなシーンにマッチする。「ガラスの器は夏のもの」というイメージを払拭するべく、透明感だけではないガラスの魅力を表現している。
「最近では、季節に合わせてガラスの器を使い分けて楽しんでくださる方もいらっしゃるんです」と、うれしそうに教えてくれた花岡さん。そんな使い手との交流こそ、彼にとって一番幸せなひとときなのだとか。
柔軟な姿勢が新しい作品を生み出す
独立し、工房を構えてから10年。器作りはひととおりやってきたので、今後はオブジェにも力を入れていきたいと考えている。もともとは、造形的な作品はあまり得意ではなかったという花岡さん。アート作品よりも、日常で使えるものを作りたいという思いが胸にあったからだ。
しかし、オブジェを手がけ始めたことで、新たな気づきが。オブジェに興味を持ってくれた人が器を購入してくれたり、その逆があったり。「『これはやらない』って突っぱねるのではなく、やってみたことが新しい出会いにつながり、作品にもさらに広がりが生まれたように思います」。こうした柔軟さこそが花岡さんの強みであり魅力なのだろう。
そして今後は、これまで手がけてきたさまざまなシリーズをかけ合わせた作品にも挑戦してみるつもりだ。日本の文化を大切にする思いと美しい色をガラスに溶かし込みながら、花岡さんはこれからもガラスを吹き続けていくのだろう。