群馬県は全国1位の生産量を誇るこんにゃく芋の名産地。「こんにゃくと言えば群馬」と断言できるほどの確固たる地位を確立している。なかでも指折りの「生芋こんにゃく」を手作りしているのが、「こんにゃくの里」渋川市の生方農園。そのおいしさの秘訣は、昔と変わらぬ製法と幻の品種「はるなくろ」へのこだわりにあった。
全国シェア9割を占める群馬のこんにゃく芋
群馬県のほぼ中央に位置する渋川市街地から北へ約8㎞。西は標高1,296mの子持山を間近に望み、東に日本三大河川の一つとして知られる、雄大な一級河川の利根川が流れる。川の西岸の段丘上に所在する細長い地形の上白井地区は、かつて子持村(こもちむら)と呼ばれ親しまれていた。生方農園はこの地で長きにわたってこんにゃく芋を栽培している。
生方農園は代々続くこんにゃく農家。栽培から加工、販売まで、一貫したこんにゃく専業経営の基盤を確立した先代からバトンを引き継いだ生方修さんは、実に6代目当主にあたる。そびえ立つ子持山を背にした敷地には、貯蔵庫と加工場、直売所からなるこんにゃく工場があり、そのすぐ目と鼻の先にこんにゃく畑が広がっている。
こんにゃく芋の生産が盛んな群馬県は、収穫量が全国第1位、90%以上のシェアを誇る一大産地。全国でも有数の日照時間の長さに加え、火山の噴火で堆積した水はけのよい火山灰土壌が特徴的な土地柄だ。特に渋川市をはじめとした中山間地域の傾斜地は排水が良好で、夏は暑すぎず、冬には群馬特有の「からっ風」が吹いて空気が乾燥する。これらの自然条件は、こんにゃく芋作りにとって好適地なのだという。
こんにゃく芋は栽培の難しいデリケートな作物
「なにしろこんにゃく芋はデリケート」と生方さんが言うように、古くから栽培されていたにも関わらず病気に非常に弱いことから、かつては運が良ければ収穫のできる「運玉」などと呼ばれたほど栽培の難しい作物であった。品種改良をしようにも既存の品種である「在来種」「備中種」は性質がよく似ていたため掛け合わせることができず、中国から「支那種」を輸入し数々の試験を重ねた結果、栽培しやすく生産性の高い品種を作ることに成功した。こうして「はるなくろ」、「あかぎおおだま」、「みょうぎゆたか」、「みやままさり」という改良種が誕生。現在は病気に強い「あかぎおおだま」と新品種の「みやままさり」の栽培が主流となり、2品種だけで国内生産の97%以上を占めている。
ちなみに改良品種に付けられた名前は、どれも群馬を代表する「榛名山、赤城山、妙義山」の上毛三山(じょうもうさんざん)に由来する。それというのも群馬県渋川市には、国内で唯一のこんにゃく芋の研究機関があるからだ。この地で品種改良の地道な研究に取り組んできたことも、群馬がこんにゃく芋の生産日本一を築き上げた大きな原動力となっているようだ。
収穫したら、また植え直す。3年かけてようやく1人前
こんにゃく芋は収穫までに3年という長い年月がかかる。しかも3年の間、畑に植えたままにしておくわけにはいかない。なぜならこんにゃく芋は寒さが苦手で冬を越すことができないからだ。土の中では寒さで凍ってしまうため、冬の間は一時的に畑から掘り起こして貯蔵庫で大切に管理する必要がある。そして春になったら再び畑に植え直し、寒くなる前にまた掘り起こして保管する。この工程を繰り返しながら大きく育てていくという、大変手間のかかる作物なのである。
希少な品種「はるなくろ」にこだわる
そのうえ、生方農園では最も古い交配種の「はるなくろ」を栽培している。この品種は病気に弱く栽培が困難なことから、収量を重視する農家の多くはこぞって前述の「あかぎおおだま」と「みやままさり」の栽培へ移行していった。「はるなくろ」の生産は減少の一途をたどり、今となっては全国生産量がわずか1%にも満たない幻の品種となっている。
なぜ生方農園は栽培の難しい「はるなくろ」にこだわり続けるのだろうか。その理由は、何より自社工場で加工する「生芋こんにゃく」のクオリティーを宝物のように大切に守り続けているからにほかならない。
こんにゃく芋は品種改良が進むほど病気に強くなり、栽培のしやすさと収量の多さに特化していくいっぽうで、味に対する改良が置き去りにされている傾向は否めない。「はるなくろ」より後に改良された「あかぎおおだま」や新品種の「みやままさり」は粘度は高いが、こんにゃく芋の主成分で「グルコマンナン」と呼ばれる食物繊維の粒子が粗いという。つまり、古い改良品種ほど扱いは難しいが、加工した際に風味豊かで滑らかに仕上がるというわけだ。
昔ながらの製法で手作りする「生芋こんにゃく」
こんにゃくの原材料の基本は、こんにゃく芋と水、消石灰(水酸化カルシウム)のみと、驚くほどシンプル。裏を返せばシンプルなだけに非常に奥が深い。生芋は傷みやすく長期保存が難しいため、一般のスーパーマーケットなどで販売されているこんにゃくは、芋を乾燥させて粉の状態にしてから作られる。粉にすれば貯蔵に便利で保存期間も格段に長くなり、加工しやすく安定するからだ。いっぽう、生方農園の作る「生芋こんにゃく」は、畑で収穫した希少な「はるなくろ」の生芋を皮付きのまますりおろす、昔ながらの「生ズリ」だ。しかも、こんにゃくをのり状に練る際には機械生産とは言いがたい、羽がバタバタと音を立てながら空気を含んで練り上げる古風な「バタ練り機」を使用する。そしてキモとなるのが「バタ練り」したこんにゃくを手際よく手延べする作業。それは秒単位を争うほど熟練の技術を要するのだ。
品質の善し悪しを左右する手延べの技術
これらの工程を一手に引き受けるのは73歳になる生方さんの母である。この道35年のベテランで生方農園の「生芋こんにゃく」は、まさに母の腕ひとつにかかっている。使用する生芋の大きさや保存状態によって、水加減や練り具合、凝固に用いる消石灰の量や入れるタイミングなどを長年培った自身の感覚を頼りに、その時々で自在に調整していく。
母曰く、「はるなくろ」で作ると、手延べする際にある不思議な現象が見られるという。それは、表面がガラス玉のようにキラキラと光り輝くのだとか。同じように「みやままさり」で作ってみても白濁していて、そのようにはならないという。「どうしてなのか理由はわからないけれど本当にきれいなんですよ」。
味しみがよく「臭み」が無いのが特徴
こうして手間暇を惜しまずに作る「生芋こんにゃく」は、粉から作ったこんにゃくのつるっとした口当たりとは違い、食感に独特の歯ごたえと弾力があって風味豊か。気泡が多く含まれているから味がよく染み込んで、煮物やおでんなどの料理が格段においしくなる。そのうえ、いわゆるこんにゃく独特の「臭み」が無く食べやすい。「井戸水を一晩じゅう流しっぱなしでしっかりアク抜きをしているからね」と理由を明かす。
スーパーなどで安価で販売されている大量生産型のこんにゃくは、アクが抜けていないものが多い。アク抜きをしなくても食べられるが、においが残り料理の仕上がりにも影響する。このアクの正体は、原料となるこんにゃく芋から出るえぐみと、製造過程で使う凝固剤の持つ臭み。アク抜きをすることでえぐみや臭みが取れ、同時に水分が適度に抜けてプリッとした食感が増し、味しみもさらによくなるという。十分にアクを抜いた生方農園の「生芋こんにゃく」は、量産されたこんにゃくとは一線を画す。特に生方さんの自負する「しらたき」の味と食感は、「視察に来た同業のこんにゃく製造会社に『絶品』と言わしめるほど評判がいい」そうだ。
変わらぬ味を守りながら少しずつ規模を広げたい
このような昔ながらの製法は大量生産が難しい。しかも母一人で作り続けることは、体力的にもそろそろ限界が近づいてきているという。実のところ生方農園の「生芋こんにゃく」はほとんど市場に出回っておらず、直売所のほか、ごく限られた場所でしか手に入らないのが現状だ。
目下の課題は母の持つ技術をしっかりと受け継ぐ後継者を育てること。「自分は畑仕事だけでもう手一杯。何度も挑戦はしてみたけれど手延べがうまくできなくて、コチコチに硬くなっちゃう。加工は性に合わないみたい」と生方さんは苦笑する。その代わりに、子育てに一段落した生方さんの妻が、母の元で現在修業中とのこと。早急な技術継承が待たれるところだ。
量産が当たり前の時代に、昔ながらの手作業で変わらぬ味を守り続ける生方農園。手延べ技術においては外部の人間を入れず、あくまで身内で継承する。その頑固なまでのこだわりは、幻の「はるなくろ」から生まれる「生芋こんにゃく」の抜きん出た味と品質が物語っている。「少しずつでも加工品の量を増やしていけたら」と、どこまでもマイペースな生方さん。その言葉に大きな期待が寄せられる。