愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」/愛知県碧南市

愛知で生まれた料亭の味。あの白だしを家庭料理まで広めた「七福醸造」/愛知県碧南市

透き通った琥珀色で素材の味を引き立たせる「白だし」。現在は日本中に普及する同商品だが、この白だしを最初に作ったのは、愛知県碧南市にある「七福醸造」。社長の犬塚元裕さんは料理人の声から誕生した白だしを一般家庭に広く普及させた第一人者として醸造業界でも一目を置かれている存在だ。


碧南市(へきなん)は、豊かな水と大地に恵まれた醸造の町



愛知県の中心部・名古屋市から40キロほど東南に位置する碧南市。北は油ケ淵、東は矢作川、西と南は衣浦港と、周囲を水に囲まれ、温暖な気候と風土に恵まれた土地だ。人口は7万5000人くらい。この小さな町に醤油をはじめ、日本酒、みりん、味噌など、醸造に携わるメーカーが10社以上あるというから、いかに醸造に適した場所なのかがわかる。

そもそも碧南市のある三河地区は、戦後の食糧難の際に醸造製品の原料となる小麦や大豆、米が安定して手に入りやすかったことや仕込みに使うための水源に恵まれていたことから醸造文化が発展してきたと考えられている。また、港に近く海運ルートが発達していたことから製品を出荷しやすい状況だったことも醸造産業が大きく飛躍した要因のひとつと言われている。


醤油が白いのはなぜ? 小麦の比率と発酵期間がカギ



日本農林規格等に対する法律(通称・JAS法)で、濃口、薄口、再仕込み、たまり、白醤油の5種に分類される醤油。その起源は1000年以上前にもさかのぼると言われているが、文献によると白醤油に限っては登場してからまだ80年足らずとされており、ほかの醤油に比べて歴史は浅い。


醤油は原材料である大豆・小麦・塩・水の割合や仕込み期間の長さによって仕上がりに差が出る。白醤油は小麦を多く使い、短い発酵期間で造るため、素材本来の甘味や香りが強く感じられることが特長。また液色が薄く、料理に色が着きにくいため、見た目にこだわる料理店などではずいぶん重宝される。

しかし、家庭での普及率はまだまだ。濃口醤油が市場シェアの8割を占めるなか、白醤油のシェアは全体の1%にも満たない。


白だしは料理人のリクエストがきっかけで誕生した



七福醸造は1951年に白醤油専門の醸造販売会社としてスタート。ちなみに現在でも白醤油専門の醤油メーカーというのは全国でもここだけ。

濃口醤油をはじめとした、いわゆる“黒い醤油” に比べて一般家庭での需要が低い白醤油。もちろんそれは販売シェアにも比例しているのだが、なぜ同社ではこれを専門で造ることにしたのだろうか。


それは、碧南市が白醤油発祥の地であり、犬塚さんの祖父で創業者の明元(あけもと)さんが創業以前に同地で学んだのが白醤油の醸造だったから、というのが一番の理由なのだとか。そもそも黒い醤油と白醤油とでは使用する小麦と大豆の比率がちがう。醤油にはそれぞれ小麦と大豆を使った麹を使用するが、黒い醤油の場合、その割合はほぼ半々。しかし、白醤油の場合、小麦と大豆の割合は9対1。ほとんどが小麦の麹だ。また、仕込み期間も異なり、黒い醤油が1〜3年かけるのに対し、白醤油は2〜3ヶ月程度と短い。小麦の麹と仕込み期間の短さ、このふたつが液色の薄さに影響する。 どちらも醸造するとなると、単純に二倍の設備が必要になるため、白醤油のシェアが低いことは当然理解していながらも「せっかく学んだし、地元発祥のものだから」という精神で白醤油醸造の道を選択し、専門の醸造メーカーを立ち上げた。


しかし、意図せずこれが七福醸造のこだわりと合致。


同社では創業時から素材にこだわり、今では白醤油の原料となる小麦・大豆は全て、有機栽培のものを使用している。そして白醤油自体、美しい見た目にこだわる割烹や料亭などの需要が大半。結果、双方のこだわりが商品価値を高め合い、本物の味を求めるプロの料理人からの引き合いが増えていったのだ。


とはいえ、「白醤油=プロユースの調味料」であり、売上に関して言えば順風満帆ではなかった。しかし、味を突き詰めることをモットーに、ひたむきに白醤油と向き合い、醸造技術を磨き続けていた。

そんな中、同社に転機が訪れたのは1970年頃。岐阜にあるホテルの料理長から受けた相談がきっかけだった。普段は出汁を引いて冷まし、白醤油と調合させたものを使って茶わん蒸しを作っていたが、宴会などで100人前以上を調理する際、少し手間を感じていたという。そこで、旧知の仲だった犬塚さんの父(現・会長)である敦統(あつのり)さんに「宴会など団体客があるときは調合液が足りなくなったら、都度作らなければならず、時間が取られる。しかし余ったら捨てなくてはいけないので作り置きもできず、いかんせん効率が悪い。あらかじめ出汁と白醤油を一緒にしたものを作れないだろうか」と、相談を持ちかけてきたのだ。


それを受け、早速、茶碗蒸しに使用する調合液の開発に着手。3、4年に及ぶ試行錯誤を経て完成させたものが現在の白だしの“祖”というわけだ。

その使い勝手の良さから飲食業界に広まり、使われはじめた白だし。販売当初は和食料理を提供する料亭などで使われることが多かったが、次第に中国料理やイタリアンなど、ジャンルを問わず使用されるようになっていった。


本物の味は本物の原料から



ちなみに白だしのベースとなる白醤油は、有機JAS認定の小麦・大豆が主原料。そこに加える出汁は鹿児島・枕崎産のかつお節がメインで、開発当初から変わらず本枯節を使用している。出汁は関東・関西で好みがわかれることが多く、その塩梅が難しいと言われるが、独自の配合で全国どこでも受け入れられやすい風味や香りを目指した。そこに昆布としいたけの出汁、塩、そして三河産の本みりんを加えて、白だしが完成する。


低温でじっくり引き出した小麦と大豆の旨みがベース



原材料と同じくこだわっているのが製法だ。醤油は熟成期間が長くなると色が濃く出てしまう。一方で、熟成期間を短くしすぎると小麦と大豆の旨みが十分に出てこない。そこで七福醸造では仕込みの際に冷蔵タンクを使用し、低温でじっくり、ゆっくり旨みを引き出していく。犬塚さんは「冷やすと生産の効率が悪くなってしまうんですけどね。温めているところは聞くけど、冷やしているのは私たちくらいかもしれません」と話す。


実際に、ろ過や火入れをする前の醤油をタンクからコップに注ぎそのまま口にすると旨みと風味がダイレクトに伝わるのだが、この状態では塩度が低く旨み成分が強すぎるため、JAS規格の醤油とは呼べない。これを塩水で薄めていき、ようやく商品として売ることができるのだ。


プロの味だからこそ、家庭料理に使ってほしい



発売当時、白だしはプロの料理人のリクエストに応える形で誕生したため、飲食店向けに業務用の一升瓶で販売していた。


次第にこれを家でも使いたいという要望を多く受けるようになり、家庭用に少量で販売したところ、家庭でも飲食店のような料理が作れると話題になり、一気に普及していった。一方で、当時は見慣れない新しい調味料の使い方がわからずに戸惑う人も多かったという。


現在でも濃口醤油と比較すると、その用途を理解していない人はまだまだ多いと感じる犬塚さん。そんな時は「料理を作るときには塩を使うことがほとんどだと思うのですが、白だしを塩の代わりに使っていただけたら」と提案している。


「白だしの元祖」という伝統と自負を胸に



「醸造メーカーさんは、一般的に醤油だったり味噌だったり、一品目ではなく複数の品目を造ることが多いんです。しかし、白醤油だけを作っているのは全国でも私たちだけ」と犬塚さんは胸を張る。会社の規模が大きくなった現在でも黒い醤油を製造しない理由は、日本で唯一の「白醤油有機JAS認定工場」「白だしの元祖」という自負があるから。

犬塚さんは上品な香りと甘みが出て、かつ食材に余計な色を着けない白醤油や、この醸造所から生まれた白だしを一般家庭に普及させたいと意気込む。料理人の声から誕生した本格調味料と、その礎となった白醤油。醸造王国の碧南市から、プロの味を届ける。


ACCESS

七福醸造株式会社
愛知県碧南市