360年以上の時を重ね、日本一の酒造りを目指す「笹一酒造」/山梨県大月市

江戸幕府・五街道のひとつ「甲州街道」は、日本橋を起点に、小仏峠や笹子峠といった難所を越え、甲府や韮崎を経て長野県下諏訪までの約53里(約220km)に及ぶ。山梨県大月市「笹一酒造」は、この甲州街道沿いで旅人を見守り、360年の歴史を刻みながら、日本一の酒造りに真摯に取り組んでいる。

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文化と歴史をつなぐ道「甲州街道」

江戸時代、山梨県を東から北西へと貫く甲州街道は商品物流の動脈であった。多くの人や物、情報が行き交い、地域間交流によって多様な文化が育まれ、街道沿いにおかれた甲斐国の25の宿場町は大きく発展してきた。

笹一酒造は、山梨県の東、大月市笹子町に位置する。甲州街道の中でも最難関と言われる笹子峠の手前にあり、多くの旅人が難所越えに向けて英気を養った場所だ。1661年、この地に宿「花田屋」として創業した後、味噌や醤油、日本酒の醸造を行っていたという。そして、1919年に改名して生まれたのが「笹一酒造」。「笹」は酒「一」は日本一を意味する社名には、「日本一の酒」を目指した「笹一酒造」初代蔵元・天野久氏の心意気が感じられる。

富士・御坂山地の恩恵を享受

富士山、南アルプス、八ヶ岳、秩父連山と、国内有数の山々に囲まれている山梨県だが、5代目社長の天野怜さんは、そのどれでもない「御坂(みさか)山地」に着目する。富士五湖地域と甲府盆地を隔てるように東西にそそり立つ御坂山地は、黒岳や十二ヶ岳、釈迦ヶ岳といった山々が連なり、御坂峠や大石峠など甲府盆地と富士五湖をつなぐ重要なルートである。「御坂山地は地理的にとても特殊で価値の高い場所」と高く評価するのには、その特異な地理的条件に理由があった。

山梨県はミネラルウォーターの生産量が日本一「名水百選」に認定された河川や湧水が多く存在するのも、山梨県がユーラシア、北アメリカ、フィリピン海という複数のプレートが重なり合う接合部分に位置しているからだろう。ぶつかり合った地層の上にそびえる御坂の山々は、地下に豊富な雨水が蓄えられており、溶岩の不透水層で何十年もの歳月をかけて濾過され、清涼な名水となって湧出する。

笹子峠の湧水は旅人が喉を潤しただけでなく、江戸城での茶会に用いられたり、明治天皇が京都への御行幸の際に携えたことから、代々「御前水」と呼ばれ崇められてきた。笹一酒造の敷地内には地下40mから深層地下水が豊富に湧き出ており、不純物が少ない硬度3の軟水を仕込み水として酒造りに存分に活かしている。

新ブランドを立ち上げ「原点回帰」

長い歴史のある笹一酒造だが、10年前に大きな転換期を迎える。2013年の酒造りを最後に大量生産方式の設備を全廃して伝統製法に戻した。まさに「原点回帰」。量産のための設備から現代の食文化に合わせた高品質な日本酒を製造する設備へと転換、麹作りや酒母工程などを手作りに戻した。契約栽培の山梨県産夢山水と山田錦、そして御前水を贅沢に使用した酒造りで品質の大幅改善を実現したのだ。

製造方法を一新すると同時に、新ブランドを立ち上げた。その名は「旦(だん)」。最高品質の酒米と深層地下水を使用し、伝統的な製法で造り上げるシンプルだが贅を極めた日本酒だ。一年の始まりや日の出に由来する「旦」の文字には、創業から受け継がれている「笹一」の信念が込められている。ラベルいっぱいに記された躍動感のある力強い字は、女流書家・金澤翔子さんの書。天野さんの原点回帰とリスタートへの覚悟と決意、そして希望が満ち溢れているようだ。

伝統製法で醸す最高級の食中酒

水と米の純粋な味を表現した「旦」は、日本料理とのペアリングを重視し、現代の食文化に合うようなモダンな日本酒に仕上げている。例えば山梨ではジビエ料理やスパイスの効いた肉料理が比較的多いため、「旦」のような優しい酸みと旨みのバランスがとれた食中酒が料理を引き立たせ、ペアリングの奥深さを体感させてくれる。

伝統的な酵母と製法にこだわり、酒米のポテンシャルを最大限に引き出すためにじっくりと低温発酵で醸している。昨年から生詰めの瓶燗火入れも行っており、アルコール度数を抑えても甘みや苦みなどの複雑な味わいが絡み合い、舌の上でピリッとした刺激やフレッシュさが楽しめる日本酒に仕上げている。その広がりのある吟醸香の秘密を杜氏の佐藤洋介さんは「ゆっくりと時間をかけておいしさが醸されていくような、高級な赤ワインと同様の熟成方法で丁寧に造っているため」と語る。

日本酒とワイン造りの二刀流

笹一酒造の特徴として、1953年から続く酒蔵でのワイン造りが挙げられる。当時日本酒蔵でワインの製造免許を保持するのは山梨県で唯一、笹一酒造だけであった。日本酒をコンテナで海外に輸出した国内初の酒蔵でもあり、海外への輸出の歴史は長い。そのため、販路を国外に見出し、海外向けのジャパンワインの製造を開始。1963年には山梨県の固有品種「甲州」のワインをアメリカへ輸出し成功を収めている。

今年70周年を迎えたワイン造りもやはり御坂山地があってこそ実現したものだった。ブドウは乾燥した場所を好むため、栽培において最も重要なのが降水量と水はけの良さだといわれる。風通しが良いと病気になりにくく、日照量が多く昼夜の寒暖差が大きい場所では色素も増えて香気成分も多くなる。

笹一酒造のワイン畑は甲州市の甲斐大和と中央市豊富の2ヶ所にある。どちらも御坂山麓で火山性岩石の土壌で排水性に優れた場所だ。特に甲斐大和の畑は日川の扇状地にあり、笹子おろしという強烈な風が吹く。甲州の原種が生まれた場所にも近く、甲州マスカット・ベーリーAといった日本の土着品種に適している。また、甲府盆地の最南端、曽根丘陵にある豊富の圃場も風通しがとても良く、シャルドネシラーを栽培し、健全で高品質なブドウを生産している。

果実の透明感を表現した「OLIFANT」

「素材の良さを活かした綺麗な日本ワイン」をテーマに、日本酒と同一敷地内で醸造されている銘柄「OLIFANT(オリファン)」。御坂山地の豊かな自然環境の中で育まれたブドウの味を純粋に表現すること、そしてブドウのポテンシャルを活かしきることに重きを置いて醸造されてきた。クリーンな環境下で生まれる優しくたおやかで深みのあるワイン「OLIFANT」は、年間約1万本を生産、直営店とインターネットでの販売でほぼ完売するという。

日本酒の魅力と発酵文化を発信

2021年には敷地内の直営店「酒遊館」の大幅改装に踏み切った。グッドデザイン賞を受賞した約500㎡の広々とした直営ショップは、黒を基調にしたシックな空間に酒瓶が美しく映える。さらに「気軽に発酵文化を楽しんでほしい」と、新たに「SASAICHI KRAND CAFE(ササイチ クランド カフェ)」も設け、富士山の天然氷と酒粕シロップを使った「笹一ふわとろ酒粕かき氷」などのオリジナルメニューを提供している。

2021年4月に酒類の地理的表示(GI:Geographical Indication)に登録された富士・御坂水系。その地層や土壌の謎を解き明かしていくにつれ、御坂山地の素晴らしさを改めて実感したという天野さんは「笹一の日本酒とワインは富士・御坂山地の自然と地層の特性を最大限に活かした歴史と伝統の酒造り」と力強く語る。360年の歴史と伝統を大切に守りながら、時代に合わせて新たな事業を精力的に展開する笹一酒造。「夜明け」を意味する「旦」を冠した新ブランドは、笹一酒造の新たな光となって、日本酒業界を明るく照らす存在になりそうだ。

ACCESS

笹一酒造株式会社
401-0024 山梨県大月市笹子町吉久保26
TEL 0554-25-2111
URL https://www.sasaichi.co.jp/
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